二人の旅路とニキータ村

「うーん、幸せ!」

カルトルートと別れてから数時間後、リオラは両腕を空に伸ばしながら言った。

「いきなりどうした?」

と、シュイアは苦笑する。

「だって、クリュミケールに会えたんですもの。それに皆に!あれからたくさん、仲間が出来たわ」
「それが、幸せ?」
「ええ、とても」

リオラは微笑んだ。それから次に息を吐いて、

「でも、良かった。弱った姿を見られなくて。昨日と今日は本当に、体調が良かったわ」
「そうだな‥‥」

シュイアは苦笑する。

「クリュミケールだけには見られたくない。私の弱った姿を。見られて、苦しめたくないの。クリュミケールの中の私は、元気なままの私でいてほしいから‥‥幸せになってほしいの。ずっと、同じ世界を見ていたからかしら。辛い道を進んできたクリュミケールには、幸せになってほしい」

目を閉じ、風を感じながらリオラは優しい口調でそう言って、ふわりとシュイアに微笑み、

「ねえシュイア。あれ、本気よ?」
「何がだ?」
「ニキータ村で暮らしたいって話」

その言葉に、シュイアは目を細めた。

「ニキータ村で暮らしたら、アドルと毎日たくさんお喋りができるわ。なんだかんだでカシルも気遣ってくれる。毎日、キャンドルさんの美味しい料理が食べれて‥‥クリュミケールの傍に居られる」

リオラは夢を見るかのように幸せそうに言い、

「シュイアも兄弟と暮らせて、アドルの無邪気さに触れて、キャンドルさんときっと良い友人になれて、クリュミケールとずっと一緒にいれる。一石二鳥だわ」

そこまで聞き、シュイアはリオラから顔を逸らして、

「そう、だな」

と、小さく相槌を打つ。
その声と肩が小さく震えていることにリオラは気付き、シュイアの肩に頭を寄せた。

「私は、あなたが心配。私が居なくなった時‥‥あなたがニキータ村にいてくれたら‥‥その時、皆があなたの傍に居てくれる。それだったら、私は安心よ。安心して、目を閉じれるわ」
「‥‥」
「何度も言うけれど、私は今、本当に幸せなのよ。クリュミケールのお陰で、こうしてこの時代に、世界に存在していられるんだから。それだけで、いいの。だから‥‥」

リオラは少しだけ、目に涙を滲ませて、

「あなたも幸せになって、シュイア。あなたが幸せじゃなきゃ、私は幸せじゃないんだから」

そう、微笑む。

(それに、クリュミケールもよ。私にも、誰にも気を遣わないで‥‥幸せになって。あなた達の幸せが、今の私の幸せに繋がるの)

数秒経った後、シュイアはリオラに振り向き、

「‥‥まだ、行きたい場所や見たい景色はあるか?」
「えっ?そうね‥‥うーん、たぶん、まだあるわ」

いきなり聞かれて、すぐには思いつかないがリオラはそう答えた。

「それを全て終えたら、ニキータ村で暮らそう。クリュミケール達と共に」
「‥‥!ええ、ええ‥‥!約束よ!」

シュイアの言葉に、リオラは嬉しそうに何度も頷く。

「なあ、リオラ」
「何?」
「幸せだよ、俺も」
「‥‥」
「リオラと、クリュミケールと‥‥皆が居て、俺は、幸せだ」

シュイアの言葉に、リオラは静かに笑みをこぼした。
自分がいなくなっても、クリュミケールがいるならば、シュイアは大丈夫だ。

ずっとずっと、リオラの為だけに生きてきたシュイア。
今度は、喪うだけじゃない。
今度は、得るものだってあるはずだ。


◆◆◆◆◆

港町シックライアからニキータ村に、クリュミケールとカシルは戻って来た。
村人達は何やら急がしそうに走り回ったり、楽しそうに話をしていて、なんだか村中賑やかである。

二人は家の前に立ち、扉を開けようとしたが‥‥

「うわー!!キャンドル兄さん助けてよー!」

なんて、アドルの悲鳴が聞こえて来た。

「なんだ!?どうしたんだ!?」

クリュミケールとカシルは慌てて中に入る。悲鳴は台所の方から聞こえてきて‥‥

「おう!帰ったか!レムズ、この前目ぇ覚めたと思ったら飛び出して行ってビックリしたわ!」

台所からエプロン姿のキャンドルがひょこっと顔を出してそう言うので、

「あっ、ああ。ただいま‥‥それよりアドルは!?」
「ん」

クリュミケールが慌てて聞くと、キャンドルは食卓の方を指差した。

「おっ!リオちゃんにカシル、遅かったなー」

昨日振りのその声に、クリュミケールとカシルは目を見開かせる。食卓には嫌がるアドルを羽交い締めするかのようにくっついているロナスの姿があったのだ。

「わぁぁぁぁぁ苦しい!!クリュミケールさんカシル兄さん助けてぇぇぇぇぇ‥‥!キャンドル兄さん助けてくれないんだよぉ!」
「だって悪魔相手とか怖いじゃん!俺には助けられないぜ!」

