「エドという男」-1P

1966年/ベトナム

じめじめと蒸し暑く激しいスコールに見舞われたその日の暮れ、辛い任務から解放された海兵たちはダナンにある酒場でたむろしていた

「まったく、今日って日はよ!」

仲間たちが店の真ん中を陣取り大声で愚痴を演説のように語り始めても、ビブセントは冴えない表情でそれを尻目に窓辺の古びた席に一人腰を下ろした

ウェブスターは他の仲間たちと席を共にしていたが、ビブセントを気遣いその浮かない表情を遠くから眺めた

窓の外を向く表情は虚ろで生気に欠け、生きることに絶望した孤独な末路に佇(タタズ)む人間のようであった

無意識な行いで唇の間に煙草を挟み火を点けたが、脱力し緩んだ口元から今にも煙草が滑り落ちそうだった

すると覇気の萎えた親友の様子を伺うウェブスターの元に一人の兵士がやってきて、すぐ隣にどすんと腰掛けた

「どうしたんだい、ビブセントのやつ」

ゴールドマンというこの男は、年が40を過ぎた職業軍人で、ウェブスターと同じ年頃の息子がいたこともあってしばしば話をする仲だった

徴兵制度によって望まずこの地にやってくる多くの貧しい若者とは違い、ウェブスターが恵まれた環境に育つも、大学を中退して自らベトナムに来たことを知るや、ゴールドマンは彼の両親の苦悩を思って我が事のように嘆き、気ちがえたこの若者を叱咤した

彼は徴兵制度によって駆り出された18才の一人息子をこの地で亡くしていた

息子は大人しく内向的で、銃を抱えて血みどろの戦場を生き抜くには力が足りなかったのだ

ウェブスターは初めて会ったこの中年男の説教を、口元に薄く笑みを含ませただ黙って聞いていた

肉親にも同じことを言われたはずだった

「散々な日だったのさ トーマスがくたばったんだ」

ウェブスターは隣に座ったゴールドマンを煙草をふかしながら横目で捉えて言った

「トーマス・モース?」

「昼間、奴らの中隊がべトコンの待ち伏せに遭ったんだ、大軍だったらしい」

ゴールドマンは目を見張り、それから思慮深い顔で酒場の隅にいるビブセントを見た

「なるほど…ビブセントにしちゃあ、珍しく気を許した相手だったからな
トーマスが庇(カバ)ったのか?」

「さぁ…どうかな」

顎鬚(アゴヒゲ)を指の腹で撫でながら推測を述べたゴールドマンに、ウェブスターは淡々とした表情で目を、細め煙を吐いた

「だがトーマスが負傷した時、ビスセントは側にいた トーマスは腹に被弾して瀕死だったらしい
ヒューイがLZの着地に手間取ってダナンの野戦病院に着く手前、くたばったと」

ウェブスターはそう言って、並んだ二人はそれきり黙った

すぐ傍で酒に酔った仲間が派手なケンカを初めても、彼らには何処か遠くの喧騒のように思われた

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