ゆめなのであれば


※現パロ


「本当はずっとわたしも、あなたのことが大好きなの」


彼女がそうやって抱きついてきたところで、ああこれ、俺の欲望が作り出した都合のいい夢だなって気づいた。俺の腰に手をまわしてこちらを見上げる彼女はそれはそれは可愛らしくて、俺の目は漫画みたいにハートになって、彼女に釘付け。夢のなかとはいえ、反応が古くさくて笑うな。

抱きついてきた彼女にでへでへとだらしなく笑いかけ、ふとまわりをよく見たら、彼女の歴代の友達総出演、さらには、職場の人たちも俺たちを取り囲んでいた。冷静に考えて出演者多すぎだろ。なのに舞台は、いつのだかもわからないような、橙色の夕陽が差し込む放課後の教室なのね。せっかく彼女との夢の時間なのに、なんでこうも邪魔者が多くて、さらに設定はちぐはぐなわけ?いや、こういうちぐはぐな世界、夢あるあるだよね、わかる、わかるよ。

でもさあ、もう少し現実的でもよかったんじゃないだろうか。


シーンは変わって海へと続く坂道を、かわいい彼女と手を繋いで歩くの。ねえ、俺知らなかったよ、そんな顔して笑うんだね。真顔もいいけど、笑顔はその250億倍くらいかわいいな。

「善逸くん、どこ行くの?」
「ん?海だよ!綺麗な海!俺が連れていってあげるからね」

俺がそう言うと彼女は頬を綻ばせて、しあわせそうに笑った。愛嬌たっぷりの、花が咲いたようなその笑顔に、現実では俺は彼女の笑った顔すらまともに見たこともないくせに、すごいなと素直に感心してしまう。こういうのなに?妄想力っていうの?我ながら恐ろしい才能だなと思います、はい。そして恐ろしいと同時に、ちょっと自分を褒めます、はい。

これは、このまま手を離さなければ、このしあわせな夢は覚めないで済むのかな。
そんで君と夢の中、ずっと、ずっとさあ、

ああ、胸触りたい。


そもそもよく考えてみれば、うちの近所に海なんてないのに。ていうか、坂道を登ったのに海って、もう物理的にファンタジーすぎて、夢の中とはいえ脳内お花畑もほどほどにしろよな。俺の頭は夢の中でさえポンコツなのか?…と非常に残念に思うけど、まあどうせこれは現実ではないわけですから、あんなことやこんなことしても許されるというわけですよね。え、そうですよね。

あ、すいませんけど、あんなことやこんなことが何かっていう野暮なことを聞くのはやめてもらっていいですか?

「善逸くん、どうしたの?」
「えっ!?いや?な、なんでもないよ?」

欲望まみれの頭のなかを覗かれたかと、どきりと心臓が音を立てた。いや、だってここは現実ではないわけですから。だからさあ、手を繋いで嬉しそうに笑ってくれている彼女に触れようと、思わず手を伸ばしてしまうのも、許してくれ。

どこにかってもちろん、ほら、

あれ、動けない。


今度は月へと続く坂道を、かわいい彼女と手を繋いで歩くの。あのね、やっぱり柔らかいんですね。なにがって彼女の手だよ、言わせんなよ。でも俺、情けないけどどう考えても触ったことないくせに、柔らかさの再現がすごくて、本当に無駄に凄まじい才能だな。この才能はほかのところで活かせないもんかね。いい活かしどころ知らない?

「善逸くん、今度はどこ行くの?」
「ん?今度はね、月だよ。綺麗な月を一番近くで見せてあげる」

すごい台詞じゃん。そんなことが現実で叶うなら、俺は彼女だけでなく色んなものをすでに手にしてるでしょうよ。それに、彼女と月を見に行けるのなら、俺は月に行ったままきっと帰ってこないだろうな。彼女がいるならどこでもいいのに、まかさの月で彼女と2人きり?粋だし、誰にも邪魔だってされないし、そのままゴールインします。

そして月まで続く坂道も、このまま手を離さなければ、覚めないで済むのかな。
そんで君と夢の中、ずっと、ずっとさあ、

ああ、せめてキスだけでもしたい。


俺の望んでいた通りに動いて喋って、でも心を持たない君だって愛おしいと思ってしまうから、困ったもんだ。恋は盲目とはよく言うけど、それを身を以って体感するとはねえ、おそろしいね。そのうち夜は明けて眩い朝が来て、鳥たちがそれを俺へと知らせる。そして、愛しい君を連れ去ってしまう。

目が覚めればもう全部、失くして忘れて、消えてしまう、

ああ、その前にさあ、


今度は草原に続く坂道を、かわいい彼女と手を繋いで歩くの。ねえ、俺知らなかったよ、そんな声で歌うんだね。笑った顔や柔らかい手だけじゃなくて、声だって俺は聴いたことないくせに、こんなにかわいい声を自ら生み出す俺、まさに真骨頂だな。好きな子に関する貪欲さ、我ながら気持ち悪いと思ってたけど、今回ばかりは自分にスタンディングオベーション。ありがとう俺。

そして草原に続く坂道も、やっぱりこのまま手を離さなければ、ここにいてくれるのかな。

そんで君と夢の中、ずっと、ずっとさあ、


ああ、胸触りたい。



「ふふ」



手を繋いだ彼女が笑った気がした。

俺は彼女の、見てるこっちが照れるくらいにかわいい笑顔も、小さくて柔らかくていつもあったかい手も、鈴を転がしたみたいに高く澄んでいてかわいい声も、全部を知らないはずなのに、なんだか妙に、全部がリアルなんだよな。




「……んぁ?」


半開きになった口、重くてなかなか持ち上がらない瞼。ああ、しあわせな夢、終わってしまった。ああ、胸触りたかった、夢のなかなんだから好き勝手させてほしかった。

もう一度寝ればまた同じ夢が見れるだろうかとありふれたことを考えながら、寝ぼけ眼をごしごしと擦ってゆっくりと目を開ける。俺の目の前で天使みたいに柔和な笑顔を浮かべるのは、紛れもなく、夢のなかで追い求めつづけた愛しの彼女だった。


えっ?


