「シハ・トマ事件-4P」
「ビブ…お前を大事に思っている。今更、俺の何を知りたい?」
近頃時々、自分の心ない(ウェブスター本人には自覚はなかったが)言動にビブセントがひどく傷付いた顔をしたので、そんな時は彼の前でこうして懺悔(ザンゲ)するように発言を修正するか、撤回をする破目になった
「何でも…」
「何でも?」
「お前のことは何でも、全て知っておきたい」
「全て?」
「他の誰よりも…お前のことは全部、全て」
ビブセントは物事に対して極めて関心が薄い性格と、相反する強い執着心を垣間見せることがあった
彼の粘り強さをよく把握しているウェブスターは早々に観念し、煙いため息を吐いた
「いいだろう、訊けよ。何を知りたい?」
腹をくくった親友の投げかけに、ビブセントは頭を傾げて少し考えた
「今までに何人の女と寝た?」
相棒らしからぬ不躾な質問に、ウェブスターは笑いを吹き出した
「何?数なんかいちいち数えるかよ」
「じゃあ何人と付き合った?」
「それも数えたことない。今まで女の話を避けてきたのはお前の方だっていうのに、どういう心境の変化だ?」
「別に…やっぱり知りたくない」
ぶっきらぼうなウェブスターの答えにビブセントは不服の表情を浮かべ、意固地で返した
「おかしな奴だな」
ウェブスターは呟いた
「ちょっと待てよ、今思い出して数えるから。えー…」
「いいって言ってんだろ!黙れ、バカ!!」
「何だよ、男同士の会話をするんじゃないか」
にやにやと含み笑いを浮かべて数を指折り始めたウェブスターをテーブル越しに殴りつけながら、ビブセントは喚(ワメ)いた
それから二人は店主が持ってきた、店の名物だと豪語する刀削麺と
酒で胃袋を満たした
ビブセントが車で眠るのを嫌がったので、ウェブスターは近くに寝床にするための宿はないかと店主に尋ねた
ウェブスターは絶対の自信と豪胆さでどんな人間もすぐに味方にしてしまう男で、この福(フー)という少食店の店主も少し話すうちに、またたくまに彼の性格に魅了されてしまった
ウェブスターには、あらゆる人間の無意識の中にある追従の念を手繰(タグ)りよせ手なずける天才的な才能があった
福はウェブスターと親友のために、宿までの案内をさせると言って彼らに自分の娘を引き会わせた
『こいつが娘の花艶(ファーヤン)です。宿はそこの入り組んだ通りをずっと行かねばなりませんで、なにぶん元気だけが取り柄(トリエ)でして、落ち着きのねぇ奴ですが、道案内はどうぞ娘に任せてくだせえ』
『いてっ!いてーな、親父!』
客人に礼儀を払えと頭を押さえられると、花艶は甲高い声で男のように叫んだ
花艶は年が15、6の血気盛んな田舎娘で、短かい髪と真の強さを感じさせる双眼は黒々として、光沢のある薄い緑の旗袍をまとい、薄汚れた黒い布地の懶漢靴(ランハンシェ…※カンフーシューズのこと)を履いていた
彼女は父親の扱いに腹を立て、睨みつけるような目で長身のビブセントとウェブスターを見上げた
『こいつらを宿に連れていきゃあいいんだろ。おい白髪頭、ボサッとすんな!行くぞ!』
「……」
度胸あって言いたい放題の鉄砲娘にウェブスターはだんまり、言葉を理解できないビブセントは彼女のまくし立てる声に耳を塞(フサ)いで表情を苦くするのだった
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