なんてキャンドルは言う。

「えーっと‥‥あの?どういう状況なんだ?」

クリュミケールが聞けば、

「さっき急にロナスが来てさ。たまげたぜ!生きてるなんて知らなかったし。中にずかずか入ってきて、レムズ達が無事再会したことも聞いたし、カルトルートのことも聞いたぜ」

そうキャンドルが言って、

「あ‥‥説明は済んでるんだ。それは助かるけど‥‥ロナス!アドルから離れろよ!」

クリュミケールが怒鳴り、「へいへい」とロナスはようやくアドルを解放した。

「アドル坊やがあんまりにも距離を取るわ警戒心駄々漏れだったからさぁ、緊張を解してやろうかと‥‥」
「当たり前でしょ!」

アドルは叫び、走ってクリュミケールとカシルの後ろに隠れる。

「だが、なぜここに?」

カシルが聞けば、

「遊びに行くって言ったじゃん」
「昨日の今日でか?相当、暇をしてるってわけか」

ロナスの返答にカシルはため息を吐いた。

「あー、そうだアドル坊や。リウスちゃんにも挨拶させてくれよぉ。一応、お仲間だったからさ」
「嫌だよ!お前なんかにリウスを会わせるもんか!」
「えー?ひどくね?じゃあ勝手に坊やの部屋見てこよっかなー。どこか知んねーけど」

バサッ‥‥と、室内で翼を広げ、ロナスは二階へと飛んで行くので、

「わっ!?待って!勝手に行かないでよー!」

アドルは慌てて階段を駆け上がった。
騒々しくてわけのわからない光景に、クリュミケール達は黙るしかない。

「ええっと‥‥あっ、だから村の皆、賑やかだったのかな。悪魔の姿を見てテンション上がってたとか?」

クリュミケールが言えば、「そうかもな」と、カシルは頷く。

「そういやロナスがぶつぶつ言ってたぞ。お前達二人の関係はどうなってんだーってな。悪魔にまで心配されてどうすんだよ」
「‥‥」

キャンドルの言葉に二人は「そう言われても‥‥」と言うような顔をした。

「まっ、俺は嫌いじゃないぜ。お前らの関係。お互い大事に想ってるってのは見ててわかるしな」
「ふん‥‥自分で建てたハトネの墓に毎日語り掛けているお前の方が心配だがな」

と、カシルが皮肉を返せば、キャンドルは苦い顔をする。
だが、それはアドルもだ。
人形になってしまったリウスを、毎日さみしそうに見つめている。
カシルもクリュミケールも、そんな二人を心配していた。
二人も、いつかは前に進めるだろうかと。

すると、キャンドルは二人にメモを差し出す。カシルがそれを受け取れば、いくつかの食材の名前が書かれていた。

「今日の夕飯の買い出し。アドルに頼むつもりだったが‥‥ありゃ無理だな。帰って来てすぐに悪いが二人で行ってくれるか?その間、昼飯作りながらアドルと悪魔の様子見とくからよ」

キャンドルはそう言ってキッチンに立つ。
クリュミケールとカシルはぽかんと口を開けていた。
なんだかんだ、やはりアドルとキャンドルは凄いと思わされる。
この村を焼き付くした悪魔ーーロナスがいるというのに、あっさり受け入れているのだから。


◆◆◆◆◆

「シチューでも作るのかな」

買い出しをしながらクリュミケールが言えば、「そうかもな」と、カシルは頷く。

「あのさ、カシル」
「なんだ?」
「今更なんだけどさ。神の遺跡で言ったこと覚えてる?」
「‥‥?なんだ、そんな昔のこと‥‥」

いきなり言われて、カシルは数秒考えた。

「リオラと私は別の人間だって。私の存在を肯定するって言ってくれた時のこと」
「‥‥ああ、あれか」
「本当に今更なんだけどね。あの言葉が、あの瞬間すごく響いた。あの時は、目の前が真っ暗になって本当に押し潰されそうだったから。今でも嬉しいと感じているんだ。ずっとお礼を言いたかった。ありがとうって。なんか、逃しちゃってさ。七年越しなんだけど‥‥」

