遥か遠い日々から


クリュミケール達は今夜はホワイトルヤーの街で一夜を過ごすことにした。
明日には、シュイアとリウスの案内で【楽園】というサジャエル達が待ち受けているであろう塔に向かうつもりだが、未だ、ハトネは眠り続けている。

シュイアとカシル、そしてリウスは別々に宿屋から出てどこかに行ってしまった為、それ以外の面子が宿屋の一室に残っていた。
元々、その三人は個別行動をしていた為、こういう団体の場は嫌いなのかもしれない。


「キャンドル、気になってたんだけどさ」

ラズが切り出し、

「君とハトネさんって、そんなに話したことないよね。でも、さっきから君はハトネさんに付きっきりで、ちょっと気になるなぁって」

言葉通り、ベッドで眠り続けるハトネの傍に椅子を置き、キャンドルはそこに座ってハトネを見守っていた。

「まさか、兄ちゃんハトネさんに恋しちゃったとか!?」

アドルが言えば、

「ちげーよ!!」

キャンドルは顔を真っ赤にして椅子から立ち上がる。

「なんつーか、妹に似てるんだよ‥‥」

ぼそりとそう言った。

「へえ。キャンドル、妹がいるのか」

クリュミケールはそう言いながら、ニキータ村の惨事の際、キャンドルが『家族は全員死んだ』と言っていたことを思い出す。

「マリーちゃん‥‥懐かしいね」

アドルが言い、

「生まれた時から体が弱くてな。十年も前に、六歳でさ、病気で死んじまったんだよ」

キャンドルはそう話した。

「まあ、両親もさ、俺と妹ーーマリーを残して事故で死んじまってさ。ガキの頃はマリーの面倒を見るのが俺の日課で‥‥無駄に明るい奴でさ。でも、発作が起きて、何度も震えて、それでも次の日には笑って‥‥ハトネの笑顔と今の状態見てたらさ、マリーと重なっちまって」

そんな彼の身の上話と思いを聞き、

「なんだか‥‥ここに集まった皆、家族を喪った人ばかりね」

フィレアが言い、

「僕には母さんはいるけどね」

と、ラズは言う。

クリュミケールの出生は謎で。
シュイアとカシルは生まれる前に父親を戦争で、母親は二人を生んで死んだと言っていた。
フィレアは両親を盗賊に殺されて。
アドルも、キャンドルも‥‥

「ところで、僕たち二人はどうしたらいいのかな‥‥」

すると、カルトルートがおずおずと口を開いた。

「確かに、カルトルートとレムズはここから先は危険だし、サジャエルと戦いに行く必要ないもんな」

クリュミケールが言うと、

「神を愛する者」

また、レムズがカルトルートをそう呼ぶ。

「‥‥それ、気になるわよね。私達は女神と戦うことになるんだろうし、ハトネちゃんが本当に神様だったら‥‥そのカルトルートの呼ばれ方、意味がありそうだわ。イラホーも何か知ってそうだったし」

フィレアが言った。

「僕にとって必要な旅路になるとか、君達と共に行けとか言われたけど‥‥どう考えても足手まといになるだけだよ」
「もしかしたら、イラホーさんがまた来るかもしれないよね!その時にまた、何か言ってくれるかも!?」

アドルに言われ、カルトルートは「うーん」と唸る。

「ところで、レムズはずっとフード被ってるよな、暑苦しくないのか?」

キャンドルが言い、クリュミケール達はキャンドルとアドルがレムズの秘密を知らないことを思い出した。しかし、

「あれ?」

クリュミケールはレムズを見て首を傾げた後、フィレアを見る。

「どうしたの?クリュミケールちゃん」

フィレアに聞かれ、

「フィレアさんがエルフの里に行ったって話をした時‥‥オレ、レムズの正体、なんで知ってたんだっけ?」

クリュミケールのその言葉に、フィレアは何かに気づいて目を大きく開けた。
レムズを覚えているかとフィレアが聞いた時、クリュミケールはレムズの正体を口にしていたからだ。
五年前にレムズがフードを取って正体を明かしたのは、フィレアとラズとハトネの前で、その場にクリュミケールはいなかった。

