浅ましい心を潰して 今日は絶好の潜水日和、らしい。ペンギンさんがそう言っていた。 潜水してると、初めの頃は耳が篭り何度も気持ち悪くなってしまっていた。船長さんに耳抜きを初めて教えてもらい、次第にできるようになると潜水も苦にならなくなっていた。 私はあいも変わらず何かのお仕事のお手伝いをさせてもらっている。得意な洗濯や掃除に始まり、厨房のお皿洗いも慣れて今ではアシカさんに褒めてもらえるほど。 でも、さすがに本当に大忙しな食事時は邪魔になるので厨房から退散します。 少し遅めの昼食を取ろうとアシカさんにお願いをする。何が食べたい、とか特になくて適当でいいと答えるとアシカさんはいつも苦笑いをこぼす。 シャチさん曰く、私は食事にあまり興味を示していないらしい。というよりも、私自身居候の分際で食事にあれこれ言えるとは思っていないからなんだけれども… 私、何が好きだったかな… 「ほぉら!アシカ特製オムライスだ!プリンもついてるぜ」 アシカさんに出されたオムライスはふわふわの黄色いドレスを着ているみたい。デミグラスがレースのように見える…と、隣のシャチさんが得意げに語ってました。 ぺ「シャチ、この間上陸した時のレストランオーナーの言葉をよく覚えてるな」 シ「ちょ、ペンギン!バラすなよなァ…せっかくセラの中の俺の印象を格好良くしようとしてたのにさ!」 ぺ「手遅れだろ。セラ、こんなバカ無視していいぞ」 いつも、誰かがそばにいて話しかけてくれる。そんな恵まれた環境に心は溶けてゆく。 −シャチさんが美食家なのかと思いました− ぺ「シャチ、こんなに純粋なセラを騙して良心が痛まないのか?」 シ「イタタタタ…めちゃくちゃ痛んでる…」 明るい二人と昼食を共にする。私は話せないので二人のテンポのいい会話を聞きながらオムライスを頬張る。たまに話しかけられ、それに文字で答える。 ぺ「そろそろ浮上して、次の島に上陸できるぞ」 シ「やったー!次の島が楽しみだ」 …上、陸……… ドクン、とその二文字が胸に深く突き刺さる。次の島は治安も良く、住み心地のいい気候だとペンギンさんが私に優しく話しかけてくれているのに、素直にそれを受け取れない自分がいた。 わかっていたこと、今更揺らいでどうするの?私は何度も言い聞かせて来たでしょう? 眠る前、必ず自分に言い聞かせて、目覚めたら今日が最後だと思いながらなるべく多くの恩を返せるようにと心がけていた。 今更、ありえない考えなんて捨てて、前を向いて、皆に感謝して、生きていかなければいけないでしょう? シ「…セラ、大丈夫か?」 シャチさんが顔を覗いてきた。首を横に振り、スケッチブックに言葉を書く。 −楽しみですね− 嘘のない、虚勢の言葉を吐き出す。 シ「…!あぁ、そうだな…おう!一緒に島回ろうな?」 ぺ「お前、船番だろ」 シ「ぐっ…初日だけだ!次の日は回ろうぜ!」 シャチさんに頷き返すと、嬉しそうに笑い、机の向こうにいる私に乗り出すように手を伸ばすと、そのまま私の頭をくしゃりと撫でた。 少々乱雑な撫で方に私の前髪は凄い状態になった。直そうとしたが、それよりも先に隣に座るペンギンさんが軽く直してきた。 丁寧な手つきも、乱雑な手つきもそれぞれ暖かく優しいもの。 どうやらこの人達は、人の頭を撫でるのが好きらしい。ちょうどいい高さに頭があるからなのだろうか。 直してもらい、お礼を書いてデザートにありつく。甘く柔らかいプリン。今日はプリンにシロップ漬けのサクランボが乗せられていた。 −−−−−−−− 上陸、その言葉にセラの顔が曇る。それを見たシャチは元気付けさせようと声をかける。 