warms


※キメ学パロ
※区切り線 --- で視点が変わります




同じクラスの我妻善逸くん。
蒲公英のようなきれいな金髪の男の子。担任である冨岡先生に、幾度となく髪色を指摘されていたけれど、どうやら金髪は地毛なんだって。何日経っても髪の毛の根本が黒くならないのを見ていると、その話は嘘ではないみたい。
我妻くんはいつも、クラスの男子とわいわい騒いでいる。時折びっくりするほど大きな悲鳴を上げたり、よくわからないくねくねした動きをしたり、ちょっと不思議なところもあるけれど、我妻くんは、初めてできた、わたしの想い人です。

それは、わたしが日直だった日。放課後、冨岡先生に職員室に持ってくるように頼まれた大量のプリントをひとりで抱えていたときだった。山積みのプリントで目の前があまり見えず、よたよたとしながら運んでいたところ、前から走ってきているひとに気づかず、衝突してしまったのだ。

ばさばさ、音を立てて床に散らばったプリント。思わず「あっ…」と声が出た。ぶつかったのは見知らぬ男子生徒だったけど、友達と追いかけっこでもしていたようで、「うわ、ご、ごめん!」と言いながらもそのまま走っていってしまった。

遠くから、煉獄先生の「よもや!廊下を走るとは危険だぞ!」という大きな声が聞こえてくる。わたしは先生の声を聞きながら、先ほどのプリントをひとりかき集める。ああ、もう、最悪だ…誰もわたしのことなんて見ていないのはわかっているけれど、わたしは昔から引っ込み思案で、こういうとき、なぜだかすごく恥ずかしく感じてしまう。はやく、はやくプリントを集めて、冨岡先生のところに行かなければ。

ふっと手元に影が落ちる。わ、誰かに見られてしまった、と思って顔を上げると、日本人離れしたきらきらと光る瞳がこちらを見ていた。

「あっ…あ、我妻くん」
「大丈夫? あいつら、ぶつかったのにそのままにするとかよくないよねえ」

そう言って目の前の彼はわたしが落としたプリントをてきぱきと集め始める。思わずぽかんとするわたしに、集めきったプリントを抱えると「どこまで持っていけばいい?」と聞いてきた。

「えっ!大丈夫! わたしが持っていくから…」
「いいよぉ、だってすごい重いじゃん。女の子に任せる量じゃないよ」
「で、でも…」
「いいの!俺が持っていきたいの! 職員室?」
「……と、冨岡先生のところ」
「うわ……めんどくさ…」
「…そうだよね、やっぱりわたしが…」
「あー! 違うよ! 冨岡先生が面倒なの」

「俺こんな髪色だからさー」と我妻くんは笑った。困ったようなその笑顔に、きゅんって音がした気がした。我妻くんはなぜだか「えっ」と溢していたけれど、すぐにぶんぶんと頭を振って「じゃあ行ってくるね!」とそのまま大量のプリントを抱えてわたしに背を向けた。あれ、我妻くんって、あんなに背中がおっきかったかな。
ありがとうの言葉も告げられないまま、ぽかんとして見送った。

しばらく彼の後ろ姿から、目が離せなかった。

それからというもの、我妻くんを見ていると心臓がきゅっとなるようになった。今まで恋とか、好きなひとができるとか、そういうことって、きっとなかった。でも、いまの自分のこの気持ちが恋なんだろうなっていうのは、なんとなくわかる。クラスでわたしじゃない女の子と話す我妻くんの姿も、そのうち、ちょっと嫌だなと思うようになってしまったり。ただ、わたしは臆病だったから、我妻くんのことが好きなんだなって自覚をしても、声をかけたりはできなかった。
この気持ちに気づいてから、前よりも教室内で我妻くんと目が合う回数が増えたような気がしたけれど、それは多分、わたしが彼を見つめる時間が、増えたからなんだろうな。




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最近気になる、同じクラスのみょうじなまえちゃん。
毎日のように髪色を指摘されてわめき、いつも教室でぎゃいぎゃい騒ぐ俺とは正反対の、しおらしくて可愛らしい女の子。
ほとんど会話したことはなかったけれど、俺が風紀委員の見回りをしていたとき、彼女が花壇に水やりをしている姿をたまたま見かけた。そのときは、球根も植えていたんだ。いつも控えめななまえちゃんが、泥まみれになる白くて小さな手を気にかけることもなく、一生懸命に土に触れる姿に、胸がきゅん、と鳴った。

彼女が日直だった日、担任のとみせんが、HRが終わったら配布していたプリントを回収して職員室に持ってくるようにと告げていた。「はい」と返事をしたなまえちゃんは、放課後、予想以上に大量に集まったプリントを前に首を捻っていたが、なんとか持ち上げてよろよろと運び出していた。本当は、持ち上げる前に俺が手伝ってあげればよかったのに、無駄にもじもじしてしまい、言い出せなくて…男、我妻善逸、今思うと情けないです。はい。

