Summer night magic-4


「我妻はこういうことになってもさ、お持ち帰りとかしないんだね」
「…なに?お持ち帰りされたかったの?」

ほとんど花火をやり尽くした。向かい合ってしゃがみ込んで、締めの線香花火をしながらちょっと踏み込んだことを言ってみる。そしたら、急に我妻らしくないことを言い出すから、自分で言っておいてめちゃくちゃ恥ずかしくなってしまった。暗闇だから、熱く赤くなった顔は、ばれていないはず。騒ぎ出す心臓を落ち着けるようにして、目の前の線香花火をじっと見つめながら、「へたれじゃん」と質問には答えずに、憎まれ口だけを叩いた。

じりじりと燃え続ける線香花火がどんどん小さくなっていく。少しの間を置いて、我妻が「うっさいわ」と小さく溢す。花火の小ぶりな明かりに照らされた我妻の琥珀色の瞳は、その色に少しの橙を落としたような柔らかな色で、それはそれは綺麗だった。

「…それとも、わたしはそういう対象に入らない?」

我妻のその瞳に、わたしの想いが吸い込まれるようにして、勝手に口から言葉が出ていた。あんなに意地を張り続けていた自分の、ずっとなんとなく隠していた本音。まるで落とし物のように、口からするりと自然に溢れ落ちた。
不思議と、びっくりはしなかった。きっとわたしは、夏の夜の魔法にかかってしまったんだ。


しんと静まり返る公園では、小声だったわたしの言葉も、やけに大きく響いたような感覚になる。手に持っていた線香花火がぽとりと音を立てて砂利に沈み込んでいった。辺りが暗くなり、柔らかな光に照らされた我妻の瞳が見えなくなったとき、今度は彼が口を開いた。

「なんでそうなるかねえ」

線香花火を持ったままの手が震え出した。真っ暗でお互いの表情なんて見えないけれど、もうお酒だって抜けてきているはずなのに、わたしの体温は間違いなく急上昇していく。しゃがみ込む我妻が履いたスニーカーが地面と擦れて小さく音を立て、少しだけ2人の距離が近づいた。

「逆だよ、ばか」

心臓の震えが手まで伝わって、もう誤魔化しがきかないほどになっていた。逆ってつまり、そういうこと?わたしはそういう対象ってこと? と1人でパニックを起こしかけたわたしに、我妻は追い討ちをかけてきた。

また砂利とスニーカーのソールが擦れる音がして、いまだ線香花火を持ったままだった震える手を、ぎゅっと握られる。狼狽る間もなく掌が開かれ、わたしでも驚くほどに熱くて、ほんのりと汗ばんだ我妻の手と繋がれた。

「俺は、好き。なまえのことが」

気がついたら我妻の綺麗な顔はわたしの眼前にあった。暗くてよく見えないけれど、こんなに手が熱いってことは、もしかしたら顔が赤いんじゃないかな。だって、今、好きだと言われた。反芻して恥ずかしくなって、思わず繋いだ手に力がこもってしまうと、我妻はそれに応えるように、さらにぎゅっと握ってくれた。そして小さく、「なまえは?」と呟く。

「…好き、わたしも。ずっと、我妻のことが好き」

ゆっくりと、一言ずつ噛み締めるようにして告げると、繋いだ手はそのままに、我妻が大きく息を吐いた。地面に落ちた線香花火が、じゅっと音を立てた気がして、現実に引き戻されたような心地になり、ハッとする。わたしはなんて、恥ずかしいことを聞いたのだろう。そして、好きだと言ってしまった。


え、でも待って、その前に。


「えっ、…え? 両想いってこと?」
「っふ…本当お前、もうちょっとムードとかないの?」

繋いだ手を解いた我妻は、いつもの調子でけらけらと笑い始める。そのまま傍にあったベンチに腰かけると、とんとんと叩いて隣に座るように促された。渋々立ち上がって隣に座る。
どくどくと心臓が鳴り止まないわたしと違って随分と余裕がおありで、なんなんでしょうね、むかつくんですが。

「両想いってことらしいよ」
「…な、なに?なんでそんな余裕なの?」
「余裕?余裕ではないよ、ほら」

体ごと我妻のほうを向くような形で、右手を取られて彼の心臓に当てられる。どっ、どっ、と全身へ血を巡らせているのであろうその音は、明らかに平常時よりも忙しなく働いていて、我妻も冷静ではないことを物語っていた。暗闇の中に少しだけ見える、わたしを見つめる彼の瞳はすごくしっとりとしていて、色気すら感じてしまう。

