それぞれの絆


「シュイアさんとカシルは‥‥ハトネに見覚えはないか?」

クリュミケールはベッドで眠るハトネを見つめ、二人に聞いた。

「‥‥やっぱり、そうなのか?」

カシルが言えば、

「ハトネがなんなんだよ?」

キャンドルはクリュミケールとカシル、シュイアを不思議そうに見る。

「信じられないかもしれないが、さっきオレは果ての世界を見てきた。人間達が争い、女神を狂わせ、そうして女神が壊した成れの果ての世界‥‥」

クリュミケールは一息置き、

「人間は一人残らず滅び、神だけが生き残った場所。空にはドラゴンが舞っていた。長い刻を眠り続けていたリオラは、水晶の中で人を憎み続けているらしい。目覚めたリオラはサジャエルの言葉を呑み、世界を壊すと決めた。サジャエルの望みが叶った未来だ。サジャエルが世界を創ろうとしている瞬間‥‥新しい世界を創造しようとした瞬間だと聞いた」

クリュミケールはシュイアを見つめ、

「シュイアさん。オレは‥‥そこで神様に会いました。神様は、サジャエルをかつての盟友だと言い、サジャエルは狂ってしまったと。何かがあって長い年月、狂った願望を持ち続けて‥‥サジャエルの記憶は壊れていると。リオラを本物だと思い込み、私を器だと思い込んでいる、哀れな女神だと‥‥そう。さっきの記憶でサジャエルがリオラに与えた血ーーあれは、あの時のオレの血です」

そう、真実を話した。
シュイアは何も言えず、ただ黙ってクリュミケールを見るしかできない。
クリュミケールは椅子から立ち上がり、

「神様は‥‥過去の世界にもいた。召喚の村で、リオラと同じような水晶の中で眠り続けていた。神様は、あんな未来を食い止める為に、オレを果ての世界に呼んだと言った」

そう言いながら、眠るハトネのベッドの前に立つ。

「‥‥クリュミケールちゃん?」

フィレアは不思議そうに名を呼んだ。

「未来を知ったオレに、【見届ける者】であるオレに、世界を壊すか生かすかを決めろと言った。神様や、かつての英雄達が救えなかったこと、成し遂げられなかった願いを継ぎ、英雄や、過去の因果、ザメシアの悲劇を止めてほしいと‥‥よく、わからないけど、神様はそう言った」

ガタッ‥‥と、ラズが体を揺らし、テーブルが揺れたので、

「どっ、どうしたの?」

と、カルトルートが聞くと、

「いっ、いや‥‥なんでもないよ」

ラズは首を横に振り、再びクリュミケールに視線を戻す。

「その神様と約束したんだ。寒いと震えていた神様に、独りじゃないよと、君にはいつだって仲間がいて、オレも一緒にいるよと‥‥君と、そんな約束をしたんだね」

クリュミケールはハトネを見下ろしながらそう言うので、

「えっ?神様って‥‥ハトネさんなの?」

アドルが目を丸くし、

「理由はわからない。でも、ハトネだった‥‥」

クリュミケールは頷きながらそう言って、イラホーを見た。

「‥‥私は会ったことがないからわからないわ。けれど、あなたが言うそれは恐らく【創造神】。世界を創造した、世界の神様」
「ハトネちゃんが!?」

イラホーの言葉に、フィレアが声を上げる。

「‥‥サジャエルは創造神をかつて見失ったと言っていたわ。もし創造神が見つかってしまえば‥‥その子がそうなのだとしたら‥‥真っ先に狙われる。だって、創造神を殺せば、回りくどい段取りを踏まずに世界は滅びるもの。滅びて‥‥そうしたら‥‥【見届ける者】は世界を創造せざるを得ない。サジャエルの、思惑通り‥‥」
「そんなっ‥‥!?」

驚くアドルにイラホーは頷き、

「でも、滅びるまでには時間がある。その前に【見届ける者】が崩壊を食い止めれば間に合う」
「待てよ‥‥!ハトネが死ぬことが前提みたいに話を進めてんじゃねえぞ!」

キャンドルが怒鳴れば、

「あくまで過程よ。知らないよりは知っていた方がいいわ。ただ‥‥【見届ける者】はクリュミケールだけど、あなたは力の使い方を知らない。でも、あなたと同じ力を持つリオラは、世界を救う術も、滅ぼす術も理解している。どの道、リオラを目覚めさせ、説得することも必要かもしれないわ‥‥一番は、サジャエルを早急に倒すことね」
「‥‥」

