なんだか、いけ好かない男がいるんだ。


彼の名前は我妻善逸。わたしはきっと、彼に敵意を剥き出しで接している。なんでかって、出会い頭の第一声が、まさかの「俺と結婚して!!」という脈略がないにもほどがある言葉だったから。

誰にでも言ってるんでしょって冷たくしたのに、「誰彼構わずこんなこと言うやつに見える?」と妙に落ち着いたトーンで言われた。いつもぎゃあぎゃあうるさいくせに、そういうときだけちょっと大人の余裕見せてくるのなんなの?

どうせ大して好きでもないんでしょって躱したのに、「大して好きじゃなかったらこんなにずっと好きって言わないだろ」って、少し陰ったいつもより色の濃い瞳で言うんだ。だから、なんでそういうときだけちょっとしっとりした雰囲気出してくるの?

じゃあわたしのどこが好きなの、なんにも知らないくせに、見た目しか見てないくせに、いろいろ文句を垂れたのに、それでも彼は引くことなんてしなかった。



「だってこういうの、好きでしょ?」


人気のなくなったオフィス、向かい側の席に座る彼の喉仏が上下する。流し込まれた缶コーヒーの空き缶をデスクに置く音が、やけに大きく響いた。

きっと男よりも仕事ができて、わたしは、いわゆるバリキャリってやつだ。こんな時間まで残業してるの、いつもわたしくらいなのに。目の前の彼、我妻善逸は、自分の仕事のために今ここにいるわけではないことは、確かだった。

「知ったような口ばっかり利かないでよ」
「なんでだよ、図星だろ。遠慮しないで食べな」

少しばかり席を外した彼が、コンビニで買ってきたというそれは、不透明なビニール袋に包まれているだけなのに。今のわたしにはとびきりのご褒美で、口に運ぶと甘くて、でもしょっぱくて、自分が泣いていることに気がついた。


なんだか、いけ好かない男がいるんだ。
なんでこいつは、こんなにわたしのことがわかるんだろう。
好きになってしまいそうだから、やめてほしい。


泣きながらカラメルプリンを食べるわたしの頭を、彼は「がんばりすぎ」と言って撫でた。



円やかな翻弄