心を奪うその瞳 | ナノ
融和なほほえみ



ふと、目を覚ます。

自分がいつの間に眠っていたのか覚えていない。だなんて考えてゆっくり瞳を開ける。



その光景を目にした瞬間、ひゅっと声にならない空気が喉を通りその後、息が止まった。

鼻が付きそうなくらいの距離に、目を瞑り静かに寝息を立てる顔がある。


自分からなのか、それとも目の前の人からなのかわからない同じシャンプーの香りが鼻を通り、胸が詰まる。

閉じられた瞼、意外と長い睫毛に似つかわしくない濃い隈。黒くよく見れば艶のある黒い髪。

ただでさえ極悪人と呼ばれるほどのオーラを放っているのに、彼はこの端正な顔立ちであるがためにプラス威圧感が増すのだ。

そんな迫力も、今目の前の静かに寝息を立てる表情では息を潜めている。穏やかな寝顔、だと思う。


私の白い前髪がさらりと溢れるように落ち、私の視界も開ける。私と相対する黒い髪、黒く艶のある睫毛。

そこで初めて自身の状況を把握して、パニックになりそうな心を必死に落ち着かせる。次いでもぞりと逃れ離れようと慎重に動く。しかし、そんな私の願いが叶うことはなかった。

冷静になれば、先ほどまで食い入るように彼の顔を見ていた自分が恥ずかしくなって、もう一度だけ逃げようと試みるも虚しい結果となった。


腰に回る腕の感覚に今更気がつき、顔は少し離れることができたけれど体は相変わらず近い。腰に回るその腕は力強さを物語るように筋肉質なのが感覚で伝わる。


っ…いい加減、離れないと困る。

思い切って自由な効く両手を相手の肩よりも近い胸板に置く。グイッと押そうと力を込め様とした次の瞬間、うっすらと相手の瞼が開きかける。

「……ん…」


漏れる掠れた声に私の体は一気に硬直する。息を飲み相手の動きに注視して緊張がさらに高まった。


「…何してんだ」

覚醒されました。

弾かれたかのような私は一気に胸板に置いた手に力を込め離れようと試みる。

しかし、それを許さないと言わんばかりに、彼の両腕は腰と背中に回り力が込められ離れることは叶わなかった。それは条件反射なのか、それとも確信犯なのか私には到底わからない。


数秒、お互いの視線がお互いの目を捕らえて離さない。

沈黙に耐えかね、口を一度力を入れて閉じた後ゆっくりと動かす。


お は よ う ご ざ い ま す


「あぁ…くくっ……耳まで赤ェ」


掠れた声が耳に届き、目を見開く。次の瞬間背中に回っていた手が離れ、耳に指が触れる感覚。

急に襲われた感覚に身を震わせ、反射的にきつく瞼を閉じる。ゾワリと腰が浮くような感覚に唇を軽く噛み耐え忍ぶ。

寝ぼけているとしか思えない相手の行動にこちらは翻弄されっぱなしでもどかしい。耳から指が離れホッと肩から力を抜く。


「その癖、やめろ…また切れるぞ」

ふゆ、と柔い感覚が口元に降ってくる。瞼を開くと耳から離れた相手の骨張っているのに無駄のない線の細い指が、私の唇に触れ噛んでいた部分を撫ぜた。

数秒止まり、次第にゆっくりとゆっくりと、熱が顔全体に広がる。


『っ…!』

息を詰まらせたのが相手にも伝わったのか、喉を鳴らし噛み殺すようにして笑う目の前の人物に虚勢を張るかの如く睨む。そんな私の行動さえおかしいようで笑いが深まっている。

やっと解放され、私は力の抜けた体でのろのろと離れる。体を起こし、ベッドの上で座り周りを見ればそこは用意してもらった部屋ではなく、毎晩来ていた船長室だった。


わ た し …

ポツリと音のない言葉がこぼれ落ちる。昨夜の記憶を巡らせ、髪を乾かし終えブランデーを少し入れた紅茶を飲んでいたのも覚えている。

その後からの記憶が朧げで、どうやらここで眠ってしまったのではないかと予測した。

それは目の前で未だ横になりこちらを見やる人物の証言で確証へと変わる。頭を抱えてしまいたくなるのをグッと堪え、謝罪をすれば気にしていないのか気の抜けた返事が返って来た。


部屋に戻り、寝巻きから着替えると昨夜の服を洗濯するために抱えて外へと出る。

そこには何故か船長さんが立っており、改めて朝の挨拶を済ませるや否や"来い"という一言共に腕を軽く引かれ歩き出さざるを得なくなった。


どこへ向かっているのか見当もつかず、どうすることもできないのでただ後を付いて歩いた。


たどり着いた場所は日のある間には決して来なかった場所。朝、と言ってもすでに時刻は昼に近く席のは見慣れた人物たちを含め食事をとっていた。

「今日からここで食事を取れ。もう、部屋で食う必要はねェだろ」


人が疎らとはいえ片手ほどでは治らない人数に思わず背筋が伸びる。緊張してしまい歩き出せなくなっていたのを察したのか、クシャリと頭を撫ぜてくる大きな手。

驚いて見上げると、意地悪な笑みとは違うその表情に一瞬息を忘れた。


すっ、と指が伸びてきて額に触れると器用に私の顔を隠すように降ろされた前髪の右半分をそのまま耳にかけられた。

片方だけ視界が広がる。その鮮明になる視界に彼の表情が映る。


あ の

「置いてくぞ」


歩き出してしまった彼の後を必死に追いかけ、アシカさんの元へと向かった。


ア「お、船長じゃねェか!セラが部屋にいなかったらしいが知らな−−」

アシカさんの大きく元気な声に船長さんは横を指差す。アシカさんの視線がこちらに向き、数秒止まり弾けんばかりの笑顔を見せてきた。


ア「今日から食堂デビューか!いいじゃねェか」

ぺこりと頭を下げ、さらに頷いて見せるとアシカさんは嬉しそうに笑っていた。

ア「ご希望はあるかい?」


スケッチブックがないので、言葉を伝えられない。困ったようにキョロキョロとしてしまっていると私の目の前に見慣れたものが差し出された。


弾かれるように顔を上げると、船長さんが私のスケッチブックと鉛筆を持っていた。どうやら持ってきてくれたのだと理解し、素直に受け取る。


その時のセラの、まるで朗らかな木漏れ日のように融和で穏やかな笑みを見たローは顔に出ずとも喉の奥が苦しくなる感覚を覚えた。

そんな動きを止めていたローのことなど、書くことに夢中になっているセラは気がつく術を持ってはいない。

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