心を奪うその瞳 | ナノ
さよならを、つげる



翌日、上陸を許可されたセラはこれ以上ないくらいに緊張で胸が苦しくなっていた。

昨夜ペンギンから貰った女の子らしくもシンプルなオレンジに近い黄色のコートを着たセラの姿に船員達は絶賛ものだった。


ぺ「ベポから手を離したらダメだからな」

べ「大丈夫!ちゃんと握ってるよ!」

シ「心配だなァ」

ロ「お前よりかは安心だろう」


シ「船長酷い!」


ベポさんの手をギュッと握ってコクコクと頷く。その姿にペンギンさんは頷き、シャチさんは変わらず"心配だ!"と言っている。


ぺ「楽しんできな。大丈夫、船長がいるんだ。何も怖いことないだろう?」

こくん。


その姿に満足げに頷いたペンギンさんは私の頭を撫でて、シャチさんを始めとした何人かの船員さん達が見送ってくれた。

この光景も関係も全てが残り僅かかと思うと胸が苦しくなった。しかし、隣にいる船長さんとベポさんにバレないようにキュッと口を強くつぐんだ。



何軒かお店を回って、途中何故か私の体を図られ服を一着作るとか言われて、慌てて首を横に振った。

確か、オーダーメイドって高いんじゃ…!!



ロ「嫌なのか」

ブンブンブン!と横に首を振る。嫌ではなくて申し訳ないのだ。

慌てて書いて伝えようにも、その前に船長さんに"なら受け取れ"と言われて、頷くしかなかった。


その後、船長さんの行きたいところを回って私の行きたいところを聞かれて、首を横に振ると何故か睨まれた。

遠慮しすぎと失礼かとも考えて、さらにこれで最後なのだということが浮かんで…素直に一つだけ気になっていた露店を指差した。


様々な雑貨、主にアクセサリーなどの身に付けるもの達にロゴや簡単なマークを彫ってくれるお店だ。


その間にベポさんは見たいところがあると言って、それを許可した船長さんはベポさんの代わりに私の手を取って歩き出した。

大きな手はあったかくて、ジワジワと冷たくなっていた私の手を温めてくれるようだった。


「いらっしゃい、何をお求めで?」


どれでもいい。とにかく記念として残しておけるようなものが良かった。


ロ「どれがいい」

悩みつつ、一つの銀に光る笛が目に映った。これがいい、と指をさすと船長さんは一瞬珍しく呆けた後、薄く笑って見せた。


ロ「今のお前には必要だな」

声の出ない代わり、そう思ったらしい彼に"確かに"と思って頷けば、店主は"何を彫りましょう?"と聞いてきた。

少し悩んで、スケッチブックにスケッチ様の木炭で描いた。それを船長さんに見られる前にさっと切り離して、店主に渡す。もちろん"彼には秘密でお願いします"と一言添えて。


ロ「おい、何で隠す」

店「にーちゃんには秘密だとよ」


ニッと笑う店主に頷いて、私は人差し指を自分の唇に押し当てて"シーッ"と空気を吐き出す。少し不服そうな彼には申し訳ないけれど、少し恥ずかしい。

そして、私だけの秘密にしたかった。



彼の腕の刺青と同じ、綺麗なハートマーク。

二度と会えなくなるのだ。これくらいのものを残しておきたかった。


ロ「…完成はいつだ」

店「明日にゃ出来てるぜ」


明日、か…明日が最後だと改めて自覚して私は不安を押し殺し頷いた。

泣いたりするのは、お別れをした後でいくらでもできる。それまでは…明るくいたかった。


ギュッと彼の手に力が込められ上を向けば、少し眉を顰めた表情で見てきていた。

首をかしげると"何でもねェ"と呟くような声で言われ、それ以上聞くこともできずベポさんの向かっていた場所へ合流するべく歩き出した。



その後道中何事もなく、とうとう船での最後の夜を迎えてしまった。


明日、夕方にここを立つらしい。

あと少しでお別れだと、もう時間がないのだと…今までの思いの丈全部を書き上げて、私はそのノートをそっと机の上に置いた。

一人一人への思いを書いた。誰よりも船長さんへの思いはひとしおで、何ページにも埋め尽くされた言葉を読み返してみれば、たくさんの謝罪と、それを上回るたくさんの感謝の想いがそこには詰まっていた。



ぽた、と涙が溢れて慌てて拭く。泣くのは明日の夕方の後、いくらでも泣いて良いから、今は出てこないでと自分に言い聞かせ、グシグシと袖で涙を拭き上げた。



−−−−−−−−


翌朝、アシカさんのご飯をゆっくり噛みしめるように食べて、シャチさんと洗濯物を終わらせて、ペンギンさんに測量室へ紅茶を届けたら一緒に飲もうと誘われお茶を共にして、ベポさんと甲板で日向ぼっこをして、皆とお昼を食べて…

やり残したことがないように短い時間の中で精一杯やり遂げていった。



ロ「セラ」


船長さんに呼ばれた。それは船を降りるという合図だ。


リュックひとつ持つ。たくさん詰め込んだ重いそのリュックに少し怪訝そうな顔をした船長さん。

首を傾げつつも"行くぞ"と手を引かれて船を降りる。ペンギンさんやシャチさん、ベポさん達が甲板から手を振っている。

手を振り返して、心の中で"さようなら、ありがとう"と何度も繰り返した。


オーダーメイドの服は中身を見せてもらう前に袋に入れられ、船長さんの手に渡ってしまった。

手を握られ、手を引かれつつも気になっている私にニヤリと笑いながら"後でな"と言われたので素直に従った。



露店に着くと、店主がニカッ!と白い歯を見せて手を振ってくれた。それに手を振り返すと、何故か船長さんの握っている手に力が込められた。


店「中身確認してくれるか?ついでに軽く吹いてくれ」


ガサゴソと取り出し、船長さんに見えないように掴んで口に付けて、息を吹き込む。


ピーッと高く澄んだ音が聞こえ、音の確認は大丈夫そうだと頷き、そっと彫られたハートマークを確認した。

私が書いたものよりも格段に綺麗に象られたそれに、満足だと頬を綻ばせて頷いた。


ロ「満足か?」

こくん。


ロ「そうか」


優しく私の後頭部を撫でた彼に、感謝の気持ちを込めて頷けば、優しく細められたその目に胸が苦しくなった。



ロ「行くぞ」

店主に手を振り、船長さんに手を引かれ元来た道を戻って行く。

最後の、見送りをさせてくれるらしい。



次第に近づく潮の香りに足取りが重くなる。けれど彼に手を引かれているので、立ち止まることは決して許されず、それが唯一の救いでもあった。

立ち止まってしまったら、私は彼らを見送れなくなってしまう。



ロ「着いたぞ」


とうとう、着いてしまった。


目の前に浮かぶ黄色い船体、それを背にこちらに目を向ける船長さん。




私は、スケッチブックを握りしめ、零れ出しそうな涙を唇を噛んで必死に押し殺し、決意を固めた。









さよならを、つげる。

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