秋島の色づく葉に手を 翌朝、目が覚め身なりを整え食堂へ向かう。荷物はまとめ終えそっとベッドの下に隠しておいた。 やましい気持ちなどない。まだ少し、私が直視できないでいたからだ。せっかくだからと買ってもらった服は必要な分だけ貰うことにした。あとは綺麗に畳んでおく。 早めの朝食を取りに食堂に向かうべく部屋を出ると、ちょうど隣の部屋の扉が開いた。 驚いて扉を凝視すると、深い隈を携えた船長さんが出て来ていた。こんな早くに珍しい…と驚いていると此方に気づいた船長さんが私を見て少し驚いていた。 −おはようございます− 「…あァ」 軽い挨拶。それだけなのに私の心は少し浮ついてしまう。嬉しく思ったのだ。 あぁ、本当にどうしようもない。一人心の中で呟きその考えを振り払うように彼を見つめた。 「何処に行く」 −食堂へ朝食を取りに− 「…行くぞ」 スタスタと歩き出してしまった船長さんの後を慌ててついて行く。どうやら彼も食堂へ行くらしい。 本当にどうしたのだろうか、こんなに早く起きているのも食堂へ向かうのも珍しい。 首をかしげつつ、食堂へ着くとアシカさん以外は誰もいなかった。 ア「あァ?随分とお早い目覚めですなァ」 「…たまたまだ」 −おはようございます− ア「セラも、随分早ェな。そんなに上陸が楽しみか?」 ズクン、と胸に重い言葉が刺さるが曖昧に頷いて厨房へお邪魔した。 船長さんはいつもの席に座り、何かを読んでいるらしく、此方に目を向けることはなかった。 ア「そりゃあいいな、教えてやるからきちんと聞けよ?」 忙しそうで申し訳なく思っていても、頭を下げてアシカさんに一つお願いをした。彼は快く了承してくれ、なおかつ私の行動を褒めてくれる。 彼に感謝しつつ私は早速取り掛かった。出来るだけ素早く、静かに。 意外と簡単にできたソレに満足すると、そのままお盆に乗せていつも座らせてもらっていた彼の隣の席へと腰掛けた。 かちゃん、と食器が机に当たり軽やかな音が鳴る。それをふたつ分鳴らし終えると、読み物に集中していた船長さんの腕を人差し指で軽く突いた。 彼の目の前にある、おにぎり。少々小さいソレをローは不可思議そうに見つめたあとセラを少し怪訝そうに見つめ返した。 セラは少し申し訳なさそうにしながらもスケッチブックに手を伸ばし、サラサラと書き出す。 −アシカさんに教えてもらいました。味見をお願いします− 「…お前が作ったのか」 控えめに頷き、ローの返答に見つめ返すセラ。そんな姿とおにぎりを二度ほど見比べると、彼はバサリと読んでいたものを机に置いた。 彼の大きな手には私の作ったおにぎりがやけに小さく、朝あまり食べない彼でも流石に少ないのではないかと心配になった。 食べている姿を見続けるのは失礼だと思いつつ、彼の言動、表情ひとつひとつが気になり盗み見るようにそっと覗いた。 「…うまいな」 『……!』 盗み見していたのがバレていたようで、こちらに目を向けそう言った彼の目元は微かに優しげに細められていた。 それがどうしようもなく嬉しくて、卑しい考えからではなく、心の底からお礼がしたいと思っていた私の行動は実を結ぶこととなった。 『よ か っ た』 「お前も食え、体力つけねェと風邪ひくぞ」 その言葉を素直に受け止めると、自分のおにぎりに手を伸ばし頬張った。 彼と食べた鮭おにぎりが、私の好きなものの一部となった気がして小さくほくそ笑んだ。 −−−−−−−− 「島が見えたぞー!」 船員さんの大きな声は、それはそれは船の中にまで聞こえた。 ビクッと変に緊張が走り、背筋が伸びてしまう。私といえば部屋にこもりそっと最後の荷物の確認をしていた最中だったのでタイミングの良さに少し恐怖を覚えてしまった。 とうとう着いた。ここのログは3日で溜まるらしい。 あと、3日でお別れだ。 