しかし、なぜかクリュミケールの脳裏にはレムズの正体への答えがあったのだ‥‥

「【見届ける者】だっけ?その力、なのかしら?」

フィレアがそう言うので、そうなのかも‥‥と、クリュミケールは頷く。

「えっ、えっ?なんの話?レムズさんの正体って?」

アドルは不思議そうに聞いた。それに、レムズはゆっくりとフードを外し、頭からは角のような長い耳が現れ、アドルとキャンドルは「えっ!?」と、同時に驚く。

「オレは‥‥エルフと魚人のハーフ、だ」

俯きながら言ったレムズをカルトルートは心配そうに見つめたが、

「え、エルフって!?」
「魚人ってなんだ?人魚か!?ってか、ハーフってなんだよ!」

アドルとキャンドルは確かに驚いていたが、それは興味津々という風だった。決して、気味悪がるような素振りはなかった。
レムズは赤い目をきょとんとさせ、

「‥‥お前達は‥‥不思議な奴らだな‥‥」

と、ここにいる全員を指してそう微笑する。


◆◆◆◆◆

深夜になり、男女別に部屋を二部屋取ることとし、明日に備えて休むことにした。

「クリュミケールさん」
「ん?」

部屋を出る際にアドルに声を掛けられ、クリュミケールは彼に振り向く。

「良かったね、シュイアさんと仲直りできて。おれは、二人の絆を知らないけど‥‥本当に良かったって思った!」
「アドル‥‥」

クリュミケールはアドルの頭に手を置き、

「全部、君のお陰だよ。五年間、君が教えてくれたんだ。君の成長を傍で見て、小さかった君が大きくなっていくのを隣で見て‥‥君のお陰で、オレは家族というものを知ったんだ」

五年前、アドルが十歳の頃に出会い、その成長をクリュミケールは目にした。
それはどんな理由であれ、シュイアが六年間、リオを見守ってくれたように。

クリュミケールの言葉にアドルはニコッと笑って、それから「おやすみ!」と言って、部屋に入った。

自分が寝る部屋に入ると、眠り続けるハトネがいて、フィレアは窓の外を見つめている。
クリュミケールが入って来たことに気づき、フィレアはこちらに振り向いて柔らかく微笑んだ。

「クリュミケールちゃん。あなたとシュイア様がわかりあえて‥‥本当に良かった」

フィレアにそう言われ、そういえば、皆の前で色々と恥ずかしいことを口走ってしまった気がしたなとクリュミケールは思い出す。

「‥‥フィレアさんが怒ってくれて、嬉しかったよ」

クリュミケールが言えば、

「私こそ‥‥まさかクリュミケールちゃんがシュイア様にあんな風に怒るなんて驚いたわ。クリュミケールちゃんも‥‥私のことで怒ってくれて、ありがとう‥‥お姉さんみたいって言ってくれて、なんだか嬉しかったわ」

フィレアはクスクスと笑い、

「でも、本当に‥‥大きくなったわね。成長は止まっているけど、十二年前、初めて出会った時と全然違うわ。強く、なったわね」

本当に、姉のような眼差しでクリュミケールを見つめた。

「でも、驚いたわ。まさか、クリュミケールちゃんにいい人がいたなんて」
「‥‥」

シェイアードのことを言われ、クリュミケールは頷く。ポケットからエメラルド色のリボンを取り出し、

「八年も忘れてしまっていたけれど‥‥でも、消えていなかった。頭の、心の片隅に、微かに残っていた。大切な誰かがいるって‥‥かつてのフィレアさん、そしてレイラの言葉の意味が、今ならよくわかるんだ。誰かを愛する気持ちが、オレにもわかったんだ。もう二度と会えないけど‥‥でも、シェイアードさんに会えて良かったって、心から思ってる」

