レイラフォード国

「さてと。フィレアさん、本当に良かったの?カシルを帰しちゃって。荷物の移動まだ結構あるよ」

先刻までたくさん人がいたフィレアの部屋を見回しながら、うんざりするような顔をしてラズが言った。

「いいのいいの。せっかく連れも居たんだし」
「気を利かせたってやつ?」

不服そうにラズが聞いて、

「そうそう。あら、あなた、諦めたんでしょ?」
「まあ、諦めたって言うかー‥‥結局クリュミケールさんには何も言ってないし気付かれてないままだし。けど、んー‥‥そうだなぁ。やっぱり、クリュミケールさんとカシルが並んでたらなんか悔しいな。だってカシルってあんま大事なこと言わないじゃん!?黙ってること多いじゃん!?あんなんで大丈夫なのかよ!」

怒り気味に言うラズを見てフィレアは思わず吹き出す。

「まあ、僕の方はいいけどさ。フィレアさんは今はどうなの?」
「私?そうね‥‥私はーーシュイア様とリオラの幸せを願うって決めたから。ちょっと、寂しいけど、ね。シュイア様の隣にはもう二度と、立てないから」

そう言って、窓の外から昼の空を見上げた。寄り添う二人の姿を思い出して、ちくりと胸が痛む。
ラズが口を開こうとした瞬間、ニコッとフィレアが振り返り、

「でも今は、ラズとラズのお母さんが大事だからね!頑張らなくちゃ!」

そう言った。それを聞いたラズは驚くように目を丸くし、

「‥‥ごめん」

そう、フィレアに聞こえないぐらいの声で俯いて言う。

「それより、レイラ様はどうなの?仲、良いじゃない。ラズは王様だったんだから、いいんじゃないかしら!?」

今度はそんなことを言ってきて、ラズはぎょっとした。

「彼女は違うよ。友達みたいな感じ」
「うーん、なんか勿体無いわね」
「フィレアさんはわかってないなぁ。誰かを特別に好きになるだけが、人生じゃないんだよ」

と、ラズは笑う。

「あっ、そっか!クナイ‥‥クレスルド?彼、あなたのことが好きなの!?なんか、見ていてそんな感じがしたんだけど!」
「ぶっ!!!!げほっ‥‥ごほごほっ!」

フィレアの発言に、ラズは噎せ始めた。

「やっ、やめてくれよ!なっ‥‥なんかそうっぽいけどさ!?あいつはタチが悪いんだよ!僕をからかって楽しんでるだけ!」
「そうかしら?でも、昨日、何も言わず行っちゃったでしょ?その時、寂しそうにラズのこと見てた気が‥‥」
「いいのいいの!あいつの話はいいの!」

この話は終わりとラズは手をぶんぶんと横に振る。それから不満そうなフィレアの顔を見つめた。


ーー偶然、同じ国で出会った。
フィレアはシュイアに連れられ、ザメシアはたまたまフォード国で暮らすこととなった。

フィレアからしたら姉弟なのであろうが、ラズからしたら兄妹な気分だ。
だが、今のザメシアーーラズは何にも縛られてはいない。
だから、子供みたいに甘えてみてもいいかな、なんて思った。だから、姉弟なポジションで構わない。

あの日、ザメシアとしてクリュミケール達に負けた時、涙を溢しながら抱きしめてくれたフィレアの温もりを、叫びを覚えている。

ラズの母はいつも言っている。
フィレアみたいなお嫁さんが来てくれたらいいのにと。冗談で言っているのかもしれないが。

最近では、それもいいな、なんて思っていた。でも、フィレアはそうじゃないかもしれない。それに、ラズも別にこのままの生活で良かった。

例え話として、いつかもし、ラズの母がいなくなったら‥‥
先日、フィレアとそんな話をした。

『そうなっても、ラズの面倒は私が見てあげる』

なんて、躊躇いなく彼女は言ったのだ。

少しだけ、安心した。
フィレアの傍にシュイアやアイムのような存在が、今度こそ誰も居なくなったら‥‥
そうなった時には、自分がフィレアを見守ってやりたいとラズは思っていたから。

だが、今、ラズはフィレアの人生を自分と母の面倒で縛ってしまっている。
それでいいのだろうかと感じる時もある。
なぜ、フィレアはここまでしてくれるのだろう。

友達?仲間?家族?