「…我妻は、いつも女の子にでれでれしまくりだし、ただの軟派なやつだと思ったのに、お洒落だし無駄に気がきくし、優しいし、わたしのことわかってくれるし、ずるすぎるっていつも思ってた」
「…無駄に気をきかせるのも優しくするのも、お前のことわかろうとするのも、好きだからだよ」
「ちょ…む、無理!無理!!」
「…なにが無理なの」
「無理………好きすぎて無理」
「…急に可愛いこと言うのやめて」

そう言って我妻はまた大きく息を吐いた。あんなにぶっきらぼうだった彼のほんのり甘い言葉は、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。でも同時に、もう死んでもいいと思うくらいには嬉しかった。夏の夜の魔法にかかったわたしは、文字通り、これ以上ないプレゼントをもらってしまったのかもしれない。
そんなくだらないことを考えていると、体が何かに包まれた。あったかくて、いつも我妻からする良い香りと、アルコールの香りが鼻を擽る。抱きしめられたのだと気づいた時、体中を熱が駆け上っていった。

「なまえさ、終電の時間わかってただろ。…そんなことされたら期待する」
「………ば、ばれてたの?」
「…うん。まあ俺もなんだけど」
「あが、つまも?え?」
「あと、俺と会う時だけそのピアスなのも、知ってるよ」
「えっ、いやこれはその……」
「いつもつけてる香水も、すごい好き」
「………やめて、わたし、しんじゃうよ……」

嬉しさと恥ずかしさが心の中でぐちゃぐちゃになって、情けない言葉しか出てこない。「なんでだよ」と笑って体を離した我妻は、わたしの瞳だけをじっと見据えて「好きだよ」とまた言った。
むり、やっぱりしんじゃう。
言葉すら発せないほどの喜びに、目に涙をためてただひたすらにこくこくと頷くと、嬉しそうに笑った彼に、耳たぶを撫でられる。ぴくりと体を震わせ、俯いてしまったわたしの顔を覗き込むようにして、「いい?」と聞かれた。だめなわけがないのに、聞かないでよ。いつまで経ってもずるい。

「…いい、よ」

今度はちゃんと声が出た。顔は俯いたままだったけれど、我妻はわたしの両耳に優しく手を添えたまま、下から掬いあげるようにして、触れるだけのキスをしてくれた。お互いの唇は、きっとお互いがびっくりするくらいに熱くて、一緒に溶けていってしまいそうなほど。
うるさすぎる心臓の音と、熱に浮かされた思考に後押しされるようにして、今出せる精いっぱいの声量で、「好き」と伝えた。

「なまえ」と我妻がわたしの名前を呼ぶ。
これまで意地を張ってばかりで素直な言葉をなかなか伝えられなかったわたしの心は、夏の暑さとお互いの熱とで溶けて柔らかくなって、すごくふわふわとした心地だった。

「今度はお持ち帰りするから」

耳に届いた小っ恥ずかしい台詞に頬を真っ赤にするわたしの頭を、あやすように我妻の手が撫でた。

いつの間にか、空は白み始めていた。
虫の鳴く声が聴こえきて、ちょっとずつ肌に纏わり付くような空気が漂い出す。
ああ、夏だ。そういえば夏は夜明けが早いもんな、とぼんやりと考える。

「そろそろ電車動き出すよね」と立ち上がった我妻は、片手にはしっかり花火の残骸を持って、あまりにも自然にわたしの手を取る。やっぱりその手はものすごく熱くて、彼の想いが伝わるようで、幸せすぎて胸が轟いた。

「我妻、明日何限?」
「一限」
「え!? 寝れないじゃん」
「…いいの。お前と一緒にいたかったから」
「うえっ」

これからしばらくわたしはこうして、彼の甘い言葉に苦しめられることになるんだろう。でもなんだっていい。やっぱり我妻はめちゃくちゃずるいし心臓がいくつあっても足りないと思うけれど、我妻だってわたしのことが好きなんだもん。もう悩む必要なんてないよね。

「ねえ、善逸って呼びたい」
「いいよ。じゃあ、我妻って呼ぶたびに罰ゲームね」
「まーたそういうこと言う…意地が悪いよ我妻くん」
「善逸だろ」

公園の最寄りの駅まであと少しの住宅街で、人影が少ないのをいいことに、握った手を引いた我妻はわたしに口付けた。小さなリップ音と一緒に、熱が離れていく。我妻は「罰ゲーム」と笑っていたけれど、これはご褒美だよ、ばか。



明けていってしまったひと夏の夜の、不思議な魔法のような出来事。

そのおかげで、帰路を辿るわたしたちの間には、微妙な距離感なんてもうなくなっていた。暑いのにぴったりと体をくっつけて、じとりと汗ばむその体温すらも、心地よいと思う。


木々の擦れ合う音や、葉に染み込んだほんのり甘い香り、小さな虫の鳴き声に、五感で夏を感じる。この夏は大好きな彼と過ごせるのだと思うと、わたしの心は、幸せで満ち満ちていった。



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