セラの方が気遣って"楽しみですね"と書いて見せたけれど、そのまだ少ない表情はとても楽しみにしているようには見えなかった。 さすがにシャチにもそれはわかったようで、更に明るく島を回る約束を取り付け頭を少々乱雑に撫でた。 見事にセラの髪は乱れてセラは少し驚いていた。 ぺ「ほら、直ったぞ」 軽く直すとセラは伏せ目がちにお礼を言う。照れている証拠のように耳が少し赤い。 普通の子供なんかよりも表情の少ないセラのほんの少しの心をも見逃さないようにと気がつけば、見分ける目を自然と俺もシャチも備わり、そして更に向上するようになっていた。 この子とこうして話す機会はなかなか多くないが、それでも感情の起伏をなんとなく読めるようにはなった。 ベポはきっと野生の勘とらやが備わっているのか良い意味で目敏い。 今も、プリンを頬張るその頬は微かながらに上昇し目元は少し緩んでいる。シャチもそれに気がつき俺と目を合わせニッと笑って見せた。 彼女はよく働く。洗濯から始まり、溜まっていた倉庫の掃除や厨房の手伝い等をよくしてくれている。 前よりも船内は綺麗になり、洗われていない洗濯物が溜まることはなくなった。 船員達とも交流を少しずつ増やしていけているが、やはり上陸となると彼女の中のトラウマは顔をのぞかせてくる。 まだ、声を取り戻すには時間が足りないと言うことらしい。 彼女は食べ終えると綺麗に片付け、厨房の手伝いを始めていた。 −−−−−−−− 島への上陸が近づく。比例するように、私の仕事をする手にも力が入る。 最近は昼間に頑張りすぎているせいか、船長に珈琲を届けてすぐに退散しないと寝てしまう。 自分のホットミルクがなくてもすぐに寝てしまうのだ。 今夜も届け、すぐに部屋を後にする。パタンと鳴り終える扉に後ろ髪が引かれつつも用意された部屋に眠りに戻る。 ……でも、今夜だけはどうしてだか眠れない。明日にでも島に着くらしい。それをペンギンさんから聞き、緊張で目が冴えてしまった。 すでに浮上しているので、こっそりと甲板に出る。夜空は新月を迎え、月明かりがない。その代わりの満天の星空が広がり、すっかり冷たくなった気候に秋島が本当にすぐそこなのだと実感させられた。 甲板の縁に手を乗せ、空を仰ぐ。スッと流れ星が流れる。数年ぶりに見たその満天の星空、流れ星に心が奪われる。 手なんか伸ばしたってとても届かない流れ星。 喉の奥が苦しく、泣き出したくなる思いが胸から込み上げる。不安なのだ。この船の人達は暖かく、優しく接してくれる。 あの眼光の鋭い船長さんも、あの夜に私の頬を撫ぜた指が優しかった。 敵襲なのに私がいることを確認し、終わった後も無事を確認してくれた。 治療をして、生きろと言ってくれた。 沢山のモノを貰っておいて、彼らに迷惑をかけることを厭わずこの船から降りることに拒絶してしまいたくなる自分は、何て浅ましく醜いのだろう。 ……恩を仇で返したくない? この船の人達にとって自分が不要な人間だと思われたくないからじゃないの? 少しでも縋りたい気持ちからの表れでしょう? 『……な ん て あ さ ま し い』 ダン、と強く握った拳をヘリに叩きつける。強く握り、爪が食い込んでも気にならないくらいに自分を酷く醜く思った。 でも、明日で終わり。私がどんなに縋っても、彼らは私を降ろしてくれる。 どんなに血反吐を吐こうと、もう死んだりしない。 せめて、どんなに藻掻いても生き抜くことが…彼への恩返しだから。 急いで部屋に戻り明日に備え荷物をまとめ、私は眠りについた。 Since:19/11/28 [*prev] [Back] [next#] [しおりを挟む] [感想を送る] |