「理由」-2P
「…………」
ビブセントはひとしきり暴れた反動のように微動だにせず、ベッドに体を横たえてしばらくの間静かに天井を眺めていた
ウェブスターも離れず傍らに付いて、ただ黙ってそこにいた
ウェブスターは自分がそこにいるべきだと知っていた
そしてしたたかで陰湿な自責の念にしとしとと心を蝕(ムシバ)まれていた
ビブセントは時々こうして発作を起こした
その発症にはある律動があって大抵が酒場に出かけた後か、眠りについている深夜だった
酒場でウェブスターが女といる場を見ると、ビブセントはどうにも虫の居所が悪くなった
普段はめっぽうクールな心が潰えぬいらつきにがんじがらめにされ、接客しようと近付いた無防備な女をはしたない言葉で罵倒し、心底機嫌の悪い時には何の前触れもなく手を挙げることもあった
ウェブスターは彼のその条件反射をすぐに覚えたから、それ以来自分から異性に近付くことをやめた
酒場に着いても魅惑的な声と目配せで呼びかける女には目をくれずビブセントの隣に座った
そして寡黙を友にタバコをやって酒を飲み、時々ビブセントをひどく真剣な目で見つめた
ビブセントの横顔は性格に歪みが生じた今でも聡明で、ひどく美しかった
ウェブスターは恋人を見るような眼差しで彼を見つめ、隣人の無言の熱情を感じるとビブセントも振り向いて、氷の色をしたひどく冷たく真面目な瞳に一縷(イチル)の愛おしみを浮かべてウェブスターに投げてよこした
二人に言葉は厳禁で、確立することをしなかった
勘の鋭さと共に重ねた時間だけが、相手の心を計り知る手だてだった
ビブセントの不機嫌と癇癪、女たちへの悪態はひどくなるとビブセント自身へと攻撃の対象をかえ、彼の体に深刻な発作をもたらしたが、彼自身にはこの発作が起こる理由がわからなかった
傍らに添うウェブスターだけがその理由を知っていた
「………部屋を」
ビブセントが視線を天井に張り付けたまま言った
「お前と部屋をわけたい」
「……」
ウェブスターは言葉を選んで返事に遅れた
ビブセントは外界を遮断するようにゆっくりと目を閉じた
「ビブセント……部屋をわけて俺のいない所で発作が起きたらどうするんだ?」
「…知るかよ。その時はその時だろう」
「バックス…」
投げやりな返事にウェブスターはビブセントを覗き込むようにして顔を近づけ、真剣な声で名前を呼んだ
ビブセントは目を開けず、黙って静かに呼吸した
「お前は発作を治めてくれるが、俺達はどうやら少し……道を間違ったようだ…………俺は…」
ビブセントはすぐ傍のウェブスターの気配を注意深く捉えながら囁くように話した
「俺は混乱している。こんなに自分を把握できない理由が解らない………とにかく、お前とは少し距離を置…」
言いかけて瞼が開き、青い瞳に相手が映った
ウェブスターの人差し指が唇を掠(カス)め、黙るよう告げた
「…部屋はわけない。俺はお前の傍を離れる気はない。お前が拒もうと、俺にはそうすべき理由がある」
ウェブスターは冷静な態度できっぱりと言い切った
その一言がビブセントの気分を害しても彼の態度は頑(カタク)なだった
「お前の義務を背負った理由なんか知るかよ!」
ビブセントは苛立ち、彼を突き飛ばすように腕を振るった
あの運命の日
愛してやまなかった"彼"は未来におけるビブセントの守りをウェブスターに托した
そうしてビブセントにとって自らの命より遥かに大切だった"彼"は、ビブセントがそうしようとしたのと同じように"優先すべき生命"の存続を自分の命と引き換えた
ビブセントがならばいっそ自分も共に死ぬと嘆き拒もうと"彼"の愛−子を想う父の愛は絶対だった
「頼む、ウェブスター。…バックスの傍にいてやってくれ。あれが信用するのは、この先、君だけだ」
「…約束します、将軍。あなたに代わって、この先は俺がビブセントを守ります」
父と親友の一連の契りは絶望に打ちひしがれるビブセントの目の前で淡々と執(ト)り行なわれた
それから父は半ば狂乱するビブセントを宥(ナダ)めて、自分が乗る代わりに狭い脱出船の一角に名も知らぬ三人の幼い子供たちを次々に抱き上げて乗せた
親友の"最愛"を沈みゆく地に置き去ったことで恨まれるのは避けられない運命でも、ビブセントの"最愛の人"の意志と想いを、ウェブスターはそのままに受け継いだのだった
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