「理由」-1P

偵察任務を終え帰還すると、待機していたクルーに相棒のレディを引き継いで煩(ワズラ)わしそうに酸素マスクを外し、ビブセントは足速に基地の敷地内へと消えた

「夜間の任務ご苦労様でした。マーダラをお預かりします」

「ああ」

ウェブスターは殺気立つビブセントの背を眺めながら、駆け寄ってきたクルーにマーダラを預け短く応えると、重量のある装備を外して鞄に押し込んでそれを背負うようにし、彼の後を追った

ビブセントとウェブスターは任務と非番のどちらにかかわらず何処へ行くにも一緒で、ナイトアイの隊員に二人一組で提供される部屋までもが同じだった

隊の長であるカイン・ヌエスに申し立てをしたのはウェブスターだった

「何故同じ部屋にこだわるんだ?」

ヌエスの目は正面に座ったウェブスターを捉えた

「あなたも知っている通り俺たちはチームで動く。ビブセントの短所は、精神が不安定なところだ。怒りの鎮(シズ)め方を知らない。戦場でも非番でも、気が立ったあいつを鎮めるがことが出来るのは俺だけです。だから任務に就いていない時でも傍にいて、常にビブセントの精神状態を把握していたい」

淡々と話すウェブスターにヌエスは短く溜息をついた

「ビブセントのようなマーダラ使いは150年に一人出るか出ないかだとへッテム将軍は言っていた。しかしそれは君との連携があってこそだ、ウェブスター。彼の精神の起伏の激しさは唯一の欠陥だ。何故ビブセントにあのような不安要素が…?」

真相を要求した上官に、不快を孕(ハラ)んだウェブスターの冷ややかな青い目が彼を見やった

「組織がそれを知る必要はない。俺をビブセントの傍に置いておけば何も問題はないんだ」

ヌエスはビブセントの過去を知りたがったが、ウェブスターはそれを拒絶した

「ビブセントを組織に繋ぎとめておきたいのなら、黙って俺の言う通りにすることだ。150年に1人の逸材に、心神喪失が招いたくだらないミスなんて失態で死なれたくないならな……」

ビブセントとウェブスターは徹底した秘密主義だった

マーダラの使い手としての実力は二人して首位を陣取るものの他の隊員との交流は皆無で、人間を感じさせない非情な性格で周囲からひどく疎まれていた

彼らは過去を何一つ、
誰にも知られたくなかった

報酬の額で従うべき主人を乗り換える元軍人の傭兵というその顔以外は





ビブセントは極めて他の隊員に関心がなく彼らの言動など知る由もなかったが、隊員たちは時々ビブセントとウェブスターの二人が密接する理由について怪訝な表情で囁き合った

「なぁ、あいつらってどう思う?」

「あいつらって?」

「ビブセントとウェブスターだよ。奇妙じゃないか?ビブセントは非番の時も一日中ウェブスターを連れ歩いてる」

「そりゃあ、あの態度だ。反感を買って組織の中にも敵が多いし、ウェブスターに身辺を守らせているだけなんじゃないか?」

「俺、この前、レイ南の酒場であいつらを見かけたんだけどよ。ウェブスターに惚れ込んでる女がいて、その女が近付いた途端にビブセントの奴がブチ切れやがったんだ」

「ああ、俺も見たことがあるぜ。ビブセントはウェブスターに女を寄らせないんだ。ウェブスターもあいつの機嫌が悪くなるのを知っているから、女には近付かないのさ」

「……まさか。…何が言いたいんだよ。二人がそういう関係だって言いたい訳?冗談きついよ、有り得ないだろう?」

「見ている限りじゃウェブスターはビブセントの子分みたいなもんだし、逆らえないのかもな」







シェパードの組織内で暗殺部隊の別名をとるナイトアイの存在が公式に明るみに出たことはなかったが、節度を知らない才知と凶暴性から組織内部のビブセントに対する認知度は高く、勝手な噂が日々其処彼処(ソコカシコ)で流れては一人歩きした

ウェブスターが室内に入ると、先に戻っていたビブセントは部屋の奥まった一角のバスルームにいるようだった

静かだったが床に濃いオレンジ色の灯が漏れていた

ウェブスターは背負っていた荷物を床に放り投げて軍服の縛りを解き、うんざりした様子で喉元を解放した

白いシーツで整ったベッドの脇に腰をかけて煙草に火をつけると無意識に疲労を含んだ溜息が出た

ナイトアイで着任する人間には例外なく広さも設備も特別な部屋が与えられ、彼らの身の回りの世話をする専用の世話係が一部屋に一人付くほどだった

巨大な組織でいつだって最も過酷な任務環境に放り込まれる彼らが受けるストレスは深刻で、フラストレーションを起こす者や、気に食わない隊員に憂さをぶつける「仲間殺し」が絶えなかったから、せめて基地での暮らしは良くしてやろうという、将校たちが集まって話し合った苦肉の策だった

「……」

静けさは即座にウェブスターを過去へと誘(イザナ)った

「…ビブセント、そこにいるのか?」

いつでも無意識のうちに跡形もなく気配を消すのは生きる環境から身につけたビブセントの癖だったから、呼びかけに返事がないことを認めるとウェブスターは立ち上がってバスルームを覗いた

「どうした?気分が悪いのか?…おい、ビブセント!」

ビブセントは軍服をきっちりと着たままでバスルームで床にうずくまり、ウェブスターを見ると顔面蒼白で声を上げる代わりに苦しげに胸を掻きむしるような仕草で訴えた

ウェブスターはその身振りを一目見て彼の言わんとしていることを悟り、バスルームを飛び出すと脇にある低い棚の引き出しをあさって薬を手にビブセントの元へ戻った

「飲め!ビブセント、飲むんだ!」

胸に走る激痛に我を忘れ、暴れて薬を拒絶するビブセントの体を押さえ付けて口に薬を放り込む

「大丈夫だ、落ち着け。すぐに治まる!」

励ましながら口に水を流し込むと荒れ狂う竜巻のようなパートナーを床に羽交(ハガ)い締めにし、凶行が治まるのをウェブスターは辛抱強く待った

それからしばらくしたのち、力を放散してぐったりとなったビブセントを見ると立ち上がって彼を背負っていき、ベッドに降ろしてやった

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