溶かしてひとつに


ひどく悲しい夢を見た。

大好きで、大切でたまらない善逸が、どこかへ行ってしまう夢。夢のなかの善逸は笑っていた。いつもの優しい顔で、「どうしたの?」って。

わたしは、なぜか確信していた。隣に立っている善逸が、どこかへ行ってしまうこと。

「善逸、どこ行くの?」
「え?なに?どこにも行かないよ?」
「うそ。わたしに黙って、どこかに行くつもりでしょ」
「なあに、どうしたの急に。俺がそんなことすると思う?」
「………思わない」

思わない、けど。

でも夢のなかのわたしは、絶望に打ちひしがれていた。目の前の善逸は笑っていて、別にわたしから離れていこうとする素振りを見せているわけでもない。それでも、そこはかとない悲しみやもやもやとした不明瞭な感情が、心のなかを覆うように渦巻いている。怖い。あなたを失うことが怖い。お願いだからずっとそばにいてほしい。きらきら光る金色のそれは、わたしにとってはまさに光で、失ったらどう生きていけばいいのか、最早わからなくなってしまっていたの。


だから、お願い善逸。


「いかないで」





夢の中のわたしがこぼした台詞でハッと目を覚ました。いやな汗を大量にかいているし、全身が心臓なのではないかと思うくらい脈が速い。涙こそ出ていないが、なんて悲しくて、残酷な夢なんだろう。優しいはずなのに不安だけが募るような善逸の笑顔が、脳裏に焼きついて離れない。

大きく深呼吸をして心拍を落ち着かせると、だんだんと暗闇に目が慣れてきた。ぎゅう、と自分で手の甲をつねる。痛い。ここは、夢のなかじゃない。

わたしの目の前、無造作な金色の前髪が微かに目にかかった善逸が、規則正しい寝息を立てて眠っている。当たり前のようにそこにいて、ただそれだけのことなのに、さっきの夢のことを思い出すとぎゅっと心臓が苦しくなった。

思わず手が善逸の頬へ伸びる。あたたかい。わたしの大好きなこのひとは、ここにいる。ずきんずきん、と音を立てるような心臓の痛みが、善逸の体温に触れることで少しずつ和らいでいく。

好きだよ。大好きなの。夢でも悲しいよ、あんな優しい顔をして、わたしから離れていくなんてぜったいに許さないよ。

両手がぬくもりに包まれた。善逸の、あたたかくて大きな手だった。心なしか口元を緩めた善逸は、寝起きで掠れた声で、「なまえ、どしたの」と幼子をあやすようにつぶやく。

「……いやな夢を見た」
「うん…心音が、すごい。怖い夢?大丈夫?」
「…善逸がね」
「うん…俺が?」
「いつもみたいに優しく笑ってるのに」
「うん…」
「どこかに行っちゃうんじゃないかって、そんな気がしてどうしようもない夢」
「うん…」

寝ぼけ眼の善逸は、気がついたらぽろぽろとあふれ出る涙とともに小さくこぼすわたしに、「ばかだなあ」と笑う。両手のぬくもりがなくなったと思ったら、今度は全身が善逸の体温に包まれていて、優しいにおいと、心地よい心音が聞こえる。善逸はわたしの頭を、抱え込むようにして撫でながら、「俺はね」と囁いた。

「俺は…なまえがいないとだめなの」
「…でも、どこかに行こうとしてた」
「ばか。その俺はお前が作り出した幻想でしょ」
「…そうだけど」
「夢のなかの俺がどんな顔をして、どんな声で、なにを言ったのか知らないけど、なまえがいないと俺は死んじゃうから」
「…ぜんいつ」
「だめなの。ほんとに俺は。情けないの、ごめんね」
「情けなくないよ…」
「んー…」

腕のなかでぐずるわたしを、「泣かないで、なまえ」と抱きしめる腕に力を込める善逸。わたしを安心させるように、言葉を選びながら、決して、ばかみたいな夢を見て不安になるわたしを、笑うようなことはせずに。

「そんな情けない俺だからさ」
「ん…」
「お前以外にこんなにずっと一緒にいてくれる人もいないと思うのね」
「…そんなことないでしょ」
「…もし、そんなことなかったとしてもだよ」
「ん…」
「俺はなまえじゃないといやだからね」
「…っ、ううう…」
「だからもうそういう夢見るのも禁止!ダメ!もう!」

そう言ってわたしを腕のなかから開放した善逸は、おでことおでこをくっつかせて、ちゅっと音を立てて触れるだけのキスをくれた。

愛おしい。わたしだけの善逸。わたしだって、なにがあっても、善逸がたとえどんなに情けなくてへなちょこな男でも、この想いが消えてしまうことだけは、絶対にないんだから。

降ってきた口づけに噛みつくようにして応えると、「こら」と困ったように笑われた。


「…寝れなくなっちゃうから、だめ」
「……善逸、……ずっと一緒だよね?」
「当たり前でしょ」
「結婚する?」
「はあ? 当たり前でしょ」
「…ぜんいつ」
「うん……なまえ、大丈夫、大丈夫だからね」
「ぜんいつ………」
「ん…俺はここにいるよ」

「抱きしめててあげるから、もっかい寝な」と再び善逸の腕に包まれた。とんとんと一定のリズムで背中を優しく叩かれ、瞼が重くなっていく。




「なまえが嫌って言っても、もう絶対離してやんないからな」




泣き疲れて再び微睡み始めたとき、そんな善逸の声が聞こえた気がした。




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