二の腕と水着とばんそうこう


※現パロ、大学生くらいのイメージ


久しぶりに、善逸くんと1日デートができる日。

もうすぐ海に行く予定があるから、一緒に水着を選んであげる、と善逸くんが提案してくれたのだ。ちょっぴり恥ずかしい気持ちもあったけれど、ひとりであれこれ試着したりして考えるより、一緒に行く善逸くんに選んでもらうほうがいいかな、と楽しみにしていた。
お気に入りのドットのノースリーブワンピを着て、このあいだ買ったばかりのすこしだけヒールのあるメッシュ素材のサンダルを履いて。我ながら善逸くんが好きそうな、ふわふわ女の子らしくてかわいい格好ができたんじゃないだろうか。外は思った以上に日差しが強いから、しっかり日焼け止めも塗った。

家の全身鏡の前でよし、と気合を入れると、逸る気持ちを抑えながら、いざ、出発!



待ち合わせ場所に到着すると、そわそわと落ち着かない様子の善逸くんが視界に映る。慌てて駆け寄るとヒールがカラコロと音を立てて、彼は弾かれたようにこちらを見遣り、「なまえちゃん、走らなくていいからぁ!」と狼狽えていた。

「善逸くん、ごめんね、遅くなっちゃって」
「ううん、待ってない!待ち合わせ時間にはまだなってないし、俺が早く来すぎたの」
「へへ、優しいね」
「や、優しいというか…楽しみで仕方なくてさぁ…」

ごにょごにょ、言葉尻がどんどん小さくなる善逸くんはなんだかかわいい。くすりと笑ってしまっていると、ちょっぴり拗ねた様子で唇を尖らせた彼に、「いこっか」と手を引かれて歩き出す。まずは腹ごしらえしようという善逸くんの提案で、ランチをすることになった。



お腹も膨らんだあと、お目当ての百貨店で展開されている、水着の展示コーナーをぐるっと見てまわる。シーズンが近いこともあり、所狭しと並ぶ水着の数はそれは膨大だ。正直、新しい水着が欲しいなあとは思っているものの、理想型や好みがはっきりあるわけではなかった。色も、柄も、形も、様々あって心が躍る反面、どう選べばいいのか決めかねて、顎に手を当てて悩んでしまう。
隣にいる善逸くんは、バリエーション豊かな水着に、「どれがいいかなあ」とわたしよりも難しそうな顔をして思案していた。

「うーん…善逸くんはどういうのが好き?」
「えっ?俺?俺はね……正直なんだってかわいいけど、あんまり露出のないやつ…」
「…? 露出のないやつが好きなの?」
「いや、好きではないなあ、好きなのはちがうんだけど!その、あんまり見られたくないから!」

きょとんとして見上げていると、気まずそうに視線を泳がせながら「ほかの男に」と小さな声で付け加えていた。言葉の意味を理解したわたしはボンッと音を立てて赤面してしまい、すこしだけ、なんともいえない空気が漂う。沈黙を破るように咳払いをした善逸くんは、ビキニタイプの水着を一つ手に取って、「これはどう?」と首を傾げて訊ねてくれた。
それは、形としてはビキニになるのだろうけど、トップにもボトムにもフリルがついていて、随分とかわいらしいデザインのもの。それに、フリルが大きめだから、確かに露出は控えめかもしれない。赤い生地ベースに、白い小花柄が散りばめられたデザインも素直にかわいいと感じたので、こくこくと頷いて応えた。

「試着って、できるのかな?水着」
「ん!?試着いる!?」
「え…い、一応、見たほうがいいかなって、サイズとか…」
「……そ、そっか。そうだね、そうだね!」

少し間があったし、なぜだか善逸くんはどうにかして自分を納得させようとしているようだった。疑問を抱きながらも店員さんを呼ぶと、下着の上からなら試着ができるとのことだったので、折角だし試させてもらうことにしよう。

「…なまえちゃん、どう?水着、着れたあ?」
「うん、まってね、善逸くん、近くにきて」
「ん〜?どれどれ、見し…て……」

水着を試着する、つまり下着とほぼ変わらない格好になるので、試着室のカーテンから顔だけを出して善逸くんをひょいひょいと手招きする。まわりに見られないようにと、善逸くんの顔だけが試着室の中を覗き込んだけれど、あろうことか善逸くんは体ごと試着室の中へ入ってきてしまった。
狼狽するわたしを他所に、まじまじと見つめられて顔から火が出そうになる。「かわい…」とたった一言だけ溢した彼は、その後頭を抱えて叫んでいた。

「こんなんで俺一緒に海なんて行けんのか!?」

狭い試着室内でのわりと大きな叫び声に肩を震わせてしまうと、「あ、ごめんね」と謝られ、今度は大きく深呼吸をしていた。なんだか、百面相って感じだ。

「あの、へんかな?水着…」
「…へんじゃないよ。かわいいの。かわいすぎて困ってる」
「……え、へへ、ホント?じゃあこれにしようかな…」
「かわいすぎるからさ…やっぱりほかの男には…」

