「理由」-3P

こうしてビブセントはウェブスターと共に"運命の日"を生き延びたが、変調は即座に訪れた

生命の根源ともいえる"最愛の人"を失ったことでビブセントは激しく精神を病み、その病みが彼の肉体を浸蝕するのに時間はかからなかった

生きることへの執着が潰(ツイ)えた彼の肉体は以前の屈強さをなくし、信じ難いほど呆気なく病にひれ伏した

そうして底無しの虚無は、遂に命の要塞である心臓にまで達した

ビブセントは拘束型の特発性心筋症を発症した

ウェブスターは生きる気の失せた親友を助けようと時に力にものを言わせ、様々な地域から医者を連れて来ては失望した

β遮断剤やACE阻害薬を試みたが副作用で味覚に異変をきたして食べることを拒絶し、ビブセントは5日もしないうちに体重が4キロ落ちた

限りなく死人じみた男には強心剤の効力もなく、外科的治療でも同じく望みは絶たれた

「クソッ!何故だ、バックス!」

自分の無力さと抜け殻になった親友にウェブスターは絶望した

あらゆる試みで助けようとする彼の努力は、死を望むビブセントの心によって相殺された
ビブセントに生きる意志がなければ、どんな努力も無駄だった

「バックス、一体いつまでそうしているつもりだ!何とか言え!!」

打開策につまり、ウェブスターはビブセントの胸倉を掴んで怒りをむき出した

「……俺に構うな。置き去りにして何処へなりと行くがいい」

久し振りに発した声は暗く、老人のようにしわがれていた

「彼を守ることが俺が生きる意味だった。…だが失敗し、俺が生きる意味はもうなくなった。……彼が死んで俺が生きていい筈はない。そんな筈はないんだ」

ぶつぶつとした言い草だったが言葉には芯が通っており、はっきりと聞き取れた

「だったら俺の為に生きろ!!」

ウェブスターは二度と目覚めの来ないであろう冬眠寸前の彼を力一杯に揺さ振った

今目の前にいる綻(ホコロ)びを晒(サラ)したビブセントは、ウェブスターの中にある完璧な兄、あるいは親友を侮辱する醜態の塊(カタマリ)以外の何者でもなかった

誇りである兄をこれ以上汚されるのはウェブスターにとって耐え難い屈辱だった

ビブセントを救えない虚しさと彼への愛、怒りが心の中で入り乱れた

それらの感情は若いウェブスターを鋼の鎧のように強くし、また保護者のいない赤子のように弱くもした

兄はいつだって味方をしてくれた

若さゆえの愚かさや性格の欠陥で過ちを犯した時には愛ある辛辣で尻を蹴飛ばされたが、そのあとにはあらゆる非難の鞭(ムチ)を代わりに受けてたち、弁護に努めた

ビブセントは強く美しい兄で、また血筋を分けたような親友であったが、彼にはウェブスターを凌ぐ密な絆を結び合った相手がいた

それこそが彼を憔悴させた"最愛の人"なのであるが、その絆についてはまたの機会に語ることにする

「生きる意味がないのなら俺の為に生きろ!!」

ウェブスターの言葉はビブセントの朽ちかけた心に衝撃を齎(モタラ)した

その言葉には命があり、生命の躍動そのものだった

吹き込まれた生命の躍動は全身に波及し、くさびれた彼の瞳に生存への執着が蘇った

「レオ…」

「俺を今のお前の二の舞にするな。独りにしないでくれ」

決して弱みを見せなかった親友のその一言は決定打で、ビブセントは溺れかかってしがみつく物を見つけた人のようにはっとして目の前のウェブスターにしがみついた

小刻みな体の震えは心の再生のリズムとして確実にウェブスターに伝わった

「兄キ、愛してる」

ウェブスターは低く告げ、病魔の巣食った痩せたビブセントの抱擁に正面から応えた

ビブセントが"最愛の人"に命を添えて崇高な愛を捧げたように、ウェブスターの兄への愛も等しく強靭で、闇の底にいる彼を決して見捨てなかった

「心配するな、助ける方法は必ず見つける」

ビブセントはウェブスターに刹那的な笑みで返し、彼が死してなお自分が生きることを心の中で"最愛の人"に詫(ワ)びた

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