一同は黙り、この場は静寂に包まれる。

「よくわかんないけどさ‥‥とりあえず、そのサジャエルって人を追ったらいいんじゃないかな?」

ここに来るまでに、なんとなくラズやフィレアから今までの出来事を聞かされたが、それでもまだ、いまいち頭が追い付いていないカルトルートが沈黙を破った。

「そう‥‥だな。シュイアさん、リウス。サジャエル達の居場所、あなた達なら知ってるんだよね」

クリュミケールがそう聞くと、

「‥‥先程の記憶に映された塔。サジャエルは【楽園】と呼んでいた。あの塔に、サジャエルやロナス達もいるだろう。そして、リオラも」

シュイアが答え「楽園?」と、キャンドルは怪訝そうな顔をする。それに、

「かつて、神々が暮らしていた場所なの」

イラホーがそう答えた。

「楽園への道は、シュイアとその少女がよく知っているわ。でも‥‥あなた達は本当に、サジャエルを止めるつもりなの?」

イラホーはクリュミケールを、そしてカルトルートを見る。視線が合って、なぜ自分を見てくるのかとカルトルートは目を泳がせた。

「ああ。そりゃそうだろ。だって、そうしなきゃ世界が滅びてみんな死んでしまう」

当たり前だとクリュミケールは答える。イラホーは目を細めて何かを言い掛けたが、小さく息を吐き、

「そうね‥‥でも、あなた達ではサジャエルに勝てない。力の差がありすぎる‥‥だって、相手は女神なのだから」
「‥‥それでも行くよ」

答えたのは、アドルだ。

「だって‥‥そこにニキータ村を奪った悪魔がいるんでしょ?それに、世界が滅びるなんて、おれは嫌だよ!また、おばあちゃんに会いに行くって、約束したから」

彼は強い目をしてそう言う。
そんな彼を、クリュミケールとキャンドルが静かに見つめ、リウスは俯いた。

「話は変わるけど‥‥その、リウス、だっけ?その子は、結局誰なんだい?」

色々な話で埋もれてしまっていたが、ラズがそう聞く。

「えっと、リウスは‥‥ニキータ村の、友達で‥‥」

アドルが言うが、今の彼女がなんなのかはわからない。

「‥‥シェイアードだったか。あの男がリオの知り合いだとは思わなかったが‥‥あの男とよく行動していたな」

リウス達はシュイアの下で動くこともあった為、彼はそう言った。

「わっ‥‥私‥‥」

リウスは俯き、

「アドル‥‥私‥‥ごめんなさい。私、本当は‥‥ニキータ村の人間なんかじゃないの」

そう口を開く。

「えっ?」
「私‥‥私、人形なの。人間じゃないの。サジャエルに命を吹き込まれた、人形なの。本当は、カナリアって名前なの」

わけのわからないことを言うリウスに、アドル達は首を傾げた。

「私の占術は‥‥他者の記憶を操ることもできる。クリュミケールとアドルが出会った直後‥‥私はあなた達とニキータ村の皆の記憶の中に私という存在を埋め込ませた。シェイアードに頼まれて、クリュミケールを監視する為に‥‥」
「なるほどな。俺もニキータ村出身だが、リウスなんて子、俺が村を出た頃いなかったからなぁ」

キャンドルが言う。

「クリュミケールの年齢も‥‥ほら、年齢、止まってるでしょ?不思議に思われないよう、そこも、私の力で細工した」
「そう、だったのか」

確かに、五年間ニキータ村で暮らしたが、見た目の変わらないクリュミケールのことを、誰も不思議には思っていなかった。

「でも、人形って‥‥」

アドルは隣に座る彼女の横顔を見つめる。

「‥‥人形の私を、シェイアードは気味悪がらなかった。自分も本の中の存在だからって。それでも自分達は、普通の人間だって言ってくれた。シェイアードは‥‥私にとって兄のような存在だった‥‥」
「‥‥そう、か」

