ぜろいの | ナノ


◆僕の望んだ現在の話  





 小学校の時だった。隣のクラスで出会った少女がいた。黒髪は鎖骨のあたりまで伸びていて、そして妙に細く生白い顔をしている。目のあたりには包帯が巻かれていて、どこか影が薄い男だった。影が薄い、というより、生気が薄い。
 小学校の時だった。隣のクラスで出会った少年がいた。きれいな赤色の髪の毛で、膝小僧に絆創膏を貼っていた。少し小学生の中でも背が低くて、少し擦れた目をしていた。
 交わることはなくて、時折すれ違うだけだったのだ。それでいて、なんとなく気になるような気がしたのは、なぜかお互いに同じような雰囲気があったからなのかもしれない。どことなく寂しそうな、そういった雰囲気だ。小学生らしかぬ背伸びした雰囲気で。
 廊下で、その少女がプリントと筆箱を落としたことがあった。ばさばさと広がるそのプリントを呆然と見下ろすその少女に近づいて、そしてそのプリントを拾うのを手伝った。
「ぁ……りが、とう、」
 細い声がそういった。赤い髪の少年はそれにこくりと頷くだけで答える。
 そこでしか、交わることはなかった。

「……お前、男だったのかよ」
 高校一年生の教室にて。リザは目の前の黒髪の少年にそう問いかけた。リザよりも少しだけ身長が高い少年に、そういった。長い黒髪。長い前髪。そしてだぼだぼの制服。まるで魔法使いみたいな恰好だった。
「……そうだけど。待って?お前初等部のときにプリント拾ってくれたことあるでしょ?」
「よく覚えてんな。そうだよ」
「俺もびっくりしたわ」
 それまで、少女だと思っていたクラスメイトが自己紹介をしたときに完全に男の声だったことにただ愕然として、リザはそう話しかけたのであった。赤い髪の少年は、椅子に座る言葉を見下ろす。
「包帯、つけてたじゃん」
「ん、そうだね。あの頃はなじんでなかったからね」
「それも異能のせい、なの」
「いや」
 そういって言葉は目に手をやった。
 くす、と薄く微笑みながら唇に手をあてる。
「秘密」
「……なんだ、それ」
 そうやって、彼らはもう一度出会った。

 彼らの高校生活はそうして始まった。最初はぎこちなく、それでもそうして、なんとなく交流を始める。そんな関係だった。屋上に時折集まっては喋り、放課後には遊びに行く。そんな関係だ。まるでどうしようもなく普通の高校生のようだった。
「ねえ、リザちゃん」
「なんだよ」
「昔さぁ、俺のこと女の子だって思ってたでしょ?」
 午前3時。寮の共用キッチンにて。リザは透明なグラスの中に入ったオレンジジュースを飲み干して小さくうなずいた。初等部の頃に一度廊下ですれ違っただけの関係性だ。それでもあの時、女の子だと思っていたのは事実だった。
 しかし、事実、彼は女性らしい風貌をしていたのだ。
「今はどう思ってる?」
「……いや今は男でしょ」
「そっか〜。でさぁ、リザ」
 何か、きちんと、ちゃんとした話をしようとしたとき。
 彼はいつでも、名前を呼び捨てにするのだ。リザちゃん、といつものように呼ぶのではなく、リザと呼ぶ。そのせいでリザも少しだけ居住まいをたたした。なぜか本当に、目の前の彼がしゃんと背筋を伸ばしていたからだ。
「なに」
「付き合わない?」
「………は、ぁ?」
 その口から放たれた言葉は、今までのどんな言葉よりも的確に体を切り裂いた気がした。頭の奥をぶん殴られたような気分になって、そう疑問を投げかけることしかできないリザににっこりと微笑んだあとに苦手なはずのコーラを一気に飲み干すと、彼は立ち上がる。
「じゃ、また明日ね」
「おい、遊」
「おやすみ〜」
 手だけをひらりと振って彼は去っていく。暗い夜の寮の中に、黒髪が翻って、暗い夜の中にひときわ暗い陰影を生み出していた。
 ひとり残されたリザはぼんやりと考える。そういう風に言われるとは思わなくて、いまだに心臓が痛かった。一瞬でどくりと跳ね上がった心臓がどうしようもなくせわしなく動いていた。
「……なあ、どうしろっつーんだよ」

 実はあのとき、はじめて人にやさしくされた気がしたのだ。廊下に落としたプリントを見て頭が真っ白になってしまった。また怒られる。そう思って、手を伸ばすことが出来なくて立ち尽くしていただけだった。
 別に初めて優しくされたわけじゃない。この学園に来るまで、本当に優しくされた気がするのに。同世代の人間にやさしくされたのは、その時が初めてだったのだ。固まる自分の足元からプリントを拾い上げてくれた赤色の髪の少年の、少し寂しそうな顔をはっきりと覚えている。
 だからこそ。
 高校でこうして出会ったとき、本当に苦しくなったのだ。その動悸の正体に気づいたのはひどく遅かったけど。
「ま、どうもできなかったってことなんですよね」
 そういって言葉遊は、ゆっくりと恋愛小説のページをめくった。明日朝あったとき、あの友人はどんな顔をするのだろうか。それを考えるだけで、少しだけ明日が楽しみになるのだった。


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