ずっとぶつぶつと呟きつづける善逸くんに、ぱちぱちと目を瞬かせながら首を傾けて、疑問を呈してしまう。気まずそうに口を引き結んだと思ったら、彼のちょっとだけかさついた唇がふに、とわたしのそれに押し当てられて、声にならない声を上げてしまった。

「俺が、買ってあげるね、それ」

頬を紅潮させた善逸くんは、それだけ告げて、試着室をばっと出ていってしまった。もう、なんだか、わたしも感情が忙しいなあ。



水着以外にも、ショッピングモールをいくつか見てまわり、お互い欲しかった服や小物を購入して、暑さにやられてしまわないように時折カフェで休憩も挟んで。なかなかに充実した1日を過ごせたなあと、彼と指を絡ませて歩きながら心がほくほくとする。

ただひとつ気になるのは、足の甲に感じる痛み。初めて履いたサンダルのメッシュ部分が幾度も肌に擦れて、気がつけば皮が剥けていたのか、皮膚が赤く染まっていた。辿々しい歩き方に変わるわたしの様子にすぐに気づいた彼は、心配そうに眉尻を下げて「なまえちゃん?」とわたしの顔を覗き込む。

「どした?足、痛い?」
「ん…ごめんね、今日初めて履いたから…」
「わ!赤くなっちゃってるじゃん!!待ってて、俺いま絆創膏買ってくるから!」
「あ、善逸くん…!」

彼は「ここにいてね」と告げると、道沿いにいくつか並べられているベンチにわたしを座らせ、運良くすぐ傍にあったコンビニに駆け込んでいった。その優しさと、せっかくのデートなのに靴擦れするような靴を選んできてしまった罪悪感で、きゅうと胸の奥が狭くなるような感覚を覚える。

すぐにコンビニから戻ってきた善逸くんは、足下にしゃがみ込んでわたしの足にそっと触れた。じんじんとした痛みが走り、思わず顔を顰めてしまう。そんなわたしの様子を見て「ごめんね」と心底申し訳なさそうにしながら、買ってくれた絆創膏を、赤く痛む肌にやさしく貼り付けてくれた。

するりと慈しむように、わたしの足の甲を撫でる善逸くん。申し訳なくなって項垂れていると、こちらを見上げた蜂蜜色の瞳と視線がかち合う。そんな顔しないで、というように柔らかく微笑んだ彼は、膝の上に置いたわたしの両手を包み込んで首を傾けた。

「…ねえ、俺の家に来る?ここからだとなまえちゃんちより近いけど…」
「え、…いいの?」
「…うん、俺はいいよ。というか歩ける?タクシー呼ぼうか?」
「だ、大丈夫!絆創膏、貼ってもらったから、歩ける!」

わたしは実家暮らしで、善逸くんはひとり暮らし。彼の家のほうが、今いる場所からはずっと距離が近かった。今日は1日お出かけのつもりだったから、お家に行くような心の準備はしていなくて、でもでも、足が痛いのは嘘ではない。それに、たくさん歩いて少し休憩したいな、という気持ちも少なからずあって。なかなかに緊張の走る提案だったけれど、善逸くんのお家に行けることは、素直に心嬉しいから。

*

「おじゃまします…」
「ハイ、どうぞ、ちょっと散らかってるけどごめんね」

それから、数分電車に乗って。最寄駅からはいつも以上にゆっくりとした歩幅で、わたしに合わせて歩いてくれた善逸くんと、到着したお家。来るのは多分、10回目とかそのくらいなんじゃないかな。とどのつまり、あんまり来た回数は多くない。わたしは来るたび、部屋中に香る大好きな善逸くんの香りを肺いっぱいに吸い込んでは、なんだか恍惚とした気持ちになってしまってちょっぴり恥ずかしい。善逸くんには内緒だけど。

どうしていいかわからず棒立ちになっていると、適当に座るように促される。とりあえず持っていた鞄や荷物を床に置いて、ちょうど2人掛けくらいのソファに身を沈めさせてもらった。サンダルから解放された足は、絆創膏は貼られているけどまだじんじんと熱を持っていて、また同じ靴を履いて帰るの、憂鬱だなあと肩を落としてしまう。
いつの間にかキッチンに消えていた善逸くんが、氷の入った麦茶をテーブルに置く音で視線を上げると、彼は見計ったかのようにわたしの杞憂を吹き飛ばす言葉をくれた。

「足いたいだろし、…今日は泊まってけば?」
「…い、いいの?明日の予定とか…」
「俺は全然へいき。……むしろ、一緒にいれるなら、嬉しいんだけど」
「じゃあ、そ……しよ、かな」

こそばゆい気持ちを覆い隠すように、善逸くんが出してくれた麦茶をずず、と音を立てて飲む。そんなわたしの様子を察してか、彼がぴたりと体を密着させてわたしの隣に座ったと思ったら、さわさわと前髪を指で分けられ、露わになったおでこにちゅ、と音を立てて口付けられた。
ばくばくと騒ぎ立てるわたしの心臓など他所に、彼は「お泊まりうれしいね」と口角を持ち上げて、今後は唇にその熱をくれた。どうしよう、心臓の騒音がおさまらない。のに、さらに爆弾のような台詞が投下されて。

「…汗かいたし、お風呂一緒に入りたいなあ。だめ?」
「え!?な、なんで!?」
「だって足、お湯に浸かっちゃったらいたいでしょ。俺が痛くないようにしてあげる」

痛くないようにしてあげる…とは?

