心を奪うその瞳 | ナノ
小さな両の手で祈る



ペンギンとのコンタクトを果たしたセラは順調に仕事をこなし、ローは彼女を診る必要がなくなるまで回復したと言って、昼に訪問することがなくなっていた。


とは言え、夜のコーヒーお届けは継続され気がつけばセラはローの部屋でホットミルクを飲むのが習慣になっていた。

経緯といえば、自身の部屋で飲もうとして持って来ていたホットミルク。トレーに一緒に乗せて来ていたのに気がついたローはここで飲んで行けと、まるで命令のような口ぶりでセラに言い放っていた。

初めは遠慮というか、拒否に近い形で首を横に振っていたが、ローが深くため息をこぼし押し黙ったことにより、セラが耐えきれず折れたというわけだ。

セラが来て一ヶ月が経とうとしていた。


静かな空間、本をめくる音とセラがホットミルクを冷まそうと息を吹きかける音。

会話もなく、静かにセラが飲み終えるまでの短い時間をローと過ごしていることにセラは最近心が休まっているような気がしていた。

ちらり、と手元を覗けば彼が読んでいるものはとても難しそうで、何を読んでいるのかひと齧りも理解できないと悟る。


「そういや、」

急にローが口を開く。それに驚きつつ、セラは顔を上げてローを見た。ローの視線は相変わらず本に向けられていたが、確実に話の切り出しはセラに対してのものである。


「ペンギンと話したんだってな」

こちらに視線をよこされ、コクリと頷く。そう、あれから三度ほどペンギンさんとは深夜の厨房でお会いしたのだ。会うたびに何かないか?等いろいろ聞いてくれる彼に、アシカさんは鼻高々に"ほら、言った通りの男だろォ!セラ!"と言われた。

欲しいものと言えば、この間数時間だけでログが溜まる島に上陸した時、ローがペンギンとベポに言ってそこはかとなくご用意させた下着とラフな服をいただいたことで足りているので、セラ的には十分事足りていたのだ。

正直、衣服のサイズがピッタリで驚きを隠せなかったセラだが、ローが凄腕の医者だということを思い出し、筋肉のつき方やらを知れる時点でバレていると観念した。

そんな事はさておき、とセラは頭を切り替えて素直に一つだけ述べる。

−鉛筆が欲しいです−

大まかな会話はスケッチブックと鉛筆かスケッチ用の木炭があるので事足りていた、が、その鉛筆がそろそろなくなってしまいそうだということ。

そう言えばペンギンさんは"もっと素直に色々言ってくれよな"と笑われつつも1ダースの鉛筆が翌日の晩に用意されていたのだ。

そう、ペンギンはセラを気にかけてくれるようになっていた。


その好意をどう受け取っていいかわからず持て余すばかり。鉛筆以外はもう私は何も求めていなかった。


それを書いて伝えれば、何かを思ったのか彼は思案したあと短く"そうか"と続けて終わっていた。

蜂蜜が甘く私の思考をどんどん微睡みへと誘う。眠くなっていることに気がつき、私は彼に頭を下げて挨拶を済ませると素直に部屋へと戻った。


−−−−−−−−

ベポに加え、ペンギンと最近交流が増えたらしいあいつの行動力に目を見張るものがあった。


数日前、あいつがいつになっても来ないことに一つの不安要素が生まれる。いや、よりによってうちの船員がそんな事はねェ。そう考え、まずは厨房だと考え歩き出す。

しかし不意にペンギンの声が聞こえ、シャチのバカぎ二日酔いでダウンしたらしく交代せざるを得なかった不寝番をしていたのだと理解する。

不寝番のくせに何談笑してんだ。そのことが頭をよぎり気配を消してペンギンを見れば、そこには初めに部屋を出る原因となった人物がいた。

月が顔を出し、その光に反射した髪は無造作ながらも艶やかに光る。



あいつに発破をかけたら、まんまとコンタクトを自ら取りに行きやがった。臆病なくせに義理堅く、慎重なくせに旺盛な好奇心をもつあいつが、自分の船員に歩み寄ろうとしてる様子じゃ、近いうちにあのバカなシャチあたりなら簡単に話せるだろ。

ニヤリと独り笑い、自室の戻り医学書に再び目を通して数十分後には後部屋に訪れた時あいつは心なしか口元が綻んでいた。そんな様子やあいつをを見送った翌日、ペンギンが心明るく"彼女から礼を言われました"と報告してきた。

報告を義務付けているわけではないが、ペンギンなりのけじめらしい。


−−−−−−−−


少しずつ少しずつ、私はこの船の船員と顔を合わせることが多くなった。ベポさんとペンギンさんの紹介でシャチさんと挨拶を交わす。

彼はとても剽軽(ひょうきん)で明るく、ペンギンさんが言うには少し馬鹿だがいい奴だとのこと。

シャチさんは、私が深夜の厨房の手伝いをしている時にたまに来て、アシカさんとともに話しかけてきてくれる。

ペンギンさんは忙しいらしくなかなか夜中は来ないけれど、ベポさんは日中一緒に部屋で昼食をとる。最近ではシャチさんかペンギンさんが私の食事を持ってきてくれることもある。


三人は特に気にかけ、優しくしてくれる。

しかし、大勢となってしまうとまだ怖いと伝えれば、"そう思うのは仕方ない"とペンギンさんは言ってくれる。

シャチさんは"気にするな!ゆっくりでいいさ!"と。

ベポさんはニカッと笑い、"そのうち好きになるよ〜"だなんて言ってくれる。



シャチさんなんて、しまいには"あんな仏頂面の船長と話せるなら、大丈夫だ!"なんて言う。仮にも自分たちの船長なのにと思いつつ、それほどまでに彼が好かれているのだと思う。


三人以外の船員とは、不寝番のお届けで軽く挨拶をしただけだけれど、それでもまず開口一番に誰もが"元気になったか!"と言ってくれてた。

だから、そろそろ…私は決意すべきだと思った。


彼がいつまで私をこの船に置いてくれる気なのかはわからない。けれど、残された少ない時間の中で私は精一杯の恩返しをしたいと思った。

あの仄暗く残酷だった時代の心の傷を少しずつ溶かすように癒してくれる人達に、私は何か返したかった。


「敵襲だァ!!」

誰かの声で、夜中の疲れを癒すように眠っていた私は飛び起きた。

部屋から飛び出そうとも考えたが、こんな私一人が出たところで無駄死にするには至らず迷惑をかけてしまう気がした。

気にかけてくれているとは思う、けれど見捨てられても文句はない。けれど少しでも私のせいで皆の気を取られてしまうと思うと怖かった。


「おい!」

ドンドン!と扉を叩かれ、聞きなれた声が向こう側から聞こえた。

慌てて開くと、そこには珍しく焦りの混じる表情を浮かべた彼がいた。


「っ、ここにいたか。お前は内側から鍵かけて息を潜めてろ。いいか、俺以外が来ても絶対ェ開けんじゃねェ」

コクコクと頷き、私は慌てて持っていたスケッチブックに走り書きをした。


−お気をつけて−

その文字を見るや否や大きな手が私の頭を少し乱暴に撫で、不敵な笑みを浮かべて頷いた。


「俺を誰だと思ってやがる」

は い !


力強く頷いて彼を見送る。

どうか、どうか彼を、彼らをお護りください。


神様なんて信じないと啖呵を切っていたあの頃の自分が嘘のように、私はベッドの下に潜り込み息を潜め、両手を胸の前で握りひたすらに祈っていた。

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