深夜に突然電話をかけてくるから何かと思えば、信頼しきっていた彼氏に浮気をされたと彼女は言う。電話口から聞こえる一部始終を語るその声は、明らかに涙声だった。涙を拭ってやれないことが、こんなにももどかしいと思ったことはない。

ばかだな、お前、男見る目なさすぎなんだよ。そもそもお前のことがきっと誰より好きで、もし付き合えるようなことがあるならこの世界中の誰よりも大切にする、と豪語できる俺が、こんなに、こんっなにも、近くにいるのに。

俺はいつまで、仲のいい男友達その1のポジションでいればいいんでしょうか。


「なあ、気づけよ」


考えていたことの続きのような台詞がぽろりと溢れた。目蓋を涙で濡らしているのであろう彼女は『んえ?』と間抜けな声を発するだけで、俺の言葉の意味なんて気づくわけがない。
知ってるよ、わかってる、今言うべきことではない。でも、こうして好きな女の子がろくでもない男に振られて、慰める役割を買って出ている俺の気持ちにもなってみてほしいと思う。不可抗力ってやつだろ、こんなん。

電話口から『なんか言った?』という掠れた声と、鼻を啜る音が聞こえる。ほかの男のために、しかもろくでもない男のために、お前が泣く必要なんてもうないだろ。
それは心の中で言ったつもりの台詞だったが、気がついたら口から出てしまっていた。


「…え、あがつま、何イケメンみたいなこと言ってんの」
「お前、急に冷静になるのやめろよ」
「いや、冷静にもなるわ!なに!こわっ!」
「…あのなあ。深夜に電話かけておいてその言い草?」
「それはごめん、でも、…我妻くらいしかいなくて…」
「…俺ならお前のことこんな風に泣かせたりしないけど」


彼女は押し黙った。涙でふやけた顔を、少しだけ俺の言葉で、赤く染められたんじゃないかと思う。

いいよ、こうして段々と、俺の存在が彼女の中で大きくなっていくのなら。気づいてほしいと願うばかりでなかなか行動を起こせなかった俺だけど、そろそろ彼女を手に入れることに、取り付いてやろうかな。


なあ、本当、早く気づけよ、ばか。



もどかしさをこえて

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