月明かりに導かれ、巡り会う 前方に敵船を発見したのだと知らせが入る。それは、夜もかなり更けた頃に電伝虫が鳴り響いた為に船員と共に甲板へと繰り出る。 相手はまだこちらに気がついていないのか静かに帆を揺らし進む様子だ。 目を凝らすとそれはあまり良い噂のない海賊船。人身売買を生業とするような腐った賊らしい。 「キャプテン、どうするの?」 相手が何を生業にしてるか此方としては毛頭興味もない。が、腐った生業で腹は相当肥えているらしいその船をみすみす逃すのも惜しい。 更にはこの航海の行く先は同じらしい向こうに此方は相当迷惑を強いられるだろう。 「この先、通れるのは一隻だけだ。譲るわけにはいかねェだろ」 この先の目的地の手前では、運悪く海軍がいるかもしれない道がある。一隻ならまだしも二隻も通れるはずがない。 譲るわけにはいかねェなら、落とすまで。 「全員起こせ、奇襲だ」 「アイアイ!」 奇襲は功を奏し、いとも容易く敵船に乗り込む。船長らしき人影が見えず雑魚どもを蹴散らし奥へ進む。 喧騒に包まれた甲板とは違い、船内は息を止めたかのように静かだ。 ジャラ… 鎖のような鉄の音が聞こえ、廊下の先に潜む敵かと睨み角を曲がる。 しかし暗闇の中、たった一つの白い何かが床に転がっている。ただの布切れかと思われたそれはゆるりと動き出し、細すぎる腕とは信じがたい細く小さいものを天に掲げていた。 白い手首に鈍く光る、手錠とそれに繋がる重々しい鎖。 弾かれたように走り出し、気がつけばその手を掴んでいた。 力を少しでも込めれば折れてしまいそうな、その腕は確かに生きている証の体温と脈を打っていた。 『−−、−−て』 音の無い空気の漏れる微かな音、次の瞬間目を見開いた。 月のように白い前髪の間から覗く夜の海よりも深い瞳は朧げに揺れ、ガサガサで乾燥から切れた端から血の滲むその唇が、確かに伝えた。 『わ た し を 、 こ ろ し て』 絶望に染まった暗い瞳から一雫の涙が睫毛を濡らし床へと落ちる。緩やかに感じられる程の時の中で目の前のガキは、俺に殺せと願った。 絶望の瞳をしているくせして、その表情は微笑みにも嘲笑いにも見えるもので、今にも生き絶えてしまいそうなほど。 それら全てに言いようのない怒りが、腹の底からふつふつと湧き上がる。この俺に、死を懇願するだと? 上等だ、クソガキ。 「誰がみすみす死なせてやるかよ、頼む相手を間違えたな」 目(まなこ)は怒りに満ち、口元は弧を描いた男は少女の腕を見やり煩わしそうに鎖を断ち切ると、その言葉とは裏腹の優しい手つきで軽すぎる少女を抱えた。 「キャプテン、終わったよ!なあに、女の子?」 「あぁ、お宝だ」 「キラキラ、綺麗だね髪の毛!お月様みたい」 サラリ、と少女の前髪をかき分け覗く顔は決して血色のいいものではない。しかし丁寧に拭われた鼻血の後も額の血の跡もない少女の寝顔はどこか月を思わせ、儚くも美しく魅せた。 「他の宝は積み終わったか」 「うん!あとは皆キャプテン待ち!」 「湯を用意して医務室に行け」 「アイアイ!キャプテン!」 ニヒルな笑みを浮かべた男は、船員の一人の走り去る背中を見送り腕の中の少女を次いで見やる。 月明かりに照らされた髪はまるで月の光を吸い込んだように煌めき、男が歩き出すと風が少女のその髪を撫ぜた。 後に男は船員から知らされることになる。真っ先に乗り込み切り倒した男こそが、敵船の船長だったと。 Since:18/12/3 [*prev] [Back] [next#] [しおりを挟む] [感想を送る] |