よくわからなかったけど、善逸くんの瞳は、有無を言わさぬ色を孕んでいた。ご飯はあとでなのかなあとか、夏なのに湯船に浸かったらもっと暑くないかなあとか。色んな疑問や不安や、気恥ずかしさや照れくささが頭の中を駆け巡ったけれど、その琥珀色の瞳に捉えられると、なんだか、頷くことしかできなくなってしまうんだ。



ちゃぷちゃぷと水面が波打つ浴槽で、絆創膏を貼ったままの足を、中途半端に開けられたお風呂の蓋に投げ出して預ける。こうしていないと、足の甲が湯船に浸かってしまってしみるから。水ぶくれが潰れてしまったようで、風にあたるだけでもいたい。靴ずれって地味だけど、夏は毎年苦しめられている気がするなあ。

善逸くんは、わたしをうしろから抱きかかえるようにして湯船に浸かっている。肩口に顔を埋めて、「極楽だ」なんて呟くものだから、やっぱりかなり恥ずかしい。そもそもこんな明るい電灯の下で裸を見られることってあんまりないから、いっそそのまま顔をあげないでくれとも願わずにはいられなくて、感情が迷子状態だ。

ぶくぶくと泡を吹きながら湯船に沈もうとしたとき、膝裏にぐっと善逸くんの両の手のひらが回され、足が持ち上げられた。思わず「わあ!」と声が出てしまい、狭い浴室内に木霊する。

「ぜんいつくん、なにして…!!」
「なにって…こうしたら足、痛くないかなって」
「…そうなんだけど……でも、蓋あるしさ、は、はずかしいよ…」

戸惑いすぎて、もじもじとしてしまう。善逸くんには見えていないといえ、どう考えても破廉恥な格好をさせられている。必死に膝同士をくっつけて、どうにか恥ずかしくないような体勢を作ろうとするのだけれど、そうすると足の甲が湯船に浸かって、ぴりっと痛む。
ああ、もどかしい、そして顔から火が出そうだ。

そうしてひとり悶々としていると、ふと背中にあたる硬い感触に気づく。…これは、あの……

「……え、えと、ぜんいつくん…」
「…これはね、不可抗力ってやつだよ」
「……ふ、不可抗力…」

膝裏に回した手を片手だけ抜いて、足の甲をやさしく撫でた善逸くんは、諦めたような声音で言葉を紡いだ。なんだかいやらしいその手つきに、痛みではない刺激が走って体が震える。

「俺はね、今日1日ずっと我慢してたんだ。ノースリーブワンピの時点でもうくらっときてたけど、水着姿見たり、絆創膏貼ったり、それはもうずうっと我慢してた」
「…なんかごめんね?あの、」
「このまましたいくらい…もう…いろいろと…」

そう言うと、気のせいではなく確かに、腰を揺らして硬くなったそれをわたしのお尻に擦りつけた。
このまましたいって、まさか、お風呂で……だから足を持ち上げられたの!?

善逸くんのなかなかにいやらしい思考回路と、別に嫌ではないと感じる自分に恥ずかしくなってしまい、なにも返答ができずにぎゅっと目を瞑って押し黙ってしまう。

暫くの沈黙のあと、ぴちょん、とシャワーベッドから水滴が落ちる音がして。はっとして口を開いたのは、善逸くんだった。

「ごめんなまえちゃん!うそ!!今のうそ!足痛いのにこんなところでしたらずっと痛い思いさせちゃうよね、バカだね俺なに言ってんだろね!?」
「あ、いや、ぜ、善逸くん」
「なあに!?ほんとやだごめん!ていうかふつうにどう考えても上せるし、変態でごめんね!俺どうかしてた!」
「……あし、痛いから、ベッドまで連れてってくれる?」
「へっ」

遠まわしに、ベッドでなら、ということを伝えたつもりだった。見事に正しく彼に伝わったらしい言葉もまた浴室内に木霊して、自分で聞いていて首まで赤く染めてしまう。一拍置いたあと、とびきり甘い声で「いいよ、連れてったげる」とささめきながら耳たぶを甘噛みされて、お腹の奥がぎゅっとせつなく疼いた気がした。

きっと善逸くんのお家に呼ばれたのって、優しさとおんなじくらいの下心が、そこにはあったのだろうな、とこのときようやく気づくのだけれど。まったく悪い気はしないから、わたしは彼に敵わないな、とそれすらも嬉しく感じてしまった。


「…お風呂上がったら、覚悟しといてね」



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