「変兆」-1P

東の医者の元で心臓を取り替える手術を行った後、ウェブスターはまだ回復しきらないビブセントをブルツェンスカの住家に連れて戻った

ブルツェンスカは手術の成功を喜び、そして二人の若い友人が孤独な住家に戻ったことを喜んだ

「いやいやいや、よく帰った。ビブセント、ウェブスター」

年も気にせず老人が待ち侘(ワ)びたようにはしゃぐので、ビブセントはその姿を見て血流の悪い白い顔で口の端を不慣れに吊り上げた

翌朝、ブルツェンスカはビブセントの回復を手伝だおうと、医者の知識を活かして壁に取り付けられた棚の上に並んだ、古めかしい瓶から様々な植物の葉や不思議な色をした粉末を取り出して調合し、ビブセントに飲ませた

その味といったら、まったく酷かった

口に含むと嗚咽(オエツ)を誘発する強烈な腐敗臭がして、気分がすぐれなかったビブセントは逆流してきた胃の内容物ごとその薬液を吐いてしまった

軍人時代に捕虜として幽閉された収容所では命をかけた極限の飢えと戦い生きた蛆(ウジ)を食らったこともあったが、その時の惨(ミジ)めさを一掃するほど壮絶な味だった

「何だ、根性なしめ」

ブルツェンスカが兄にそんなレッテルを貼付けたので、ウェブスターは居心地悪そうに黙り込み老人の顔を眺めた

するとこちらをちらりと見たブルツェンスカと目が合ったので彼はとっさに視線を脇へ逸(ソ)らしたが、遅かった

「そうじゃ、お前さんも飲め。ウェブスター!体力がつくし頭が冴えるぞ。それにこの秘薬はあっちの方にも効果てきめんなんだ。まぁお前さんの若さじゃ必要ないかもしれんがな、ヒヒッ」

ブルツェンスカはいびつな歯をむき出して悪戯(イタズラ)に笑った

ウェブスターは嫌そうな顔をしたが妙に素直で度胸もあったから、粘着質の黒い薬液の入った器を手に持つと一気にそれを口の中に流し込んだ

兄が嘔吐してみせた通りまったくそれはこの世の産物とは思えぬ味であったが、忍耐や我慢強さにおいてウェブスターは特別な才能を持っていた

そして愉快そうにニヤニヤと含み笑う老人の挑発に頑として屈したくない若者は吐き気を堪(コラ)え、ついにはその悍(オゾ)ましい薬液をすっかり腹に収めてしまった

「こりゃあ大したもんだ!」

ブルツェンスカは感嘆した

「……… こんなひどい味は初めてだ。一体何が入っているんだ?」

ウェブスターが咽(ムセ)びを堪えて吐き出した質問を、老いた医者はいやいや、と煙たそうに手で払いのけた

「そんなことは聞かん方がいい。だがお前さんは大した男だ」

ブルツェンスカは盛大に彼を誉めた

「今夜はわしがビブセントを看(ミ)ていてやろう。町へ出かけてその薬の効果を試すんだよ。どんな女もイチコロだぞ!」

歯をむいてにやりとした老人の言葉で、死人のようなビブセントの表情に嫌悪が滲み出た

それからその日一日ビブセントは不機嫌だった

貝のように口を閉ざして床(トコ)につき、天井に思慮深い視線を貼り付け、病み上がりで栄養がたっぷり必要なのに、出された食事に目もくれなかった

ウェブスターは兄が面目を潰されて腹を立てていると思ったから、日が暮れてもブルツェンスカの住家から一歩も外へ出ずにビブセントの側にいた

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