心を奪うその瞳 | ナノ
優しさが閉ざした心を溶かして



怒号と銃声と金属同士のぶつかり合う音が聞こえ目を強く瞑る。恐怖が胸の内を支配し、震えが止まらない。

今までだって、何度も聞いて来たその音は一度だってこんなにも震えることなんてなかった。なのに、今はどうだろう。こんなにも胸が張り裂けそうだった。


ドタバタと足音が扉の前を往復する。これがこの船の船員でなければ絶望で叫んでしまいそうだ。

声が出なくても、叫びたくなる気持ちを抑えて最後に見た彼の不敵な笑みと自信に満ち溢れるあの言葉を思い出す。

大丈夫、彼は億越えの賞金首になるほどの強さだ。こんな簡単にやられてしまうわけがない。


ひたすらひたすら、早く終わってと、皆が無事でいてと願うしかできなかった。



しばらくして、静かになった船内に私は神経を尖らせた。部屋に誰かが来るのではないかと、それとも無事に終わってくれたのかと。

息をなるべく深く長く潜め、しばらくして扉が荒く激しく叩かれた。


恐怖で歯がガチガチと鳴る。どうして?彼が来たのではないの?

最悪の結果を想像し、全身の血の気が引いていく。

今までとの海賊に対する思いとは決定的に違う。彼らの身を案じ、無事を祈り、私はいつの間にか少ししか関わっていない彼らに心を奪われ、寄り添いたいと思うようになっていた。

まだ怖いけれど、そんなちっぽけな恐怖なんかよりも感謝の気持ちの方がとても強かったのだ。

ドンドン!と再び扉が強く叩かれる。息を詰まらせ、震える体を必死に両手で抱きしめる。



「セラ!俺だ、ローだ。無事か!?」


その声を聞いた瞬間、私は弾かれたようにベッドから飛び出す。途中激しい音を立てて転び顔面を強打したが、そんな痛みなど感じる余裕もない。

激しい物音に扉の向こうの彼が焦った声で私を呼ぶ。鍵を開けようと震える手を必死に抑えて、何度か失敗した後で私は扉を引いて開け放った。

「っ、おい無事−−」


目の前の人物を認識した瞬間、分け目もふらず私は彼の胸に飛び込むように突撃していた。

無我夢中で背中に腕を回し、存在を確認するように力を込めた。怒られるかもしれない、疎まれるかもしれない。けれども腕を回さずにはいられなかった。


無理やり引きがされたりするかと思ったのに、彼は何もせずしばらくして、あの日の夜のように後頭部に手を当て軽く撫でて来た。

もう、それだけで私の涙は決壊し肩を震わせ必死に嗚咽を押し殺す。


「…どうした、敵が怖かったか」

フルフルと顔を埋めながら首を横に振る。


「……俺らが心配で怖かったか」

背中の服を掴む手に力が入る。頷いてしまえば彼らのプライドを傷つけてしまう。でも、首を横に振って嘘をつきたくはなかった。


「簡単にやられる奴らじゃねェ。俺もな…言ったろ?」

ズズ、と鼻をすすり頷く。鼻水をつけてしまいそうで顔を離そうとしたが、彼の手がそれを許さなかった。グッと押さえられ私は一瞬離れた顔を再び彼に埋めた。


「今は涙も鼻水も許してやる。気がすむまで泣いとけ」


ここの海賊の人は、この人はどうして優しいのだろう。こんなに暖かい人達はあの幼少期に出会った人達だけだと思っていた。

小さい子をあやすように、一定のリズムで後頭部を撫でられ次第に落ち着いて来た。そしてあんなに取り乱してしまったことに対して沸々と羞恥心が湧き上がって来た。


「とりあえず来い」

私の腕が緩んだのに気がつき彼が体を離すと、私はそこで顔を見上げた。

ニヒルとは程遠い優しげな目元にヒュ、と息が止まった気がした。数秒固まっていると彼はいつもの悪い笑みを浮かべ、彼の袖でグイグイと乱雑に顔を拭いてきた。


「ひでェ面」

クククッと笑いながら拭き終え、私は彼の手に引かれ隣の彼の部屋へと連れられた。

椅子に座らされ素直に待っていると彼は部屋の奥に行って、すぐに何かを持って戻ってくる。


「さっきのでかい音、転んだな?」

グッ、と痛いところを突かれ、私は苦虫を潰したような顔をした。悪戯にニヤリと笑う彼の視線から逃れるように俯こうとしたが、彼の手がそれを許さないという感じに顎を持ち上げ前を向かされた。

チリ、と痛みが走り思わず目をつぶり肩を震わせる。それは右の頬から伝わり、恐る恐る目を開くと彼の手にはピンセットで脱脂綿を持ち上げて頬へ押し当てていた。


「我慢しろ、戦ってねェのに転んで怪我するとか…あぶねェな」


先ほどの顔面強打で私は頬を強く擦り、木のささくれに浅くだが切ってしまったらしい。

本当、戦ってないのに情けなくて俯きそうになるが再び彼が顎を持ち上げそれを許さない。

俯くなど注意されてしまい素直に前を向いた。しかし真っ直ぐ見られているのに緊張しすぎてしまうため、ギュッと目を瞑り耐えた。


しばらくして頬に何かが貼られ、その上から彼の手と思われるものが何度か滑らせ、それが離れてから私は目を開いた。

「敵はもういねェし、酒も宝もいただいた。今夜は宴だ…もし、平気そうだったら来い。無理はしなくていい」


ふわりと頭を軽く撫でられ、部屋へ戻るぞと言われて立ち上がる。彼の後をついていき、私は素直に自分の部屋に戻る。

扉を閉めようとした彼の腕を掴み、静止させるとスケッチブックをひっ掴み慌て鉛筆を走らせた。


−無事で、良かったです−

−宴、ぜひ参加させてください。私は何もできていませんが、参加させてもらえると、嬉しいです−

−服、すみません。汚してしまいました−


立て続けに書き終え、彼に見せると彼はしばらくその字を目で追い読み終えるとクシャクシャと頭を撫でてきた。

この大きな手が、温もりが、どんどん私の心を溶かして癒してくれる気がする。


「ベポを迎えに来させる。服は、そうだな"洗濯の妖精"とやらに任せる」


最後の言葉は完全にからかっている。意地悪く弧を描く口元と目尻にもう見てられないと視線を逸らした。

ポンポンと頭に手を置かれ、彼はそのまま部屋を後にした。

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