だから、一緒にいたのか。だから、あんなに泣いていたのか。クリュミケールはリウスの気持ちを理解して、シェイアードを想った。

「偽りの記憶だけど‥‥ニキータ村の皆も、アドルも優しくて‥‥でも、私は‥‥ロナスを止めれなかった。アドルのお母さんを、助けれなかった」

それを聞き、炎の中、母の亡骸の近くにいた、フード姿の人をアドルは思い出し、

「あれは‥‥リウス、だったのか」

ぽつりとそう言う。アドルは燃え盛るニキータ村を、変わり果てた母の姿を脳裏に浮かべ、

「‥‥偽りだとしても、確かなものだってある。おれとリウスは確かに出会った。おれ達はニキータ村で過ごした。それは本当のこと。まぎれもない‥‥真実だから」

アドルはリウスの手を握り、

「おれはリウスの友達だよ。偽りなんかじゃない、そうでしょ?」

旅立ちの日、リウスから貰ったペンダントをひょいっと持ち上げて笑顔を浮かべる。
そんな笑顔を目にしてリウスは体を震わせ、その目からは涙が溢れ出て、

「‥‥っ!うっ‥‥ううっ‥‥アドル‥‥アドルーーっ‥‥!!」

リウスはアドルに抱きつき、彼の胸に顔を埋めた。

「泣かなくていいよ、リウス。おれ達は友達だ。ニキータ村の、家族。それだけでいいんだよ」

優しくそう言って、アドルはリウスの背中に腕を回し、抱き締める。
クリュミケールはそんな二人を見つめ、思い浮かべた。

(‥‥そうだね、アドル。偽りだとしても、確かなものがある。シェイアードさんと私が、そうだったように)

偽りの世界じゃない。この世界で愛した人をクリュミケールは想い、静かに微笑む。

「‥‥とりあえず、頭の整理がつかないし、ハトネさんの体調も優れないし‥‥動くにしても、今すぐは無理だね」

ラズが言えば、

「ええ。クリュミケールが行かない限り、リオラが今すぐ目覚めることはないわ。だから、ゆっくりして‥‥ゆっくり考えて‥‥そして、前に進んで」

イラホーはそう言って、姿を消した。

「‥‥ゆっくり考えて、ねぇ」

ため息混じりにフィレアが言い、改めてこの場に揃った面子、そして様々な真実が明らかになった今、なんとなく一同は気まずさを感じる。
特に、クリュミケールはシュイアとどう接したらいいか頭を悩ませた。
リオラを女神だと思い、彼はリオを憎んできたと言ったから。でも、そうじゃなかった‥‥

「‥‥シュイアさんは、どうするんですか?」

クリュミケールが聞くと、

「‥‥真実がどうであれ、私はリオラを守る。それは変わらない」

シュイアはそう答え、「そうですよね‥‥」と、クリュミケールは頷く。しかし、

「待って下さい、シュイア様‥‥!シュイア様は五年前‥‥クリュミケールちゃんの気持ちを傷付けた‥‥真実は、違った!何か、何かクリュミケールちゃんに言うべきことがあるんじゃないですか!?」

フィレアは立ち上がり、涙を浮かべながらシュイアに訴えた。クリュミケールがフィレアを止めようとしたが、

「だって!十二年前、初めてリオちゃんに会った時から見てきたのよ!リオちゃんは無邪気に、シュイア様を大好きだって話してた。五年前、裏切られた後も、シュイア様の話を楽しそうにしてくれた‥‥!リオちゃんは傷付いたのに、それでも、それでもシュイア様に何も、何も言わないからぁ‥‥」

フィレアがぼろぼろと泣き出してしまい、隣に座るラズが彼女の背中を擦りながら、

「フィレアさん‥‥クリュミケールさんとシュイアさんのことは、二人の問題だから、さ。気持ちはわかるよ、僕だって言いたいことはあるけど‥‥ね?」

まるで大人のように彼女を宥める。

「フィレアさん‥‥」

クリュミケールは彼女を見つめ、それからシュイアに視線を戻し、

「ほら‥‥シュイアさん。オレ、言いましたよね。二人がどんな運命を選んでも、味方だって。だから‥‥だから、オレは何も‥‥」

クリュミケールはそこまで言って言葉を止め、俯いた。
俯いて、五年前を思い出し、シュイアと過ごした日々を思い出し、唇をきゅっと結ぶ。そして、つかつかとシュイアの前まで行き、椅子に座ったままの彼を見つめ、パシンッーー!と、彼の頬を叩いた。

隣にいたカシルは目を大きく見開かせ、他の一同もクリュミケールの行動に驚く。
クリュミケールは真っ直ぐにシュイアを見つめ、

「‥‥っ‥‥本当は、ずっと辛かった。シュイアさんのことが、本当に大好きだったから!アドルと暮らして知ったから‥‥シュイアさんと私は、家族だったんだって!あなたは私の‥‥お父さんのような人だって、やっとわかったから!過去に出会ったことは関係ない!私とあなたの始まりは、あなたが私を見つけてくれた日‥‥たとえ、サジャエルに仕組まれたことだとしても、私の始まりは、あなたが森の中で私を拾って、リオという名前をくれた日‥‥あの日が、私が生まれた日なんだ!」