そんなもの、本当にあるのだろうか。

「ラズ?ラーズ?」
「!」

どうやら自分は考え事に集中しすぎていたようだ。フィレアの声に慌てて顔を上げた。

「大丈夫?ボーッとしちゃって」
「あ、ああ。大丈夫」

ラズは慌てながら笑顔を作り、

「あのさ、フィレア。もし僕が‥‥」

今度は真剣な表情でラズが口を開いたところで、コンコンーーと、玄関の扉がノックされる。

「あら、誰かしら?」

フィレアが扉の前まで行き、何か言いかけていたラズは肩を竦めた。

「って‥‥あら、レイラ様!」

扉を開けたフィレアは客人の姿を確認し、お忍び姿のレイラを出迎える。

「あ、リオ達、もう帰っちゃったの!?」
「残念、ついさっき帰って行きましたよ」

ラズの言葉にレイラは肩を落とした。

「あちゃー‥‥実はさっきロナスが来て、アドルに会いに行ってくるって言ったのよ。止めたんだけど、飛んで行っちゃって‥‥」
「ええっ!?」

それを聞いたラズとフィレアは当然驚く。

「だっ、大丈夫かしら。カシル達が先に着くか、ロナスが‥‥はあ、ロナスの方が先に着くわよね、飛べるんだから」
「アドルとキャンドルに妙なことしなきゃいいけど、まあ、今のあいつは何も出来ないからな。ただ‥‥口は達者だ。そこが、不安だね」

フィレアとラズはため息を吐いた。

「レイラ様、わざわざありがとうございます」
「いいのよ。間に合わなかったし‥‥」

フィレアとレイラは苦笑し合い、レイラは少し時間があるとのことで、お茶を出すことにする。

フィレアがお茶の準備をし、ラズが皿を出している姿を見て、

「二人って、本当に夫婦みたいに見えるんだけどなぁ。新婚夫婦」

椅子に座りながらレイラが言った。

「レイラ様まで!ラズのお母さんにもよく言われるんですよー」
「そうですよ。そういうレイラ様こそ、結婚しなきゃいけないんでしょう?」

フィレアとラズが苦笑しながらテーブルにお茶菓子の用意をし、

「想像できないのよねえ。自分のことなのに。いったいどんな王様が現れるのかしら。カシル様みたいな素敵な人、いるのかしら」

レイラの言葉に、

「ぷっ‥‥カシルが素敵な人って、いつ聞いても笑える」

なんてラズが笑うので、レイラはテーブルをバンバン叩いて怒った。

「ふふっ。そうだわ、せっかくだし私、ラズのお母さんにもお茶菓子持っていってくるわね」

フィレアはそう言い、ラズの家で休んでいるであろう彼女の元にお茶菓子を包んで持っていくことにする。それを横目で見送り、

「フィレアさん、本当によくしてくれるわね」

レイラが言い、

「そう。だから、僕にはもったいない人なんだよ」

そう言って微笑むラズの横顔を見つめ、レイラはやれやれといった顔でティーカップを手にし、まだ熱い紅茶を啜った。


ーー再び思う。この世界は‥‥
全てが美しいわけではない。
でも、全てが汚いわけではない。
だが、幸福がないわけではない。

(‥‥紅。お前も足掻いて生きてみせろよ。この、あたたかい世界を。そしていつか共に‥‥ハトネやケルト達に土産話をたくさん持って行こう。それだけが、僕達に出きる唯一のことだ)

いつか来る終わりの日まで。
忘れられた物語を胸に秘めて、輝く軌跡を思う。
それは、一筋の光だ。



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