―ああ、そうだった。俺、片想いが成就してこの子の彼氏になれたんだよ。どんだけがんばったと思ってんだ、ていうか、なんて紛らわしい夢見せてくれるんだ俺の頭は、この脳なし!

「…ぜんいつ、なんかあーとかうーとか言ってたよ」

俺の欲望が丸出しになった夢の内容なんて露知らずな彼女は、「嫌な夢でも見た?」と眉尻を下げていた。ああほらそういう顔もさ、かわいくて好きなんだよ。うん、俺よく知ってるよ、この子のかわいい笑顔も柔らかい手も澄んだ声も。そりゃ夢もリアルだろうな、と1人でめちゃくちゃ納得した。

最近急に暑くなったから、彼女のパジャマはどんどん布の面積が減っていて、今も白くて柔らかそうな二の腕が、胸の前にだらんと落ちている状態。ほどよい肉づきのそれを、人差し指と親指で控えめにふに、と摘んだ。

もうだいたいわかるよね?俺の思惑は。

「なぁに? …太ったかな?」
「んーん。…ずっと起きてたの?」
「ううん、なんか善逸が唸ってたから、目が覚めちゃった」
「…俺さあ、なまえに片想いしてたときの夢見てた」
「えー、なにそれ、どんなの」

二の腕を摘んでいた指を、そのまますうっと撫でるように脇のほうへと移動させる。くすぐったそうに身をよじりながら彼女は小さく抵抗の色を見せていて、もちろん見えてるし聞こえてるけど、知らんぷりして「こちょこちょ〜」と言いながら脇をくすぐった。
くすぐりに弱い彼女は、声をあげて笑う。俺の腕をぐっと押しのけるようにしながら、苦しそうに息を繋いで。頬はどんどんと紅潮していって、薄手のTシャツ一枚から覗く白い肌は恐ろしいほどに無防備で、その姿に妙な色気を感じてしまう。そして夢のなかの俺と同じ欲が、むくむくと心の奥底から顔を出す。

ああ、胸触りたい。


「…くすぐったい?」
「あ、っはは、ひっ、や、やめ、ぜんい、」
「俺、夢のなかでなに考えてたと思う?」
「ひゃはははっわ、わか、わかんなっ、ひぃっ」
「……なまえの、胸、触りたいって思ってた」

そう言ってくすぐるのをやめた。

くすぐられすぎて目に涙をためた彼女は、ぴたりと身を捩るのをやめ、潤んだ瞳を瞬かせながら俺を見つめる。隙ありとばかりに俺は手を胸に移動させ、ふにゅ、と柔らかいそれを揉んだ。夢の中の俺よ、俺は知ってるよ。なまえの柔らかくて真っ白な胸も、とびきり甘くて扇情的な声も、俺だけに見せる恥じらう姿も。羨ましいだろ、俺だけが知ってるんだよ。

ああ、もう我慢できない。


「ちょ、善逸、どしたの急に」
「ごめん、夢のなかで色々あった」

どう考えても彼女は戸惑っているけど、ごめんね、許して。俺はなまえがずっと好きで好きで、もう辛抱たまらなく好きで、そりゃ夢のなかのようにかわいい笑顔も柔らかい手も澄んだ声も、何度妄想したかわかんないし、何度…………いや、これは言わないでおこう。

とにかくたくさん真正面から好きだと伝えて、本当に少しずつだけど妄想が現実になって、ついに俺だけの彼女になってくれた、もう絶対に手放したくない存在。今さら、なんで彼女に手の届かない夢なんて見たのかよくわからないな。でもなんだかそのおかげで、いまなまえが俺に笑いかけてくれていることが、やっぱり奇跡で、こんなに幸せなことはないなと思う。

そんで、胸は柔らかい。柔らかいんだよ、夢の中の俺。


「…俺のこと好き?」
「す、…すきだよ、うん、すきだけど」
「……好き、俺も。なまえ、大好きだよ」
「ぜんいつ、本当どうしたの…」
「はあ、やらかいね、好き、ゆめじゃないね」

胸に置いた手をさわさわと動かしながら、耳たぶにかぷりと噛みついた。戸惑いの音が止まないなまえを、ゆっくりゆっくり溶かすように、触れて、愛して、声を聴いて。ひとつ落とした優しい口づけで、甘く鳴る期待の音に変わった。

はあ、かわいい。夢のなかでやりたかったこと、もうぜんぶ今からやっちゃいますし。


「ねえ、俺の告白、オッケーしてくれたときの台詞言って」
「も、もう、なんで…」
「おねがい」


「…本当はずっとわたしも、我妻くんのことが大好きなの」



ここは、夢の世界じゃない。夢の中の俺が望んだこと、なんだって許される。愛しい彼女は俺だけのもの。
羨ましいだろ、誰にだって邪魔はさせないからな。



「俺もずうーっとなまえのことが、好きで好きでたまらなかったよ」



(BASE SONG/TITLE : back number「ゆめなのであれば」)



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