まものの心
二寸の恋心@
04

 魔界の広さに対して、キノの存在は余りにもちっぽけだ。そんな魔界の中から獣一個体を探し当てるのは、さぞかし困難であろうと予想に容易い。
 しかし、キノは楽観視していた。
 強い魔物の殆どは要らぬ諍いを避ける為に己の縄張りを持つ。縄張りがあるのならばそこに住処を持つのが自然であるし、少なくとも他の場所よりはマメに足を向ける筈だ、とキノは考えた。
 要はその縄張りの場所さえ分かれば良い。そして、その中でも主要な地域に潜み、ただ待てば良いのだ。恋に燃えるキノは、無駄に長い寿命すら神の福音だと信じて疑わない。

 因みに、キノは目的の場所をあっという間に探り当てることができた。
 あの獣はやはり中々の地位を得る強い魔族であったらしい。大陸の北に広く縄張りを持っていた。その事実にキノはフンと鼻息を荒くさせ、何度も頷く。そうだろう、そうだろう、とひとりごちては、突然クフフと笑いだす。頭がお花畑とはこの事だろう。気味が悪いことこの上ないのだが、虫の機微を理解できるものがいない事がせめてもの幸いか。

 さて、次にキノの前に立ち塞がるのは空間的距離の問題である。
 キノの生まれた地は魔界の南よりで、獣の縄張りは遥か遠い。前世、ひと所でじっと隠れ住んでいたキノには想像も出来ない程の隔たりがあった。しかも、残念な事にキノには魔法が使えず、それに頼った移動は望めない。つまり、地道に這って行く他はない。
 しかし、キノは挫けなかった。時間ならばいくらでもある。行く先にあの獣がいるのだと思えば、いくらでも進む事ができた。キノは懸命に身を翻し、よじよじと悪路を這う。
 旅路に就けば、様々な危険がキノを襲った。ある時は鷲の様な魔物に空へと連れ去られそうになり。またある時はスライムのような魔物に取り込まれそうになり。虫は最下位の存在であるからして、全ての魔物が天敵なのだ。
 この事はキノの旅程を散々に邪魔する事なる。攻撃力の欠片もないキノは隠れ逃れる事でしか危険を回避できない。危険を察知して隠れる。そして、それが過ぎ去るのをひたすらに潜み待つ。

 時間ならばいくらでもある、とは言え、できたら早く出会いたいと願うのは恋するモノの性であろう。進路を阻む邪魔があれば苛立ちもする。それはキノにも例外ではなかった。


 それは一瞬の事だった。
 キノの名誉にかけて、決して油断はなかったと断言しよう。しかし、ジリジリと酸が鉄を溶かすように、積もり積もった焦りはキノの判断を蝕んでいた。
 頭上から降ってきた釣瓶のような食虫花がキノの体を飲み込んだ。この生を受けてまだ百年足らず。目指す北の地はまだ遥か彼方。なんとも呆気ない最期であった。


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