まものの心
二寸の恋心@
06

 キノは生きている。
 明日も明後日も、土草を食み、天敵から逃れ、長い長い寿命を全うすべく生き続けることだろう。ただ生きる為に生きる。

 あの日、キノはあんなにも情熱をかけていた目的を失った。美しく強い、真っ白なたてがみを持つ黒い獅子はもういない。キノを置いて死んでしまった。

 人の国で討たれたらしくその詳細は分からない。ただ、不思議なことにキノは実感を持ってかの獣の死を受け入れている。何故だか分かるのだ。獣がもう存在しないという事が。
 しかし、理解はしていても、悲しみに乱れる心はどうしようもない。獣はキノの全てであった。それを失ったのだ。キノの内側は虚ろで、だからもう何も考えられない。
 微かに残る人であった頃の理性は、キノのこの思いは単なる依存であると嗜める。あの獣でなくても良かった筈だ。初めてエンカウントしたのがあの獣だっただけなのだから、キノが思い入れを抱ける物は他にもあるだろう。キノの気持ち次第だ、と。
 しかし、今更何も考えたくはないとキノは心を閉ざす。
 こんなに思い詰めてもやはり自ら命を絶つ事は出来そうもなく、キノはそれが少し可笑しかった。


 どれ程の時間をそうやって過ごして来ただろうか。今、キノは人型の魔物の手の中にいる。不躾にニギニギと体締め付けられて苦しさに喘いだ。

「あ、ごめん。苦しかった?」

 抵抗は無駄だと知りつつも本能のなせる技か、なんとか逃れようと身じろぎすれば、キノの体はあっけなく解放された。しかし、未だその魔物の手の中である。
 手のひらにキノを乗せた魔物は、白皙の顔を幼く見せる丸い目をさらに丸くさせて口笛を吹く。

「いや、しかし、変わった虫がいるって聞いて来たけど、本当に変わってるね、キミ」

 キノが察知できなかった突然の襲来も、彼のその失礼極まりない物言いも、膨大な魔力で息がままならない事も、噂に聞く黒に見まごう深紅の瞳も、キノには全てがどうでも良かった。ただ、この生もこれで終わりかとそう思った。それから、そろそろ転生も終わらないだろうかと思考が発展したのは、キノの逃避であっただろうか。

「おもしろいなあ」
「変わり者と噂の魔王に『変わってる』と言われる位だから、至って『普通』と言うことだろうよ、私は」
「へえ、話せるんだね」
「……どうもそうらしい」
「ふふ。やっぱり、変わってる」

 キノ自身も自分が話せるとは思っていなかった。知らぬ間にまたいらぬ能力が身についたらしい、とキノは思う。話しをする相手もいなければ、これから死出の旅路を行こうと言うのだ。無駄でしかない。
 今か今かと最期を待つキノの周囲の気配が突然変わり、その濃い魔力が渦巻く圧迫感に押し潰されそうになった。

「ああ、そうか、キミ虫なんだっけ。忘れてた。ごめんね」

 魔王の人差し指がキノの体をつつくと途端に息苦しさが消える。

「……ここは」
「魔王城へようこそ! 今日からここがキミの家だよ」

 ゼェゼェと大きく息をするキノに、とてもいい笑顔の魔王が両手を広げた。


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