クリュミケールは笑顔でそう話した。すると、フィレアはクリュミケールを見つめ、

「‥‥私はさっきシュイア様の過去を見て、あーあ‥‥リオラには敵わないんだろうなって実感しちゃった」

笑顔でそう言うのだ。

「リオラは確かにクリュミケールちゃんに似てるけど‥‥でも、全然違うわね。背も高いし、髪も長いし、何より女性っていうか、綺麗よね」
「‥‥ぷっ。まあ、オレは昔から男と間違えられてたからなぁ」
「そう‥‥だから、クリュミケールちゃんとリオラは反転した存在なのかもね。だからこそきっと、シュイア様の心も、クリュミケールちゃんだけが動かせたんだわ」
「うーん‥‥?」

そう言われても、いまいちピンとこない。
自分はシュイアの意思を動かせたのだろうか?

「だから、私は決めたわ。私はシュイア様を愛している‥‥だから、彼の為に、私もリオラを助けに行こうと思うの」
「えっ‥‥でも、フィレアさん、そんな‥‥」

クリュミケールの中に、「そんなのダメだ」「フィレアさんが辛いだけ」だとか、そんな言葉が浮かんだが、ルイナ・ファインライズの行動を思い出した。
本の世界でシェイアードが死ぬ間際、彼を愛していたルイナはリオに彼の体を預けた。
自分なんかよりも、ずっと長い間シェイアードを愛していたはずなのに。
彼女のあの感情も、物語の中のものではない、本物だったんだとクリュミケールは思う。

どんなに愛している人がいても、その人の幸せを優先してしまうのだろうか、自分が報われなくても‥‥
クリュミケールは静かに、フィレアの笑顔を見つめた。この笑顔が、本物なのか、嘘を覆い隠している笑顔なのか‥‥わからない。


◆◆◆◆◆

夜も更けて、フィレアは眠り、ハトネも目覚めないまま。クリュミケールは夜の雪の街を歩いた。

ふと、宿屋を見上げると、屋根の上にはリウスがいて、どこか遠くを見つめている。
サジャエルの手によって人間にされた少女。もしかしたら、眠らない体なのかもしれない。それに、彼女にも考える時間はたくさん必要なんだろう。
クリュミケールは声を掛けず、ザクザクと雪を踏み締めた。

街の中にはいくつか展望台があり、柵に凭れて点々と輝く夜の灯りを見つめる。

すると、人気のない広場に、シュイアとカシルの姿を見つけた。二人で何か立ち話をしているようだ。

こうして二人で話をするのはきっと、とても久し振りなのだろう。
もう、お互いがお互いを殺そうとする必要もない。
二人の関係に亀裂が入ったのは、サジャエルのせいなのだから。

(いや、違うか。オレが過去にサジャエルに会ってしまい、そのせいでリオラという存在が生まれ、シュイアさんはリオラの為だけに生きるようになり、カシルと敵対した‥‥元を辿れば‥‥オレが元凶じゃないか‥‥でも、【見届ける者】って、なんなんだろう?オレには、両親はいるんだろうか)

少年時代の二人を見守ったみたいに、ぼんやり二人を見ていると、遠くからなのにシュイアがクリュミケールに気づいた。
顔までは見えない距離だが、クリュミケールは苦笑いしてヒラヒラと手を振る。
話は終わったのだろうか?
シュイアがカシルの背中を押すように叩き、シュイアは宿屋へ続く道を歩いて行った。
カシルは別の方向に歩いていく。

(もしかして、邪魔しちゃったかな)

