Love dies only when growth stops

家に帰ると部屋中、彼女がいつもつけている香水のかおりに包まれていた。いいにおいだと感じていたそれも、今は不思議と少しばかり不快だ。リビングへ顔を出すといつもと変わらない表情をした彼女は、ソファの上から動かずに「おかえり」と笑う。

家に上がり込むからといって、部屋を片付けてくれているわけでもなく、夕飯を用意してくれるわけでもない。俺だってもちろんそんなことを強要するつもりはないが、好きな相手のことを考えたら、幾許か手を動かそうと思ってもいいんじゃないだろうか。この子にはやっぱり、気遣いや思いやりなんてものはないのだろう。与えてばかりで、疲れてしまった。考えるのも面倒になった俺は、自分でも驚くくらい冷たい声で言葉を紡いでいた。

「もう別れよ、俺たち」

俺の言葉に弾かれたように立ち上がった彼女は、かぶりを振って「いや!」と大きな声で叫んだ。なんで嫌なのかさっぱりわからない。お前は俺のなにがいいわけ?そう頭のなかで洩らしたつもりが、声に出ていたらしい。付き合って半年間、決して見せたことのなかった俺の相好と声音に、彼女からは恐怖の音が聞こえてくる。

「…善逸くん、かっこいいし、おしゃれだし。優しいし…」
「ちょっと有名な販売員だし、ほしいもの買ってくれるし?」
「は…?なんでそういうこと言うの!?」
「否定しないじゃん。俺がただのサラリーマンでも同じこと言えるの?お前は俺じゃなくて俺のネームバリューが好きなんだよ」
「………」
「もういいよ。他の男いるんでしょ、そいつのとこ行けば」

そう言い放つと彼女は床に無造作に投げられていた鞄を引っ掴み、「さよなら」とだけ告げてばたばたと部屋を出ていった。姿が見えなくなったことを確認すると、ひとつ舌打ちをしてジャケットをソファへと放り投げる。パンツのポケットを探って、煙草の箱を取り出した。


ベランダで、まだひんやりとした夜風を浴びながら煙草をふかす。鼻から息を吹くと、しゅるしゅると力なく蛇ようにのぼり立つ煙。それをぼうっと眺めて、思う。
あいつ、否定する気、毛頭なかったな。自分で言ってて、虚しいったらありゃしなかった。ここまで後味の悪い別れ方をしたのは初めてで、そのまま数本、煙草を吸い続けた。

こんな結果にはなったけど、まずこの付き合いを提案したのは俺だ。思いつきでなんて、付き合うべきではないことは、今ならはっきりとわかるのに。あのときはなんとなく彼女が、残されたたった一筋の光のように思えて、もしかしたらという期待が、勝手に俺を突き動かしていたのだろう。
パンツのポケットに入れていたスマホを取り出す。遊び相手だった女の子たちとの関係を切ってから、俺に届くメッセージアプリの通知数はにわかに減っていた。真っ黒な画面に映る己の派手な髪色に自嘲気味に笑うと、指をスライドさせて彼女の連絡先を消去した。


そのあとは、翌日が休みなのをいいことに、冷蔵庫の中に入っていた缶ビールを数本呷った。いつもより、酒のまわりが早い気がする。熱を持った体を冷ますようにしてシャワーを浴びて、ふらつきながらベッドへ倒れ込み、夢の中へ落ちていった。

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