ぜろいの | ナノ


◆17歳の心中  






 真夏の、ひどく暑い日だった。もう夜中もとうに過ぎた終電間近の駅に、リザと言葉は待ち合わせていた。真夏の夜は暑く、そしてひどく生ぬるい。リザは胸元を伝い落ちる汗の感覚に眉をひそめ、そして駅の切符売り場近くの壁に寄りかかった。別々のところで遊んでいたけれど、ふたりは外泊届を寮に提出していた。遊びにいく、にしては少しだけ、曖昧だ。高校生が遊びにいくというにはこの時間帯は少しだけ、寡黙でどうしようもなく合わない。ちぐはぐなジグソーパズルのように嘘に近くて、たしかにそれは本当は嘘なのかもしれなかった。
 待ち合わせ時間よりも少し早くついたことを後悔しながらもリザは壁に寄りかかり、スマートフォンを確認する。機械音痴の彼の恋人からは何の連絡もまだ、来ていない。足元に置いたボストンバッグの上に座り込んでしまおうかと思うほどに人気がなかった。ふだんは人でごった返している改札の周りには誰もおらず、閑散としている。次の終電まであと15分。終電の10分前に待ち合わせだった。
 律儀に5分前行動をする自分に少し苦笑しながら、もう着いた旨を連絡しようとアプリをタップした時、目の前にゆるりと人影が落ちる。補導でもされるか、と身構えて顔をあげたリザに、コーラの缶が差し出された。
「はえーよ、リザちゃん」
「……5分前行動だよ」
 彼より一足先に18歳になった恋人が、そこには立っていた。
 どこからどこまでを恋人というのかはわからないが、たしかに告白して付き合い始めたのはまだ言葉もリザも17の頃であり、同じ学校で長く暮らしていたせいか普通の恋人よりも家族というのに近いような、それでも恋人というのが恥ずかしいようなそんな関係を築いていた。他の人の前では友達として過ごしていて、ふたりきりになれば恋人になる。そんな難しい関係だ。ただ当人同士はそれで納得していて、不満もなかった。いつだってこの年頃の少年は、そんな背伸びをしたがるものだった。
「暑かったでしょ、ごめんね」
「そんな待ってねえよ」
 走ってきたのか、そう言って笑う彼の声は少しだけ乱れていた。
 くだらない話をしながらふたりは切符を買う。今日遊んだ友達について。今日したことについて。大きなボストンバッグを持って改札をくぐり、そんな話をしていたときに終電が到着した。23時58分の終電だった。
 まったく人がいない電車に乗り込む。買えるだけ高い金額の切符を買った。そしてドアが閉まり、隣同士に座った電車の寂しい明かりの中に2人の姿だけがあった。3年生にしては少しだけ背が低くて、まだ背伸びしがちな子供ふたりは背中をゆっくりと椅子に預ける。特に会話はなかった。スマートフォンを見つめていた言葉が、あ、と小さく言葉を発するまでは。
「リザちゃん、誕生日おめでと」
「……ありがと」
 そういってスマートフォンから顔を離して、目を見つめた。がたん、ごとんとどうしようもなく揺れる音だけが曖昧だ。どこに行くかも決めずに乗った電車。ふたりの話に、未来のことは一片たりともなかった。まるで心中で、まるで駆け落ちだった。今この瞬間だけ、ふたりだけでいるような錯覚。
「誕生日、さぁ」
「ん?」
「……お前と、ふたりでどっか、行きたくてさ」
「そうなの?」
「だから、お前が誘ってくれて嬉しかった」
 あてどもなくどこかに旅をしないかと誘った。18歳の夏は一度しかないのだからと、誘ったのは言葉だった。それは、その日誕生日のリザを独り占めしたかったからでもあり、誰かに言われる前に一番におめでとうを伝えたいわがままだった。
「お前に一番最初に祝って欲しかったんだよ、遊」
「じゃあ、プレゼントは俺だね」
 そういって言葉は、自分より少し背の低い彼の肩に頭を預ける。電車の振動と小さな頭の感覚が暖かく、心地よかった。電車の中は冷房が効いていて、少しだけ寒い気がしたのだ。学校のみんなも誰もいない場所へ行く。そんな小さな開放感から、リザはぎゅっと言葉の手を掴んだ。
「いつ、帰る?」
「帰りの日の話なんてするなよ。リザちゃん」
「ちゃんって呼ぶな」
 そういって奪うように口付けた。17歳という年齢が、死んだ直後のことだった。


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