そう思い、降り続ける雪の中、さすがに冷えてきた。クリュミケールも宿に戻ろうと踵を返したその時、

「わっ!?」

と、思わず叫ぶ。
さっきまで遠くにいたはずのカシルが、いつの間にか少し離れた場所に立っていたからだ。

「ビックリした。そっか、カシルは転移魔術使えるもんな!シュイアさんと何を話していたんだ?」

その場から動かずカシルにそう聞けば、

「大した話じゃない。召喚の村での出来事の後、お互いどうしてきたかを話していただけだ」

彼はそう答え、クリュミケールは頷く。
シュイアがどうしてきたかは、さっきのイラホーの力で見せられた。だが、そういえば。

「カシルはあれからどうしていたんだ‥‥?あなたのことはまだよくわからないままだな‥‥いつから気づいていたんだ?オレのこと‥‥何度か、助けてくれたこともあったよな。気づいていたからなのか?」

クリュミケールが疑問に思って聞くと、

「あの日、さ迷いの森で、シュイアをやっと見つけた。だが、接触する前にお前に会ったんだ」

カシルの言葉を聞き、十二年前、リオとして初めてカシルに出会った日を思い出す。

「俺が知っているのは、今のお前の姿だ。でも、さ迷いの森でお前を見た時‥‥まさかと感じた。なんとなく覚えていたんだ。サジャエルがあの人に【未来から来た】と言っていた話を‥‥次にフォード国で会った時、声も、とても似ていると、懐かしいと感じた。そして、あの人はリオでもあると名乗っていたことを、思い出した」

そんなカシルの言葉を聞き、召喚の村でサジャエルがクリュミケールの血を奪っていたこともカシルは覚えている辺り、冷静に物事を見ていたんだなと感じた。

「俺にとっては遥か遠い昔のことだが、お前にとってはついさっきのことなんだな」

カシルはそう言って、ため息を吐く。クリュミケールは先刻の少年を思い出しながら今のカシルを見る。

「‥‥フォード国でやっと会えたと言っていたのは、オレに言ってくれていたんだな。あれは、シュイアさんに向けたものだと思っていた。でも、五年前にラタシャ王国でも話したけど、カシルが言っていることは、大体シュイアさんのことばかりだったな。世界を壊すだの、憎いだの、オレを殺すかもとか‥‥もしかして、シュイアさんを庇ってたの?」

なんとなく今はそう思えてしまって聞いてみた。

「十二年前、お前が‥‥シュイアを慕っていたからな‥‥」
「でも、それじゃあカシルはずっと損な役回りだったんだな。オレもフィレアさんも、けっこう酷いこと言ったような気がするし‥‥【破滅神の遺跡】で、カシルはサジャエルを消そうとしていたのにな」

しかし、今思えば。

『お前が大切な友人を失ったあの遺跡は【破滅神の遺跡】という名の遺跡だ。かつて、紅の魔術師という者が作り上げたものらしい。生と死を握る不死鳥‥‥奴の亡骸をあの遺跡の祭壇に捧げていれば‥‥サジャエルは消えていた。

命を司る神である不死鳥。奴をあの場所で殺すことにより、他の神も死ぬ仕組みらしい。不死鳥は全ての神の命を握っているようなものだからな。

あの時、成功しなくて良かったかもしれない。確信はなかった。だが‥‥さっきの出来事で確信できた。成功していたら、俺は取り返しのつかないことをしていたかもしれない』

ラタシャ王国での会話を思い出した。
あそこで成功していたら、サジャエルだけでなく、イラホーにハトネ、そしてクリュミケールも消滅していたかもしれない。
クリュミケールがその真意に気づいたことを悟り、

「俺は本当に、お前を殺していたかもしれない」

カシルはそう言った。

「‥‥でも、そうなっていたとしても仕方ないし、失敗したんだ。もう、関係のない話さ。それより、良かったらオレにも聞かせてよ。シュイアさんが去り、オレがいなくなった後、カシルがどう生きてきたのかをさ」

クリュミケールは苦笑しながらそう言う。
カシルはクリュミケールの方に足を進め、クリュミケールと同じように柵に背を預けて口を開いた。
子供時代のあの日から、自分がどう生きてきたのかを。


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