「
まものの心」
二寸の恋心@
07
ニコニコと笑う魔王の顔を見ながら二度ほど瞬きをした後、キノは自らの体を見下ろした。そして違和感の正体を知る。視線の先には胴体と四肢、その先には五本に分かれた細い指を持つ手と足がある。人型の体だ。だが魔王に比べて随分小さい。
「……何をした」
「僕の守りを付与するついでに肉体改造を少々」
「元に戻せ」
「自分の意思で戻れるよ。でも、仕事をする時はさ、その格好の方が色々と都合がいいと思うんだ」
「……どういう事だ」
キノはゆらりと首をもたげて魔王を睨みつけた。不敬など今更だ。
魔王にとってキノなど塵のようなもの。本来目通りが叶う相手ではなく、しかも展開が早すぎて現実味がない。そもそもキノは心が麻痺していた。死など恐怖ではない。むしろ望むところだとすら思う。
「キミは僕の配下とする」
「断る」
「拒否権はないよ」
魔王がゆったりと玉座に登る。ばさりとマントを広げて腰を下ろす様は絵画のようで美しい。肘掛に凭れて小首を傾げたその顔は微笑みをたたえているというのに、キノを見下ろす深紅の瞳には有無を言わせぬ強さが漲り、目をそらす事すら許さない。
「キミの能力は捨て置けないからね」
「大した魔力は持たないが」
「そーゆーことじゃないの。分かってるでしょ」
「さあ」
ふう、と悩まし気に溜息を吐くと、狭い額をペチペチ叩きながら魔王が眉を下げた。
どうでも良い。キノは心底そう思っている。無気力だね、と苦笑を漏らす魔王をキノは殊更無気力に見上げた。
「殺したらいい」
「そんな勿体無いことできません!」
「勝手だな」
「王なんて、そんなもんだよ」
ウインクして見せる支配者をまるっと無視してキノは配下の礼を取る。
自殺できないキノ。魔王の庇護は他者の脅威を退け、そしてまたその手の内から逃れる術はないに等しい。
あの獣が存在しないこの世の中で生きなければならない。それがキノの全てであり、寿命を全うするまでどう生きるかは瑣末なことだった。
「ご随意に」
俯くキノのその顔に浮かぶのはどのような表情であったか、それは誰も知らぬ事である。
さて、これが後に“千里眼”と伝わる宰相キノが生まれた瞬間であった。キノは超低級の魔物でありながら多くの偉業を成し遂げ、魔王の治世を良く助けたと言う。
また、この名宰相は別の逸話でも有名である。
就任後、暫くして宰相は年若い北方将軍の黒獅子と番った。その睦まじさたるや、要職に就く二人の数多ある偉業、それらを霞ませる程に語り継がれる所である。