心を奪うその瞳 | ナノ
白熊奮闘記



キャプテンが、女の子を助けて連れ帰って来た。

とっても小さくて、細くて、壊れちゃいそうな女の子を。

昨日の夜に敵をやっつけて、そこに捕まってたらしい女の子は月の光にキラキラと光る綺麗な髪の毛をしてた。

あんなに綺麗な毛並みのメスの熊がいたら、良いのにっていうくらい綺麗だった。もしかしたらキャプテンもそう思ってたのかな?


キャプテンが診てるから絶対助かるのにどうしてだか、女の子はどうやら死にたいって思ってるらしい。キャプテンの教えてくれた時の顔、凄く悲しそうだった。

だから、オレ決めた。その子に死にたいって思わせないようにするって!

だって、そうすればキャプテンも喜ぶし、オレも嬉しい、あんなに綺麗な髪の毛なのに勿体無い!

笑ったらきっと、もっと可愛い!


キャプテンに手渡された万年筆とノートを抱えて女の子の眠る部屋に静かに入った。


数時間後、目を覚ました少女は絶句する。目の前の白い大きな塊に。


−−−−−−−−


目を開き、音の出ない言葉でさえ失う事になるとは思わなかった。目の前の、大きな白い、モコモコに。

数秒、夢ではないかと瞬きを繰り返したが、それは異様なまでの存在感を放ちそこに座っていた。

しばらくして、ソレは横顔からこちらに向けてきた。


「あっ!!目が覚めた!?」

『!?』

しゃべ、た…。ヌイグルミだと思いたかったソレは紛れもなくこちらに目を向けニコリと笑い、話しかけてきたのだ。

こんな種族?なのか、見たことない。しかし海のことなど詳しくもない私が知らなさすぎるだけなのだろう。


「あっと、うっ…その、ごめんね?怖くない、よ?」


バタバタと手をばたつかせつつも、次第に元気のなくすその姿。敵意がないように見て取れるが…本当はどうなのかわからない。

再び目を閉じて、無視を決め込む事にした。見た目と、その言動に罪悪感がわかないわけでないが、所詮この人…?も海賊だ。


海賊なんて、海賊…なんて……






「……!お前は、強い。負けるな」

「笑え!笑ったら良い事あるぞ!」

「がっはっは!良い子だ!」



……昔を思い出して感傷に浸るのは、いつぶりだろうか。

でも、彼らが特別だった。ただそれだけ。今まで見てきた数えきれない海賊はどれも歪み、汚れ、醜い。そんな中で、一度だってあんな人達みたいな人など、誰一人としていなかったではないか。

騙されるな、信じない。もう二度と…


「ご、ごめんね?オレ、熊だけど…でも襲ったりしないよ」

……………

「あのね、ちょっとでも…元気になってくれると嬉しいな」

……………


「……おやすみなさい、今度は驚かさないように気をつけるね」


ばたん、と閉まる扉は虚しい音を残していった。寂しげに聞こえるその声に、頭を抱えたくなる。

どうしてほしいのかわからない。何をしたいのかわからない。混乱に混乱を重ね掛けられた気分だ。

何なの、あのシロクマ。一喜一憂し、最後はこちらが悪いと思いそうになるくらいまで落ち込んで、私に元気になってほしい?なぜ?何が目的か教えてよ…!


