まものの心
二寸の恋心@
05

 堪え難い嫌悪感を膨れ上がらせながらキノは目覚めた。とにかく、不快の一言に尽きた。キノの皮膚に毛穴があったのならば、全身に鳥肌をたてていたことだろう。やすやすと食われた自分に対する嫌悪もあった。しかし何よりあんなものの糧になったと思うと、あんな不恰好なものの一部になったと思うと、キノは身体中を掻き毟りたい衝動に駆られた。気持ちが悪くて堪らない。一度獣に食べられた時の倒錯的な多幸感を味わっているだけに、酷い辱めにあったように感じて、キノは乙女のように自らを抱きしめた。と言っても側からは丸まった虫がヒクヒクと痙攣しているだけにしか見えないのだが。
 キノの堪え切れない唸り声が辺りに響く。キノが話せたのならば、口汚い罵りか恐ろしい呪詛となったであろうそれは、暫く辺りにばら撒かれた。
 暫くして現状を受け入れ出したキノは、自らが再び虫として生まれたことに気がついた。さすがのキノもこの時ばかりは、どうせ生まれ変わるのならばもっと足が早いとか、強いとか、とにかく何かもっと他になかったのかと神を恨んだか。勿論、再び生まれたこと、記憶を失わずに済んだことは別口で感謝の祈りを捧げた上である。
 今一つ感謝した事は、今回キノが発生したのが北の地の魔溜まりであったことであろう。
 そう、ここは北の地。
 目指す場所はキノの体でも十年ほどもあれば移動できる位置にある。下がりきっていたキノのモチベーションは物凄い勢いで登りつめた。鼻息荒くキノは誓う。今度こそあの愛しい獣に会ってみせると。さすればまたあの幸せを味わえるのだ。その時のことを思って体に漲る甘い痺れに、ほうと艶かしいため息が虫の小さな口から漏れた。

 同じ轍は踏むまいと、キノは更に慎重に這い進んだ。焦ることはない、目指す場所は直ぐそばにある。それこそ……もしかしたら今吸った空気は、あの黒い獣が吐き出した空気かもしれないのだ。と、気持ちの悪い考えに自らを奮起させながら、キノはひたすらに体をくねらせる。
 ある種の焦燥を抱えてはいたが、キノは幸せであった。それは前世から続く目的の為に生きる充実感と喜び。そして人間であった遥か昔を思い出す、何処か気恥ずかしい大きな気持ちの揺らぎ。小さな虫の体には収まりきらないほどの奔流である。


 その日。
 キノはようように辿り着いた獣の縄張の内のとある場所でうとうと微睡んでいた。潜伏場所に選んだそこは天敵も少なく食べ物も上質。なんとも居心地良い場所を見つけられたとキノは満足していた。あとは獣の行動を伺い知りつつ、只ひたすらに来訪を待つのみである。
 この体に生まれて七十年程だろうか。そろそろ食べごろだと思うのだが、とキノは寝ぼけてニソニソと触手を動かす。その時だ。体の中の奥の方で気泡のようなものがパチリと潰れたのを感じた。

 その違和感に、ひくり、とキノの体が揺れる。

 暫しの空白の後。キノのか細く悲壮な悲鳴が辺りのしじまを破った。


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