でもやっぱり気になったから、こっそりうしろを追いかけてみた。案の定、廊下を走ってきた男子にぶつかられ、大量のプリントをぶちまけてしまったなまえちゃん。そのまま走り去る男共にハア!!!!!!?となりながら、すぐに彼女のもとに駆け寄った。心臓はめちゃくちゃばくばくしてたけど、あくまでもスマートな風を装って。

俺がちょっと震える手でプリントを集め終えて、代わりに職員室に持っていくことを伝えたとき、彼女から俺と同じように"きゅん"という音が聞こえた気がした。思わず口から「えっ」と言葉が漏れてしまい、じんわりとした期待が胸に滲んだが、すぐさまかき消して、俺はいつまでもうるさい心音を大量のプリントで覆い隠すようにして職員室へ向かった。

でも、俺の気のせいじゃなければ。
あの日からなまえちゃんと、目が合う回数が増えたんだよなあ。
それに、これも、俺の気のせいじゃなければなんだけど。
好きって音が、聞こえるんだよなあ。




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運動が苦手なわたしは、園芸部に所属していた。
部活といっても大した活動はしていなくて、ただ、毎日花壇の花のお世話をする。水をやったり、延命の肥料をまいたり、時には球根を植えたり。花はとても繊細で、昨日までは元気だったのに急にしゅんと項垂れていたり、逆に、ちょっと手をかけてあげるとまたぴんっと背筋を伸ばして日の光を浴びていたり。人間と同じでちゃんと命なのだと節々で感じる。

放課後、いつものように肩がけの鞄をそばのベンチに置いて、じょうろに汲んだお水を満遍なく花壇に振り撒く。色とりどりの花々を見つめて「ふふ」と思わず声が漏れた。
パンジー、チューリップ、ガーベラ、プリムラ、ルピナス……この時期に咲く花はまるで季節を象徴するように自由な彩りを持っていて、見ているだけでマイナスイオンを浴びているような気持ちになれるのだ。

あとね、同じ花でも咲き方によって、まったく違う花に見えたりもするんだけれど、最近開いたポンポン咲きのガーベラが、わたしは一番好きだった。いくつも重なったように広がって、見た目に反してしっかりとしたその花弁に、ふと脳裏に浮かぶのは。

「やっぱり、あがつまくんみたい…」

そうぽつりと溢しながら、淡黄色の花片をそっと撫でる。一度そう思うとなんだか愛おしくてしょうがなくて、ここ最近はずっとこの花を愛でていた。
ガーベラのことを我妻くんみたいだと思うようになって、ふと気になって検索エンジンで黄色いガーベラの花言葉を調べた。そしたら、"優しさ、暖かさ""日光""親しみやすさ"なんて言葉が出てきたから、なんだか、我妻くんの分身のように思えてしまって。

今日も、しゃがみ込んだまましばらくガーベラを見つめながら、わたしの頭を覆うようにして浮かんでくるのは、金色に透ける我妻くんの髪の毛。毛先だけ少し色が濃くなっていて、ぱらぱらと散った無造作な前髪も、髪を耳にかけたときにちらりと覗く整った顔立ちも。友達と騒いでいるときに無防備にシャツから覗く、その素肌も、腕捲りをしたときの思ったよりずっとしっかりとした手首にも、胸の高鳴りをおさえられなかった。
何度、授業中に盗み見たかわからない。
髪と同じこがね色の瞳がわたしを捉えることなんてほとんどなかったけれど、わたしの瞳が彼を映すだけで、それだけで、ちょっぴりセンチな気持ちになる。
ああ、恋ってやつは、こんなにも。

また心臓がぎゅうっと締めつけられる感覚を覚えて、ふるふると頭を振った。こんなのは、煩悩だ。考えたって仕方がない。だってわたしには、我妻くんに話しかけられるほどの勇気なんて、ないんだから。
そう思って何度か自分の頬をぺちぺちと叩き、すっくと立ち上がる。じょうろを片づけて、今日はもう帰ろう。ベンチに置いてあるはずの鞄を取りに行こうとそちらへつま先を向けると、無造作に置かれたわたしの鞄の横に座る人物に、腰を抜かしそうになった。




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今日も今日とて、俺は風紀委員の見回りで忙しい。毎日校内うろうろしたって、変わったことはそうそう起きないよ。手をつないで下校するカップルとか、放課後の教室で夕陽に照らされながらひとつの机を分けあって喋るカップルとか、まあとにかく爆発しろとは思うけど、存外平和で青春で、いいんじゃないかとも思うんですよ。

俺だって健全な男子高校生なので、そういう甘ずっぱい経験の一つや二つ、したってばちは当たらないと思う。だからね、ほら、見回りの時、なまえちゃんが前にいた花壇をちらっと覗くのが日課になっちゃったよね。最近の彼女は、以前にも増して花たちへ愛情を注いでいるようだった。そう、まさに俺に向けられている(と勝手に思っている)ような好きって音を、花たちに向かって、させていた。

