Summer night magic


※現パロ、大学生



深夜まで続く居酒屋でのバイトを終えた。

煙草臭くなった髪や服には、毎度のことながら不快感を覚える。もう終電はないので、お店の前に停めてある自転車に跨り、バイト仲間に手を振って、暗闇を走り出すわたしに、ほんのり冷たい夜風がはたはたと鳴る。

暑くなり始めた近頃は、この夜風が至極心地よかった。家の近所でバイトをしているので、自転車に乗る時間はほんの5分ほどだけれど、疲れた体にはプチご褒美。時刻はもう24時半をまわっていて、人影が少ないのを良いことに、小さく鼻歌なんて歌ってみた。それとほぼ同時に、着ているシャツのポケットに入れていたスマホが震え出す。しばらく車輪は地面の上を滑っていたけれど、どうやらなかなか鳴り止まないそのバイブは電話の着信を知らせるものらしい。キッ、と音を立てて自転車を一旦停め、取り出したスマホに視線を落とすと、「うおわっ」と可愛くない声が、それなりのボリュームで口から溢れ出た。

画面に表示されていたのは『我妻』の文字。自転車のハンドルを握っていたせいで汗ばんでいた掌をデニムで拭いてから、震えつづけるスマホの通話ボタンに慌てて触れる。どくどくと音を立てる心臓を落ち着けるように、なんでもない風を装って「もしもし?」と電話口に話しかけた。

『出るのおっそ!切るとこだったわ』
「…自転車乗ってたの。こんな時間になに?」
『バイト帰り?一応女の子なんだから気をつけろよ』
「はいはい、ありがとうね」
『うん、で、なまえ明日夜暇?』

心臓がどっ、と鳴った。こんな時間にこんな風に電話をかけてくる男、我妻善逸に、わたしは確実に恋をしている。そんなわたしとは裏腹に、さらっと会う約束を取り付けようとする彼に、悔しくなって下唇を噛んだ。悔しいのに、段々と口角が上がってきて、自分で自分の頭を小突く。速すぎる脈拍が作り出す音の乱れが、声にうつって悟られてしまわぬよう、「暇だけど」と努めて素っ気なく返した。

『ほんと?じゃあさ、前言ってた外で飲める居酒屋行こうよ』

ちょっとだけ上がっていた口角が今度はへの字になる。眉間に寄ってしまう皺を人差し指と親指でぐっと押し広げながら、「いいよ、行こ」とだけ返し、そのあとは他愛もない話を少しだけして、彼の楽しげな声は暗闇に消えていった。

もう一度自転車に乗る。まごうとなき片想いをしている相手からの突然の誘いに胸が躍って仕方がなく、なんとなく立ち漕ぎをしながら、熱のこもった口のなかを冷やすようにして、大きく息を吸い込んだ。

我妻とわたしは同じサークルに所属している。大学は違うので、毎日のように顔を合わせてはいない。でもたぶん仲はいいほうで、2人でご飯に行くのはこれが初めてではなかった。誘うのも別にどちらかが、というわけではなく、お互いから、なんとなく。わたしは2人で会えるという事実に、毎度同じくらい嬉しくなってしまう。けれど、我妻とわたしの今の関係的に、それを悟られまいとすることに、なんだか躍起になってしまっている自分もいて。それが、ここ最近のちょっとした悩みだった。


もうあと3分も足を動かせば家に着いてしまう。喜びで火照った顔を冷やすためにも、ずっとこの心地よい夜風に当たっていたい、と思った。



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