「シハ・トマ事件-2P」


荒涼とした日暮れの大地を砂塵を巻き上げながら走る一台の車両

埃(ホコリ)まみれで錆(サビ)の目立つ車体には、かつての所有者である中東アジア軍の名が刻まれていた

炎天下でハンドルを握り続ける、短髪にサングラスの若い男の肌は真っ赤に日焼けしている

よく鍛えており、いっさい無駄のない精悍(セイカン)な左右の上腕にはそれぞれ、過去の大国の精鋭部隊に所属した経歴を示す海豹(アザラシ)と白頭鷲の入れ墨があった

「このままじゃあ、ガソリンが底をつくな」

ウェブスターは唸って、癖のようにくわえた煙草の端を噛み潰しながら、ちらりと隣を見た

指示を仰いだ彼に、横に座るビブセントは気難しい顔で黙りこくったまま、聞こえていると冷たい切れ長の目を向けて合図した

それから自分も煙草に火をつけ、膝上に広げていた地図に視線を戻した

「この先にティオという町がある。物資を補給して、今夜はそこで一泊する」

「了解した。やっと一休みできるぜ」

二人はそこで水と食料を買い足し、車に給油をして休息することにした

ティオは砂漠地帯に連なる険しい山々の麓町(フモトマチ)だったが、天災の地動によってできた大河がすぐ近くを流れており、それに導かれた生存者が多く暮らしていた

そのほとんどが先住民である褐色の肌に黒い目をもつモンゴロイド種族であったが、世界のほとんどの国境というしきたりが失われた今では、その中によそに祖先をもつどんな民族が混じっていても別段不思議はないように思われた

ビブセントとウェブスターは町の中心にある給油場で車を停めた

そして車から降り、ガソリンを補給しつつ一服している時のことであった

褐色の肌に白装束をまとった一人の少年が偶然彼らの脇を通りかかった

そして給油するウェブスターの脇で、車にもたれて立っていたビブセントと目が合うと、まるで死神にでも遭遇したかのように飛び上がって驚き、声を上げた

「シハ・トマ!シハ・トマ!」

少年は叫びながら砂煙の向こうに走り去った

「何だ…?」

ビブセントとウェブスターは顔を見合わせた

奇妙に思ったが、少年の消えた後で耳を澄ましても町の空気が張りつめる様子はなかったから、ビブセントは見知らぬ子供の奇行を気に留めなかった

少年の発した言葉は馴染みのない異国のもので理解できなかったし、自分も相棒もズボンのベルトに護身用の短銃やバヨネットを突き刺して武装していたので、単にそれを見て驚いたのだと考えて済ますことにしたのだった





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