本当に花が好きなんだなあ、俺もそんなふうに手をかけてもらいたいぜ……と頭の沸いたことを考えながら満足して踵を返そうとしたとき、「やっぱり、あがつまくんみたい…」という声が聞こえた。思わず叫びそうになったが手の甲を思いっきり抓ってなんとかこらえ、もう一度彼女に視線をやる。目線の先には、黄色い花。聞こえる音。これは、つまり、俺の気のせいじゃなければ………

そう思って、そろりそろりと忍足で、花壇の近くのベンチに座って様子を伺ってみた。案の定、花に夢中な彼女は俺の存在にはしばらく気づかず、満足して振り返ったときには、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。




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「あ……ド、ドウモ」
「えっ…あ、あ、あが、あがつまく、なんで」

ベンチに座っていたのは腕に風紀委員の腕章をつけた我妻くんだった。見回りでもしていたのかな。気まずいのはこちらだというのに、なぜだか我妻くんも気まずそうに頬をぽりぽりと掻いている。わたしは、我妻くんが座っているベンチから数歩離れた場所から、動けない。恥ずかしくて、我妻くんの顔が見られない。どうしよう、どうしたらいい?

「なんかストーカーみたいだけど、違うからね!? あの…見回りしてたら、俺の名前が聞こえたから、つい…」
「えっ! き、聞こえてたの!?」

あんなに小さな呟きが!?と脳内でのたうち回りながら手をばたつかせてパニックになるわたしを、我妻くんはきょとんとした顔で見つめる。しばらくそうしていたけれど、いつまで経っても落ち着かずについに俯いてしまったわたしに、ぶっと音を立てて吹き出していた。

「俺ね、耳がいいんだよね。だから他のひとには聞こえないような小さい声も聞こえちゃうの」
「そ、そうなんだ……」
「さっき、我妻くんみたいって聞こえた気がしたけど…どれ〜?」

どきりとして俯いていた顔を上げると、我妻くんはへにゃっと眉尻を下げて笑っていた。その笑顔に安堵のような気持ちを覚えて、「こ、これ」とガーベラを指差して見せる。するとベンチの上のわたしの鞄を、さもそうするのが当然というように左肩にかけた我妻くんはこちらに歩み寄ってきて、わたしの左隣に立つ。指差した先を見ながら「本当だ、黄色い」と呟いた。

「お花、好きなの?」
「う、うん…」
「そっかあ、みょうじさんに毎日お世話してもらえて花たちは幸せだろうねぇ」

我妻くんはそう言って笑った。

近い。
こんなに近くで、透けるような金色の髪を、均等の取れた綺麗な横顔を、いつもこっそり覗いていた優しい笑顔を、見たことがなかった。ひとよりちょっと良いらしい耳だって、形がいいなあ。全身がどくんどくんと脈打つ。刹那、わたしより少し背の高い我妻くんが、視線を右下に落としてこちらを見た。その視線によって、我妻くんのことをまじろぎもせず見つめていたことに気づかされ、ハッとして、頭から湯気が出そう。

「……あの、さ」
「は、はいっ…」
「俺、耳がいいって言ったけど」
「………」
「…心臓の音とか…あと、感情とかも、なんとなく音でわかっちゃうっていうか」

そう言って足元のガーベラに視線を落とす我妻くんの耳は、心なしか赤く染まっていた。か、感情が音でわかるってなに?どういうこと?と疑問符だらけの頭のなかは、次いで聞こえた我妻くんの言葉で、さらにかき乱されることになる。

「今、ものすごい心臓の音と、好きって音が聞こえるんだけど」
「…!」
「……それはこの黄色い花にじゃなくて…俺に向けられてるんじゃないかと思うんだけど、どう?」

感情が音になって聞こえるだなんて、そんなずるすぎる話は聞いていないよ。

自分の心臓の音がうるさくて、どこか別世界にいるような心地のなか、問いを投げてきた我妻くんの顔は、気がついたら火がついたように真っ赤だった。
そんな彼の姿に少しの淡い期待を胸に抱いて、わたしは「そうだよ」と蚊の鳴くような声で呟く。我妻くんは、左肩にかかったわたしの鞄を、「ん゛んっ」と咳払いしながら持ち上げ直していた。

おず、と差し出された我妻くんの右手によって、わたしの左手がぬくもりに包まれる。少し汗ばんだ我妻くんの手は、思ったよりもずっと大きい。「俺も、みょうじさんが好きです」と繋いだ手に力を込める彼に応えるように、ぎゅっと手を握り返す。

"我妻くんみたいなお花"じゃなくて、正真正銘"我妻くん"だけを見つめることが、突如として許されてしまった。心が溶けるように嬉しくて、わたしは今度こそ、彼から目を逸らせなかった。


花の香りをまとった微風が吹く。俯き加減の我妻くんの前髪と、足元に咲いたガーベラの花弁を、ひらひらと同時に掠めていった。



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