ぜろいの | ナノ


◆おやすみなさいと言えたらいい  





 おやすみなさい、とドアの前で別れるのはいつもの日課だった。ほぼ毎日、俺が眠れない日はセンセと一緒に寮をぐるりと回って、そしておやすみなさいと言って眠るのだ。眠れる日はかなり少ないけれど、そうやって回った日はかなりよく眠れるような気がしていた。
「じゃあ、言葉くん。今日もありがとう。お休み」
 そういって、わずかな灯の中、紅玉の目が細められる。いつも通りの挨拶だ。いつも通り、緩やかな夜の挨拶。黒い、長い髪がわずかな灯に照らされて艶めいている。その光景を見るのが好きだった。だから俺もそれに、いつも通り、おやすみと言おうとして。
 嗚呼、と思い出す。
 今日は珍しく異能をほとんど使わなかった。というよりも、テスト期間が近くなっているから異能は自粛期間、といったところだろうか。そのおかげでか、今日はなんだか眠い気がする。ほとんど眠らない生活に慣れてしまっているからこうした眠気を感じるのは久しぶりのような気がした。
「センセ」
「ん?」
「ぽにょ、貸して。聴覚リンクさせたやつ」
 そう言って、両手を広げる。抱き枕がほしかった。先生の肌の柔らかさを抱きしめて眠りたいと思うようなときもある。こういった、きちんと眠れそうなときはいつだってそうだ。本当はセンセと一緒に眠りたいんだけど、それは自粛。
 センセを困らせるわけにはいかないな、と思うから。まだ先生と生徒だし、なんて変な遠慮をしているけれど、きっとこの関係が変わることはないのだろうな、と。先生は、昔から先生のままな気がするから。
「どうぞ」
 そういって生成されたぽにょを抱きしめて、もう一度おやすみという先生に手を振った。そして部屋の扉を閉めて、そのままベッドに飛び込む。抱きしめたままのぽにょが一瞬つぶれて、ふにゃ、とした顔になった。
 そのままそれを抱きしめてすり寄ってくるぽにょの体に唇を寄せる。きっと触覚はない。ただ、聴覚があるなら聞こえるだろう。
「おやすみ、センセ」
 少しだけゆっくりとそう呟くと、俺はそのまま意識を手放した。この瞬間は、いつだって怖い。それは、いつ目覚めることが出来るのかわからないからなのかもしれない。眠りというのは一種の死であるという風に書かれた本もあった。だから、そういうのが少しだけ怖い。
 それでも腕の中の柔らかくて暖かいそれを抱きしめていれば、少しは怖くなくなるような、気がしたのだった。

 2時間は眠れた。
 そう思って目を覚ます。時刻は、まだ夜が明けきらない時間だった。先生はきっともう眠っているだろうな、と思いながらふにふにとぽにょを指先でつつけば、嬉しそうに指先にすり寄ってくる。その柔らかさに少しだけうれしくなる。
「まだ起きてないだろうけどさ。おはよ、センセ」
 そう、ぽにょに囁いた。
 いつだって毎朝の挨拶を一番にしたいという我儘だ。しかし、それはきっとどうしようもなく子供な我儘なのだと思う。子供のままでいることはできないけれど、大人になるビジョンもないのだから今はそのまま、子供の我儘を貫き通しても良いかな、と思った。
 ぽにょが柔らかくすり寄ってくる。その柔らかさに小さく微笑んだ。先生の、優しい赤色の瞳と時々俺の頭をなでてくれる指先の感覚。
「今日は何してあそぼっかな」
 久しぶりの睡眠で頭はすっきりしている。ぽにょを指先で弄びながら、まだしばらくある起床時間までの時間を過ごそうと思った。


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