「シハ・トマ事件-3P」
その出来事があった後、給油を終えた二人は町の中央まで歩いて行き、「真好味少食店」と書いた古い看板を掲げる飲食店にたどり着いた
店の中と道路に古びた木製のテーブルとシート張りの椅子が置いてあり、客が何人かあった
茶色の大きな犬が一匹、頭の禿(ハ)げた店主の横に座り、無愛想な顔でこちらを見ていた
客は背丈のある異色の二人組を、箸をとめて警戒するようにじっと伺った
一角は東洋文化が色濃く、よそ者には容易に心を許さない民族の居住区であった
まして武装していた二人だから、露骨に疑念のこもった目で見られた
その中の一人など、二人を見るなり席を立って逃げ出したほどである
ビブセントは店の前で立ち止まり、陰湿な彼らを不審な目で睨み返した
一方のウェブスターは全く気にしない様子で堂々と店の中へ入って行き、足元で犬が唸ると無言の気迫で黙らせた
それから自分より頭二つ分は小柄な店主を静かに見下ろした
「別担心。我們不是盗賊。只是想吃飯。」
店主は目の前の西洋人の口から自分たちの言葉が放たれるとは思っておらず、一重の目を丸くしてしばし呆然とした
ビブセントもウェブスターが東洋言語に精通している事実を知らなかったので、彼の口から突然呪文のような言葉がすらすらと飛び出したことに驚いた
そののち店主は気を持ち直し、同じ言葉を話す彼に今度は幾分か友好的な態度で応じた
『それなら、ウチは羊の肉を使った刀削麺が美味しい』
『じゃあそれを二つ頼もう。それから
酒を二杯持ってきてくれ。先に金を払っておく。釣り銭はとっておけ』
『へぇ、こりゃあ!こんな気前のいいお客はあんたが初めてだ、旦那。他に用があったら、何なりと言ってくだせえ』
ニコニコ顔の店主と、相変わらず淡泊な表情のウェブスターの会話が全く理解できなかったので、ビブセントは終始不思議そうに見物していた
「注文は済ませたぜ。一番奥のテーブルが空いている」
ウェブスターは店主との会話を切り上げ、ビブセントを誘った
「ずいぶんと流暢じゃないか、どこであんな言葉を?」
「親父が色々な国の言語に通じていたのさ。それで子供の頃に、自然とな…。そこの席へ」
「…」
それだけ言って話を濁(ニゴ)し、ウェブスターは詮索を拒んでいるようだった
向かい合って席につき、黙々と煙草をやるウェブスターの顔をビブセントはまじまじと眺めた
互いについて知らないことは意外に多く、ウェブスターの育った環境についてもビブセントはほとんど無知であった
自分が尋ねないせいもあっただろうが、ウェブスターにはどことなく家族の話題に触れてほしくないという、そんな空気があったのだ
「考えてみると俺は、お前のことをあまり知らない」
ビブセントはどこかぼんやりとした表情で、煙を吐き出す彼の口元を眺めながら呟いた
「別に興味ないだろ」
ウェブスターは彼に目もやらず、五年も傍らにいて今さら何を言い出すのかと軽く流した
素っ気ないほど低く平らな声で押されてビブセントは静まり返った
「おい…なぁ」
落ち込みに等しい反応を見せた親友に、ウェブスターは宥(ナダ)めるような優しい声をかけた
するとビブセントの美しい青い目が、もの言いたげにウェブスターを見つめた
この彼独特の訴えるような憂(ウレ)い顔は、いつもウェブスターの自責の念を誘発した
[ 26/43 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]