「変兆」-4P

「わかっているさ、俺では役不足だとな」

「黙れ!!」

ビブセントは逆上し、握り込んだ拳で力一杯ウェブスターの腹を殴った

突飛な仕打ちに呼吸を遮られ背を丸めて大きく咳込んだが、白い顔をやや紅潮させただけでウェブスターはやはり冷静だった

「レオ…」

うろたえたのは兄の方で、自らの行いに驚き、目の前で咽(ムセ)ぶウェブスターを呆然と眺めた

「…大したことない。腕の力が落ちたんじゃないのか」

ウェブスターは俯(ウツム)き、腹に力を込めたまま軽く頭を振って笑った

ウェブスターはビブセントの心理を悟って怒号を食らったことを冗談を言って軽く流したが、兄は自身の失態に狼狽したようだった

「すまない、俺はただ…」

言いかけて耳元で掠れて消えた声に、ウェブスターは彼の喉元に伏せていた顔を上げだ

目に飛び込んできた兄の顔はひどく憔悴していた

ウェブスターは自責の念が滲む彼の繊細な瞳を見つめた

「…将軍が生きてお前の傍にいてくれたらと思う。だが生き延びたのはお前と俺だけだ。……環境も今までとは違う。辛いのを隠して俺の前で完璧でいる必要はない。そんな必要はもうないんだよ」

ビブセントは親友の言葉に耳を疑うような顔をした

時折、ウェブスターが自分よりひどく大人びて見える瞬間があった

ウェブスターが生まれて持った意志を貫き通す屈強さは実際、遥かに多くの経験を持つビブセントを打ち負かすことがあった

この時もそうだった

「ハッ…泣いてどうなる?泣いて縋(スガ)れば楽になるとでも?見苦しい自分と鼻先を突き合わせた挙げ句に一層惨めになるだけだ。……」

ビブセントは黙考し、見慣れたウェブスターの顔をまじまじと眺めた

「レオ…俺はお前が思うよりも厄介な人間だ。お前が力不足な訳じゃない。リオラヒュッペが特別だったんだ」

その言葉を聞いてウェブスターは溜め息をついてうなだれた

「レオ、聴け」

ビブセントは込み上げる心痛を堪(コラ)え、昔と変わらぬ凛々しく愛に満ちた兄の姿を見せた

「これだけは知っていてほしい。俺はお前がリオラヒュッペの代わりに犠牲になればよかったなどと思ったことはないし、お前を責めてもいない。
彼とお前のどちらがより大切かなんて比率はないんだ。お前が生きて傍にいてくれてよかった。たった一人の大切な弟だ。お前を心から愛しているよ」

ビブセントは天災以降ウェブスターが密かに抱く罪悪の念を感受していた

そして彼の心の闇を心配していた

ビブセントは自分の命とリオラヒュッペの命の重さを明確に位付(クライヅ)けしたが、リオラヒュッペとウェブスターの尊さを位付けしたことはなかった

必要に迫られた時、躊躇(チュウチョ)なく自己犠牲を払うようには訓練されていたが、愛してやまない二人に死の順序を振り分ける思考回路は持ち合わせていなかった

気丈に振る舞っていたがこの時、ビブセントの心はいいようのない未知の感情に支配されていた

ウェブスターがいつになく近く思えた

この夜の出来事は二人の関係の変革の兆しであった

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