「変兆」-5P
ウェブスターと距離を置くことを望んだ今日(コンニチ)のバックス・ビブセントは女嫌いであったが、元々の彼は女が嫌いなのではなく、正しく言えば恋愛嫌いであった
一種のアレルギーのようなもので、女性と二人きりになり色目を使われたりすると美しい顔を不格好に硬直させ、もう全くだめだった
ウェブスターはそんな兄をよく脇から見物して眺め、からかって面白がった
ビブセントは女性を粗末に扱うでなく、それどころか極めて紳士的であった
かつての彼は、四人の子供を育てた母親を尊敬したように全ての女性を尊敬し、崇高な存在のように扱った
その念がいつしか消え、ウェブスターと自分の間に介入する女に感情任せに嫉妬の癇癪(カンシャク)を起こすようになった
かと思えば突然別人のように塞ぎ込み、最愛の人を偲(シノ)んで涙に暮れた
その変容は悪い薬に侵されて人格破壊を起こした人間のようで、ウェブスターは始め、自分が見ぬ間に兄が世にしつこく蔓延(ハビコ)る麻薬に手を出したのではないかと疑った
だがビブセントの心身の変化は日増しに顕著になり、術後の一時の心の気まぐれだと言って片付けることが困難になった
兄は元来周囲と調和するのが上手く、かつては周りをいつも大勢の仲間が囲んでいた
面白い事件があると腹を抱え周囲を道連れにして大笑いするような性格だったが、その豪快さは消え去った
笑う時は声を立てず、控え目に微笑を浮かべた
ある時は一日中煙草に耽(フケ)るウェブスターに体に悪いからやめろと言って彼を困惑させた
食欲が落ち、好んで口にした肉を受け付けずほぼ完璧な菜食主義者になった
好きだったコーヒーも途端に飲まなくなった
ウェブスターが日を置いてから、親しんだ味でたまに煎(イ)れてやったが、香りを嗅ぐと胸がむかつくと愚痴をこぼした
ある夜、何かが床をはうような音でウェブスターは目を覚ました
彼は起き上がって目を懲らした
ビブセントが床に張りつくようにして何かを探していた
ウェブスターは蝋燭(ロウソク)に火をつけ寝床から立ち上がって彼の元へ歩いていった
「バックス、何をしている…?」
ブルツェンスカが側で眠っていたから、彼は声量を抑えて尋ねた
ビブセントは答えず憑(ト)りつかれたように部屋中を這(ハ)って物色した
ひどく冷えるのに薄い布着一枚で、もう何時間もそうしていた
寒冷で血の気が失せた唇の震えにも、自身の両腕両足に起きている感覚の麻痺にも気付いていなかった
「バックス」
彼の全身の表皮が深刻に青ざめていたから、ウェブスターは毛布で後ろから包(クル)むようにしてやった
するとビブセントが不可解なことを言った
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