気持ちをキュッと引き締め、暗い気持ちなんか全て飛ばすように顔を左右にブンブンと振り、外行きの服にきちんと着替えると廊下に出た。 べ「あ!セラちょうど良かったァ」 ベポさんに手を引かれ、甲板に出ると海の先には真っ赤な葉をつけた木々が生い茂る島が見えた。 赤、黄色、少しの緑。色とりどりのその島に目を奪われた。 べ「紅葉が有名な島なんだって!今丁度いいシーズンだから、海からの島をセラに見せたかったんだ」 『き れ い』 べ「綺麗?うん、そうだね!美味しそう」 その言葉に思わずクスリと笑ってしまった。ベポさん、食べられないですよ。と心の中で言いつつ確かに美味しそうに見えるので頷いて見せた。 「とりあえず物資を第一に調達してからだ」 声をかけられ振り返ると、ペンギンさんが何やらリストを持ちつつ船員達に指示を出した後らしく、こちらに歩み寄ってきた。 セラの格好は少し肌寒そうだと、一人心の中で思ったペンギンはセラの上着も自身の頭の中のリストに追加したのは彼だけしか知らない。 べ「じゃあ、さっさと終わらせてセラと一緒に回りたい!」 ペ「そうだな。先に調達して、その後に戻って来たら行くか」 セラの顔を見た後、ニッと口元を弧に描くとパン、とリストを軽く叩いて見せた。 降りた人達を甲板から見送り、その後島の紅葉をそのまま見つめ続けた。 船長さんは部屋に篭って何かをしているらしくお留守番組は私と船長さんだけ。 ハラハラと落ちる紅葉の葉に手を伸ばす。届かなくても届いてくれそうな気になって、赤い葉に焦がれる気持ちにも近い思いが巡った。 こんなに綺麗な島なら、私は生きて行けそうな気がした。 どうやって生きて行くかだけが不安だけれど…私のできることは洗濯掃除くらいだし、寡黙な家政婦として雇ってくれるところがあれば、いいなぁ… 「体冷やすぞ」 ふわ、とブランケットが肩にかけられ声が聞こえて振り返ると船長さんがそこにいた。 潮風に飛ばされないようにブランケットを胸の前で繋ぎ止め、ペコリと頭を下げる。 「紅葉を見てたのか」 こくん。 「手なんか伸ばして、落ちたら俺でも助けられねェ。危ねェことすんな」 『は い』 頭を下げて謝罪をすれば、船長さんは"わかればいい"と言って私の隣に立った。 お部屋での用事は終わったらしく、息抜きがてらに外に来たのかな、と一人で納得してその横顔を盗み見した。 隈が、悪化している気がする。思わず右手が伸びて、もう少しで触れそうな距離になって初めて自分が何をしていたのか我に返った。 慌てて手を引っ込めるよりも前に、大きな手に掴まれてそれは叶わなかった。 「何だ」 『く ま が』 「くま?あァ…これか」 そう言うと私の指で船長さんは自身の目の下を触れさせて来た。予想外の行動に驚いて手を引っ込めようとするものの、彼の目に誤って当たってしまいそうだと思い大人しくした。 『は い』 「…気にすんな」 突っぱねられるような言い方なのに、語尾が優しい声色で胸の内がギュッと苦しくなる。 彼が眠れないような原因が何なのか、それを取り除くことができればいいのにだなんて厚かましい考えが浮かんで、頭の中でそれを握りつぶした。 そのあと、何か話をするわけでもなくただ静かに波の音を聞きながら紅葉の風景に引き寄せられるように見つめ続けた。 その夜、帰って来た買出し組が何故か各々セラへのお土産を買って来ていた様子にローは一人でほくそ笑んでいた。 視線の先にオロオロとしながら受け取るセラにも、なんだかんだ可愛がっている様子の船員達にも。 しかし、この船の誰にもお土産一つ貰うごとにセラの心の中の切なく苦しくなる思いが増えて行くことに気がつかなったのだ。 Since:19/12/25 [*prev] [Back] [next#] [しおりを挟む] [感想を送る] |