初めて、クリュミケールはシュイアに感情をぶつけた。本心をぶつけた。
シュイアは黙って、クリュミケールの言葉を聞いていた。

「シュイアさんにとっての一番は、リオラだって理解しました。でもね‥‥!他もちゃんと見て下さい!何回フィレアさんを泣かせたら気が済むんですか!どれだけ、フィレアさんを傷付けてきたと思っているんです!?あなたと同じ時を過ごしたいと、魔術の力まで手にした‥‥フィレアさんは私の‥‥お姉さんみたいな存在なんですよ!」
「っ‥‥リオ‥‥ちゃん」

クリュミケールの言葉に、フィレアは涙を溢し続ける。

「カシルだって‥‥!今でもきっと、あなたを心配してる!シュイアさんはカシルを裏切ったと言ったけど、裏切ったのはシュイアさんだよ!さっきの記憶でもそうじゃない!カシルはシュイアさんを心配して、なのにあなたは耳を貸さなかった!リオラのことしか考えなかった!」
「おい‥‥」

カシルがクリュミケールを止めようとするが、

「今でもシュイアさんのことが大好きだから、大切だからーー!あなたの娘として、私は怒ってるんですよ!?」
「‥‥リオ」

シュイアは静かにその名を呼ぶ。

「だから‥‥真実を受け止めましょう。受け止めて、一緒にリオラを助けに行きましょう‥‥!それでもまだ私が憎いんなら、いつでもあなたの剣を受け止める‥‥私とあなたの約束です。強くなれ、あなたと剣を交えれるように、強くなれ、それまで死ぬなーー私が初めて剣を手にした日、十二年前の、誓いですよ」

そう言って、クリュミケールはシュイアを抱き締めた。
約束の剣はもう、この時代、この先の時代には存在しない。
でも、剣はなくても、約束の数々は心に刻まれている。

『二人のことは、私が守る。何があっても、どんなことがあっても、私は二人を裏切らない。何年経っても、どんなに月日が流れても、二人がどんな運命を選んでも‥‥私が二人の傍にいる。私はずっと、二人の味方だよ。これだけは、誓うよ、絶対に』

シュイアはそんな、何十年も前に聞いた、クリュミケールの言葉を浮かべた。

「‥‥今のお前の言葉だというのに‥‥無知だったお前と出会ってからも、お前は私の味方で‥‥私を裏切らずにいたな。傍に、いたな‥‥お前がなんの、約束も知らなかった時から‥‥」

シュイアはそう言って目を閉じ、

『ずっと、シュイアさんのことも助けたかったんです。いつも、何も出来ない自分が情けなかった‥‥あなたはいつも寂しそうで、時折、悲しそうな‥‥苦しそうな顔をする。そんなあなたを、助けたいと思った‥‥』

リオが初めて剣を手にしたあの日の言葉を思い出す。

「お前は言っていたな‥‥私に出会えたから、今のお前がここにいると‥‥いや‥‥違う、違ったな。お前がいたから、今の私がここにいるんだな‥‥リオ‥‥」

シュイアはクリュミケールを抱き締め返し、その光景を、ようやく取り戻せた絆を、フィレアとラズは涙を浮かべながら見つめ、カシルは安堵に似たような息を吐き、そして、アドルは微笑み、

(良かったね、クリュミケールさん。本当の家族を、取り戻せて‥‥本当に、良かった)

心からそう、思った。


「‥‥お前がいたから、お前を憎み、お前を見守り、お前を、愛してもいた‥‥お前がいたから、私は‥‥俺は、寂しくなかったんだな‥‥傷付けて、苦しめて、すまなかった‥‥それでも俺の味方でいてくれて、約束を守ってくれて、ありがとうーーお姉ちゃん」

ようやく聞けた、シュイアの心からの言葉。
もう、嘘偽りのない、絆。
十二年前に彼を抱き締め返したように、遠い過去で幼い彼を抱き締めたように、クリュミケールは今、この時代で彼を抱き締め、幸せそうに微笑んだ。

「私‥‥シュイアさんが大好きです!私の‥‥お父さん‥‥」


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