Chill at a cafe

がやがやと賑わう小洒落たカフェで、2人掛けの席に案内された俺たちは向かい合って座っていた。彼女は肩を小さくして所在なさげに目を泳がせていたが、視覚から伝わる様子とは裏腹に、耳に届く音は嬉々としている。女の子と2人で食事なんて何度してきたかわからないのに、彼女の妙な緊張感が俺にも移りそうで、本日3杯目になるコーヒーを啜り沈黙を破るように咳払いをした。

「仕事さ、結構色々やってるんだね」

そういえば朝から何も食べていなかった俺は、オムライスを注文していた。彼女が頼んだパスタと共に運ばれてきたそれをスプーンで掬い上げながら、「いただきます」と手を合わせる彼女の姿に視線をやり口を開いた。

「はい、最近任せてもらえるようになって。でも、難しいです…」
「うーん、俺はすごく良いと思ったけど」
「え?見ててくれたんですか?」
「うん、さっき盗み見してた、ごめんね。入り口近くにアイキャッチになる組み方してたでしょ?入店促進になるよね、俺だったら足止めて見ちゃう」

オムライスを頬張りながらにこりと笑む。彼女はフォークにパスタを巻きつけたまま、俺の顔をぽかんと見ていた。「どしたの、食べないの?」と首を傾げると、慌ててパスタを口に運んで咀嚼したあと、「ありがとうございます」と目尻を下げていた。

その後もずっと仕事の話。彼女はもともと人見知りで、始めは声かけがすごく苦手だったらしいが、同じお店で働く先輩や、俺(自分で言うのは小っ恥ずかしいがそう言われた)の立ち振る舞いから色々と学んだそうだ。視野も広いようだし、素直に感心した。
一頻り話を聞いて満足していると、今度は俺の番とばかりに質問が次々と飛んできて、それぞれに対して必死に答えを捻り出す。

そして最後に、また聞かれた。

「我妻さん…やっぱり何か、ありましたか?」

どくんと心臓が鳴る。
えー待って待って、なんでわかるの?

確かに今は仕事中ではないから、意識してそういう素振りを隠してはいなかった。けれど別に心の傷というのはそれほど負っていないし、ここ数日のプライベートの荒れ模様を他人様に悟られてしまうのが、何だか格好悪いような気がして、誤魔化すようにアイスコーヒーのストローをくるくると回す。しばらく何も答えずにいると、彼女は「ごめんなさい!気にしないでください!」と慌てていたけれど、俺が両肘をテーブルにつき身を乗り出すと、小さく声を洩らして身構えていた。

「…彼女と別れた」

小声でそれだけ告げて、椅子の背もたれに身を任せる。「えっ!」とまた大きめの声量で溢すものだから、唇に人差し指を当てて眉を下げると、はっとして両手で口を抑えていた。

「……ごめんなさい、言わせてしまって…」
「いいよいいよ、別に傷ついたりはしてないの」
「…でも、お別れしたのでは? …悲しくないんですか?」

まるで自分のことのように悲哀に満ちた表情で、心配そうに俺を見つめる彼女。そして、なぜだか耳打ちをするように小さな声量で話す様子がおもしろくて、話すつもりはなかったのにぽんぽんと口から言葉が出てくる。

思いついたように付き合うことを提案してしまった俺、そしていつしかおねだりマシーンになっていた彼女。彼女は俺の中身は見てくれなくて、結局はネームバリューのある俺と付き合う自分が好きで、最終的には多分浮気されてたんだよ。久しぶりに自分の話を、それもめちゃくちゃ流暢に、話してしまった。

全部話して、「あー俺なに言ってんだろごめんね、忘れてね」といつもの営業スマイルを貼り付けて話を終えようとすると、「ひどいです」と言われた。

あ、ごめん、そんなに聞きたくなかった?

参ったなあと思っていると、聞こえてきた彼女の台詞に、違った意味で驚かされることになった。

「ひどいです!我妻さんはすっごく頑張ってるのわたし知ってます見てたらわかります!ただ仕事してるだけじゃ絶対できないことたくさんやってるのに、そういう努力も何にも気づけず我妻さんの外面ばっかり見て挙句飽きてきたら浮気だなんてあんまりすぎます!!」
「え、ちょ、名前ちゃん、お、落ち着いて」
「落ち着いてなんか…! いられないです…」

彼女の瞳に薄い膜が張られたと思ったら、あろうことかはたはたと涙を溢し始めてしまった。これは、側 傍から見たらどう考えても泣かせているのは俺だ。予想だにしなかった展開にここ最近で一番狼狽えながら、ひとまずハンカチを差し出して宥めると、落ち着きを取り戻した彼女は「すみません」と詫びいった。

「…わたしは、知ってますから」
「ん…?なにを?」
「我妻さんがいっぱい頑張ってることも、…それを、ひけらかさずにいることも。我妻さんが、有名な販売員だからお店に通っているわけじゃありません。…あと、……もっといい子がいると思います」

きゅん。

確かにそんな音が聞こえた。彼女からではない、俺からだ。
きゅん?ときめき?え、俺にそんな感情残ってた?

目の前の彼女は怒っているように見えた。俺のことなのに、なんで君がそんなに怒るの。そう聞きたかったけど、なんだか野暮な気がして聞くのはやめた。

「…取り乱してすみません。もう戻らないと」

スマホで時間を確認して残念そうに眉尻を下げる彼女に、俺は右手を差し出して、「貸して」と告げる。首をこてんと横に傾けながら渡されたスマホに、俺の電話番号を打ち込むと、その画面のまま再び彼女の手に握らせた。

「…! え…え!?」
「俺の。登録しといてね」
「あ…は、はい…ありがとうございます…」

狐につままれた状態の彼女に「行こっか」と声をかけ、お会計を済ませる。外に出ると、夕方近いというのに肌にまとわりつくような空気が漂い、夏の訪れがすぐそこまでやってきていることを知らせていた。

「急に誘って付き合わせてごめんね。残り、頑張ってね」
「…はいっ、あのっ、我妻さん」
「ん、なあに?」
「……ハンカチ、洗って返しますね。れ、連絡します!」

そう言って彼女は、涙を拭った俺のハンカチをぎゅっと握りしめると、「それじゃあ!」と深々と頭を下げて小走りで駆けていく。俺はいつも店で彼女を見送るときのように、その後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立ち竦んでいた。


どっ、と心臓が音を立てて全身から汗が湧き出てくる。余裕があるように見せていたが、真逆にもほどがあった。

まず自分から"きゅん"という音がしたことに、ひどく動揺していたのは間違いない。情けないことに、彼女の言葉が嬉しかったのだ。
そしてやってのけた、スマホを奪い自分の電話番号を入力するというテクニック。こんなの、それこそ、何度だってやってきたことだった。そうやって、何人もの女の子と繋がりを得てきていたのに。

なんだか知らないが、冷静でいられなかった。頭の中で、まるで自分のことのように怒り、そして泣いてくれた彼女の姿を回想する。ずっと、そうやって、俺のことを見てくれていたのだろうか。

こんなに身近に、俺がずっとほしかった形が、はからずも転がっていたなんて。
急激に膨らんでいく彼女への想いを、そっと胸の奥へ閉じ込めるようにして、大きく深呼吸をする。


俺のハンカチを握りしめた名前ちゃんの真っ白い手が脳裏に焼きついて、いつまでも離れてくれなかった。

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