イライラが募り、自分の腕に刺さる点滴を思い切り引き抜こうと手を出した。


「俺の来る回数が増えるだけだ」


思い出し点滴から手を遠ざけ、点滴のない方の腕をベッドに叩きつける。

行き場のない怒りだけが、私の胸の中を埋め尽くしていった。



−−−−−−−−


ベポが珍しく肩を落とし歩いていた。

「おい」

「…キャプテン、どうしよう…オレ」


そう言いますます暗くなるベポに医務室で眠るあの寝顔を思い出す。どうやらコイツでも撃沈といったところか。


「あの子のこと、驚かせちゃった…ビックリしてそのあと、寝ちゃった…多分寝てないんだけど、寝たふりされた」

寝たふり、か。よほど驚いたか信用してないかのどちらかだろう。後者の方が強いが前者もあるだろうな、ある意味。


「気にすんな、俺は睨まれてる」

「オレは、睨まれては…いない」


「くく、良かったなベポ。とりあえず第一印象はそこまで悪かねェってことだ」

その言葉に先ほどまで葬式並みの暗さだったコイツはパァ!と明るくなり、何度も頷くと夕食をとりに食堂へ走り出した。

単純、純粋な白熊を見てかすかに笑い自身の部屋へと戻る事にした。


−−−−−−−−


目を覚ますと、朝日が窓からこぼれ落ちてきていた。あの後まんまと深い眠りについてしまっていたのだ。

点滴の袋は真新しい。寝ている間に交換されていた様子にさらに苦虫を潰す。

人の気配には過敏なはずのそれが何も感じなかったのだ。どれだけ深く眠っていた事だろう。


コンコン、ガチャ…ノックしてすぐに開かれた扉。ノックの意味など皆無にした主を見ると、白い毛並みと橙色のツナギを着た…白熊。


「おはよう、良い天気だね」

昨日の威勢の良さがなくなり、穏やかに笑う相手。昨日の影はすっかり顔を隠しへラリと笑っていた。


「今日はね、昨日渡しそびれたこれを持ってきたよ。あ、その前にちょっと起こした方がいいかな?えっと…起きれそう?無理なら手を貸してもいい?」

恐る恐る聞いて来る白熊。起きないと話が終わらなそうなので仕方なしに体を起こそうとした。

しかし、ズキン!と背中に痛みが走り、起こしかけていた体が仰け反る。


「ご、ごめんね!無理させて」


スッ、と背中に回る大きな感触。クッションとは違う質量に白熊の腕だと理解した。

もう体を自身で支える手立てのない少女は諦めに近い感覚で体から力を抜いた。そんな彼女を優しく支え、枕を数個ほど背中やその両脇に置くと彼女が安定するように調節していた。

少女は視線をベポに向け、少しため息をこぼした。それをポジティブに受け取るベポはニコリと笑うと自分のセットした枕の具合を何度か聞いて、その後思い出したかのようにノートと鉛筆を取り出した。


昨夜は万年筆だったそれを昨夜の内にベポは無くしてしまって慌てて鉛筆を用意したのは、ベポだけの秘密。


「君の声の代わり!何か書いて欲しいな!あ、名前!名前を教えて?オレはベポ!」


ニコニコと一通り言い終えたベポに彼女は数秒固まる。どうにもこうにも、逃げられないらしい。


−セラ−


綺麗な字で短く書かれたそれに、ベポは嬉しそうに笑った。きっと彼以外が見れば彼女の基礎の育ちの良さが伺えた筆跡だろう。


「セラ…素敵な名前だね!セラって呼んでもいい?」


−お好きにどうぞ、私には止める権限などありません−


「ありがとう!」


嫌味も通じぬ純朴とさえ思えてしまうその反応。今までの海賊にはない応対と、自身に覚えた感覚にセラはどうしていいのかわからなくなってしまった。


「キャプテンがね、この点滴を最後にご飯もいいって!お腹すいたよね?」

−いえ、別に大丈夫です−

「そうなの?セラって少食なんだね。オレなんてお腹ぺこぺこだよ」


ちょうど良く、ベポのお腹の虫が返事するように盛大に鳴いてみせた。ベポはぽかんとした後アワアワと照れ臭そうに慌てる。

セラもつられてぽかんとした後、瞬きを数回して目の前の大慌てなベポの姿に思わず苦笑いをこぼした。彼女自身の無意識のうちに。


「あ!!」

『?』

「あ、えと、ううーんと、今日の朝ごはん何がいいか閃いたんだ!」

−そうですか−


セラは少しの違和感を抱きつつ頷く。

一方、ベポは慌てて下手な言い訳を言葉にした。彼女の"苦"のついた笑みを見て、それを言葉にしてしまったら彼女が怒るのではないかと思ったのだ。

例え、苦い笑いでも、微かでも笑ったのだ。言葉にしたら消えてしまいそうなそれをベポは確かに見つけていた。


「後でキャプテンが点滴が終わった頃にくるよ!あ、お水は置いていくね?飲みたくなったら飲んでいいよ。あと、何かあったらこれで呼んでね?トイレとか、あと苦しくなったり痛くなったりしても絶対呼んでね!」

早口で言い終えるとベポは電々虫をサイドテーブルに水差しとともに置いていった。どうやら専用電々虫らしいそれは静かにサイドテーブルに座していた。

声の出ない私がどう呼んだらいいのだろうか、と呼ぶことを前提に悩んでしまったから初めて頼るつもりだったことを理解する。

馬鹿なことを、考えてはダメ。



部屋を後に食堂へと鼻歌交じりで向かう白熊は、散々な初日を大きく挽回するように2日目の成果を終えていた。


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