心を奪うその瞳 | ナノ
宴のそのあと



次第に飲み比べがヒートアップして倒れる人もいれば、眠気に負けて机に突っ伏したり、もはや甲板に大の字で眠る人もいる。

隣のベポさんもシャチさんも気がつけば眠ってしまっていた。


久々だった。あんなに賑やかなのは…フーシャ村でのあの賑やかな日々が思い出され胸が甘くも苦しくなって、甲板の端へと静かに抜け出すように歩き出した。

あの日々は幸せだった…だなんて今まで悲しくなるから思い出さないようにと胸の奥にしまいこんでいた気持ちが溢れ出した。


「…何考えてる」


驚いて振り返ると、全然酔ってない様子で強うそうなお酒を手にしつつ歩いてくる人物。船長さんがこちらに来た。

首を横に振り、スケッチブックに軽く書き足す。


−皆さん、楽しい方達ですね−

「…そりゃ何よりだ」


だからこそ、船を降りる日のことを考えて不安になりそうになる。いつの日か、あの人達は小さな弟みたいなあの子を"弱い奴は乗せない"だなんて言っていたのを思い出す。


きっと本心ではないけれど、それでも海賊は戦いがつきもの。足手まといになり得る存在を乗せ続けるほど、この海は優しくない。それを知っている普通の海賊達はリスキーなことなどしない。

でも、それが最善の策。私にとっても、ここの人達にとっても。

できたら治安のいい島か、海軍も海賊も興味を示さないくらいの小さな島に降ろしてもらえたら…


「考え事してると落ちるぞ」

頭を片手で掴み、船長さん側へと手繰り寄せる。少々乱暴なのはお酒のせいもあるだろうかと考えつつ素直に甲板のヘリから離れる。

「シャワー浴びとけ、さっき酒軽くかかったろ」

そう、シャチさんが暴れ、手元のお酒が軽くだけれど腕にかかっていた。バレないように拭いたのにどうやら彼は気がついていたみたいだ。

体調が悪かった時はお湯で濡らしたタオルで体を拭いていたが、体調が良くなると夜中にベポさんの見張り付きでお風呂をいただいていた。

しかし今日はベポさんも寝てしまっているし、私自身もタオルで体を拭いて明日入ろうと考えていた。


でも、と戸惑っていると船長さんは先程の荒々しいものとは打って変わり、軽く触れるくらいの力で私の右手首を掴むとそのまま引っ張って歩き出した。

まだ元気なアシカさんは私達に気がつき、"お二人さん、お疲れ様"だなんて声を掛けてもらい、頭を下げて甲板を後にした。



「着替え持って来たか」

私の部屋の前に連れて、着替えを持って来いと言われ素直に部屋着を持ってくる。ペンギンさんとベポさんが買って来てくれたこのワンピースが運良く汚れていないのを確認しつつ、こちらも買って来てもらった部屋着を胸に抱える。

私の部屋の前で待っていた船長さんは、お風呂場に向かうのかと思いきや、そのまま隣の船長室へと手を引く。

首を傾げつつ、素直に入ればどうやらこの部屋には簡易的ながらもシャワーがあるらしい。

少し驚いて見せれば彼は"さっさと浴びて来い"と半ば無理やり私を脱衣所へ詰め込んだ。


……え?

しばらく呆けつつ、これは彼なりの配慮なのだと理解するのに時間をかけてしまった。

備え付けのバスタオルが綺麗に置かれ、その横に部屋着を置いて普段のお風呂よりも何十倍も緊張しながらシャワーを急いで浴びることにした。

……これ、は…彼のシャンプー等だよね。どうしよう、使えない。でも水だけで流してもお酒の匂いは消えない。タバコの匂いも消えない。


シャワーの栓を止め、しばらく止まる。


「おい、生きてるか」


ビクッと慌てて扉の方を見る。別に彼が来ているわけでない。コンコンとノックをし安否を伝えると彼はしばらく黙り、小さくため息が聞こえた。

…ため息が聞こえるくらいの場所にいるのだとわかりたくない。


「そこにあるやつを使え」

彼はエスパーか何かだろうかと、少し本気で思ってしまう。


コンコンとノックで返事をしてシャワーの栓を開ける。温かいお湯が流れ出て体に触れる。甲板からの潮風に少し体が冷えてしまっていたようで、瞳を閉じて小さく息を吐いた。

大浴場とは違うシャンプーや石鹸。いつも彼から香るものと同じ。彼自身の香りの一部がこれだと理解して、なんだか無性に緊張が走る感覚を覚え、全て消し去るくらい洗い流した。


水が勿体無いと感じ、最低限に済ませて体を拭いて部屋着に着替えた。

おずおずとタオルを肩に掛けたまま脱衣所から顔を出す。船長さんはどうやら毎晩と同じように机に座り、いろいろな資料を見ている。

カタン、と扉の音に気がつきこちらに目を向けて来た彼は部屋の明かりも相まって穏やかそうに見える。昼とは違うその姿に未だ慣れない。


「出たか」

頷き、頭を下げる。そして部屋を出ようとすると腕を掴まれ止められてしまった。いつの間に立っていたのか、とか何故止めるのか、とか色々考えていたけれど聞くよりも前に彼は私の腕を引き、近くのソファへ座らせた。

部屋がほんのりと温かい。外はすっかり秋の気候で、それと相対する部屋の温かさに心のどこかで落ち着いていた。


「頭乾かしてから部屋に戻れ。風邪ひくぞ」


なるほど、と頷き再び頭を下げると自身の頭を乾かす作業に入った。

素直に行動する私の姿を見やると彼は再び作業に取り掛かる様子。紙のめくる乾いた音と、タオルを擦り髪を乾かす音。

部屋はストーブでほんのり温かく、静かな空間に次第にいろいろなことを考え始める。先程の暗い考えではなく、優しい頃の昔の記憶を。


カタンと椅子が動く音に意識が戻り、どうやら彼はシャワーを浴びに行くらしく、脱衣所へと消えていった。

少しして、水の音が聞こえなんだか無性に恥ずかしさと緊張がこみ上げる。

自分以外のシャワーの音にここまで過敏になるだなんておかしな話で、私は居た堪れず静かに部屋を後にしたのだった。

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