「変兆」-3P

「…大丈夫だ、傍にいる」

ウェブスターは例の、格別に優しい声と熱意ある眼差しでビブセントの不安を取り除こうとした

ウェブスターは大変利口で、ひけらかしはしないが上流階級の社会を難なく渡り歩くほどの教養もあったし、たとえ知らぬ規律が存在するどのような類の世界に丸裸で投げ入れられようと、その世界で頂(イタダキ)を見るために苦を苦とせずにたった一人で邁進する度胸もあった

一流の教養や理性と生粋の悪性を持ち合わせており、後者のような荒々しく攻撃的な一面は、繊細な女性の扱いなど心得ていないか元からそんな素質は備わってはいないように思わせた

だが実際はどんな高嶺の花といわれる女性の心でも、一晩あればすっかり溶かしてしまう男なのだと周囲が囁くのをビブセントは過去に幾度となく耳にした

実際、ウェブスターが恋の駆け引きで見せる才能は、ビブセントの恋愛への無関心や無頓着とはまるで正反対だった

普段の、素っ気ない粗雑なものの言い方からは考えられない、女心を虜にする情熱的で甘い囁きはこんな具合だろうかと、ビブセントは何故かウェブスターの声を聞きながらそう考えた

親友が自分に向けてそんな囁きなど仕掛ける筈もないのに何故かそう思い、そして傷心した

ビブセントは血色の悪い顔を強張(コワバ)らせた

ウェブスターは心の乱れを抑えて隠そうとする兄の頭を撫(ナ)で、覆いかぶさるようにして髪にキスをした

「心配するな、ずっと一緒だ。何処に行ったって戻ってくる。俺にはお前が全てだ、バックス」











心臓の移植手術以降、ウェブスターはビブセントに対して時折こうして、気でも触れたかと思う程の優しさを突拍子もなくあらわにした

それは単なる優しさではなく親密を究めた人間にだけ送られる彼の特別な思考で、もっと深い意味を持つように思えた

ビブセントの心はウェブスターが紡ぐ、強い愛情が込められた言葉や振る舞いに高揚にした

まるで"最愛の人"に扱われた時のように胸がいっぱいになって、−ビブセント本人は気付かなかったけれども−長らく変わりばえしなかった悄然(ショウゼン)たるその顔に強い感動が芽生えた

ウェブスターは兄のこの顔をよく知っていた

それはビブセントが"最愛の人"だけに贈った、奥深くに隠している一途な純心であった

「なぁレオ、やりきれないよ。リオラに会いたい。彼を愛しているんだ」

ビブセントの声は震えていた

「…わかっている」

ウェブスターは兄が内に溜まった感情を人前で上手く吐き出せる男ではないと知っていた

二人は誰もが血を分けた兄弟のようだと認める仲だったが、心が折れたビブセントを再起させるのは昔からウェブスターの役目ではなかった

ビブセントは完璧な兄として存在を確立していて、彼にとってウェブスターは弱さを見せる対象ではなかったし、そうすべきでないことも知っていた

ビブセントは人知れず涙を流し、それを拭(ヌグ)い癒すのは最愛の人だけであった

生きていたなら"彼"の答えが欲しいとウェブスターは思った

こんな時、ビブセントの最愛の人ならばどのようにしただろう

あの時

"彼"に代わって自分が命を終えた方がどんなによかったか

ビブセントにとってその方が幸せだった筈だとウェブスターは今だ信じて疑わなかったが、"彼"はそうすることを頑として許さなかった

二人きりになってから、ビブセントの傍にいて彼の心身を守ってやるにはあまりに力が足りないことを、何度となく思い知った

楽にしてやりたいと心の底から願えど、どうすればビブセントの苦心を癒すことができるのか分からなかったから、彼なりに精一杯の情愛で尽くして宥(ナダ)めるしかなかった

「ビブセント…無理をするな」

「…無理?」

ウェブスターの真白い髪が月明かりを含んで琥珀に輝くのを、ビブセントはぼんやりと眺めた

「ああ、そうさ……。お前だって将軍の前じゃ泣くこともあったろう?泣きたいなら泣けよ。格好悪いなんて言わないぜ」

弟が真顔で差し出した言葉を憐(アワ)れみととってビブセントは失笑したが、ウェブスターは表情ひとつ変えずに、鋭い洞察力で兄の真意を見抜いているようだった

「馬鹿を言うな。どけよ」

ビブセントは冷たい声で一蹴したが、ウェブスターの冷静さに押し負かされたように動揺を含んだ語尾は不完全なままに消え去った

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