「エドという男」-3P
「エド…?」
視界に入ったその姿にウェブスターが声を上げると、冴えない顔色のビブセントはつられて振り返った
「随分吐いたね、はい、お水」
目の敵にされかねない場違いな場所に現れたその青年は、そう言って手に持った水の入ったグラスをビブセントに差し出した
犬猿の中である空軍の人間が堂々と入ってきたことに、海兵たちは驚き、ざわついた
囲まれ、威嚇するような敵意に満ちた無数の視線が向けられても、エドと呼ばれた青年はまるで気にも留めない悠々とした様子でビブセントとウェブスターをしばらく眺め、口の端を静かに吊り上げた
「ここは空軍の奴が来る所じゃねーぞ!」
誰かが端を切って怒号を浴びせると、辺りは一斉に騒がしくなった
「おい、黙れ静かにしろ 気にするな、俺とビブのダチだ」
ウェブスターは興奮する仲間をなだめた
「…ハービス、お前、ここで何をしている?」
受け取ったグラスから口に含んだ最初の水を窓辺から吐き捨て、ビブセントは愛想のない調子で呟いた
ビブセントはどうも、このエドという男が苦手だった
灰色のエドの目は一度視線を合わせると吸い込まれそうな小宇宙のようだった
眼差しはひどく自閉的でぼんやりとしているのに、その瞳には何かこちらの本心を突き刺すような、異様な鋭さが宿っているのだ
首に認識票と、自身の統括する部隊の紋章を刻んだ十字架のペンダントをさげ、金の髪は櫛(クシ)で梳(ト)かして額からきれいにヘアワックスで後頭部に向かって流されていた
エドは空軍の戦闘機乗りで、エリートパイロットとして空軍における地位を確立していたが、奇怪な噂の絶えない変わり者で、その妙な人格は、話し方ひとつをとっても伺い知ることができた
「会いに来たの」
エドは癖のように首を傾げた
「俺たちに?」
ウェブスターが問い返すと、エドは眠ったかと思うほど極端に長い瞬(マバタ)きを一回して、彼に焦点を合わせた
「そんなトコ」
彼の話し方はまるで5才前後の子供であった
それから「でも」と付け加え、浮かない顔でウェブスターの横に立つビブセントに視線を移した
「ウェブスターにも会いたかったけど、オレが今日会いたかったのは、バックスのほう」
名指しされたビブセントは、望まずとも彼と視線を合わせざるをえなかった
何処でファースト・ネームを知ったのか
エドは初めて会った時、何故か彼のことをバックスと呼んだ
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