カシルは目を丸くしてクリュミケールを見つめる。本当になぜ、今頃そんな話をするのだろうと。

「他にも色々と言いそびれたことがたくさんあるんだけど‥‥あの頃のカシル、すぐ転移魔法でどっか行っちゃうからさ」
「そうだったな」
「まあ、私も人のこと言えないか」

そう言って、クリュミケールは苦笑した。

「なんだかさ。レイラとシェイアードさんに悪い気がしたんだ。リオラにも。クレスルドに言われたように、私だけが幸せになるなんてダメなんじゃないかなって、ずっと考えていた。レイラはカシルが好きだし、私はシェイアードさんを愛した。リオラの命がいつまで続くかわからない。だから‥‥私が幸せを選んでいいのか、わからなかった」

カシルは黙ってクリュミケールの言葉を聞く。

ーーわかっている。シェイアードという男には一生敵わないとカシルは理解していた。
クリュミケールの中で、彼の存在は大きすぎることはよく知っているから。
本の世界でリオがシェイアードに恋をしている姿を見たあの時から、ずっとわかっていた。
だから、構わない。
クリュミケールの傍で彼女を見守れるのなら、恋なんていいのだ。叶わなくてもいいのだ。

「‥‥」

二人は少しの間、黙りこみ、歩きながらクリュミケールは目の前にあった小石を蹴飛ばす。軽く宙に浮いて転がっていくそれを見つめながら、

「レイラもシェイアードさんもリオラも幸せを願ってくれた。ハトネも。逆に、私が幸せにならない方が心配を掛けちゃってるみたいだな。はあ‥‥ふふっ、はは‥‥あはははは!」

いきなり笑い出したクリュミケールを、カシルは驚いて見るしかなかった。

「昔だったらこんなことで悩まなかったのにな。なんでこんな考えすぎるようになっちゃったんだろう。シェイアードさんの時は、けっこう素直に生きれたんだけどなぁ」

そう言いながらクリュミケールはカシルに振り返り、

『いつかオレ‥‥大きくなったら強くなって、お姉ちゃんより強くなって、必ずあなたの隣に立てるような人間になるよ』

あの日の少年の言葉を振り返り、

「今でもわからない。なぜ私はあの遺跡で過去に行けたのか‥‥果ての世界、未来に飛ばされた時は創造神の力だったらしいけど‥‥」
「創造神が封印されていた遺跡があの遺跡‥‥俺達の故郷。君が過去に飛ばされた時、俺達の知るハトネは様子がおかしくなったらしいな。神としての力を取り戻しかけていたんだろう。今となっては憶測しかできないが、ハトネの力だったのかもしれないな‥‥過去の創造神が、君に助けを求めたのかもしれない」

カシルの言葉を聞き、実はクリュミケールもその考えをしたことがあった。
封印されていた創造神、そして自分達の時代にいたハトネ。
ハトネが過去の自分を救う為に、クリュミケールを過去に飛ばしたのだろうか‥‥
いろいろな予想をクリュミケールもしていた。

「でもそのお陰で、俺とシュイアは君に出会えた。色々絡み合って、シュイアはリオラと出会った。不思議な話だけどな」
「そうだな」

クリュミケールはカシルの後ろを歩き、

「‥‥何回か言ったけどさ、ずっと待っていてくれて、ありがとう」

そう、彼の背中に投げ掛ける。カシルはただ、

「俺が勝手に待っただけさ」

それだけを言った。
百年以上生きたカシルの人生。そんな長い時の中で、ずっと待っていてくれた。
自分自身の幸せを掴まずに、待っていてくれた。


ーー買い出しを終え、昼下がりのニキータ村に二人は戻る。
家の中ではまだ、ロナスが暴れているのだろうかとクリュミケールは思い、

「あのさ」

と、家の扉に手を伸ばしたカシルを呼び止めた。彼は不思議そうにクリュミケールに振り向く。

「私もカシルのことが好きだよ」

クリュミケールはそう口にした。カシルはじっとクリュミケールを見て、

「そうか。どうしたんだ、いきなり?」

なんて、なんでもないような笑みを返してきて、

「‥‥あれ?」

あまりにもカシルの反応が薄いので、クリュミケールは首を傾げる。

「‥‥?よく言ってるじゃないか。アドルにもキャンドルにも好きだと。シュイアやレイラにも」

カシルがそう言って、家族や友としての好きだという意味に捉えられていることに気づいた。

(なるほど。まあ、仕方ないか。今までの私の責任だな)

クリュミケールは苦笑する。

「そうじゃなくてさ。今までちゃんと考えてなかったんだ。さっき言ったように、自分のことを全然。だから、ちゃんと考えた。あなたの今までの行動を思い返して、ちゃんと考えたんだ」

ゆっくりとカシルの前まで歩き、彼の両手を握った。

「私はシュイアさんやシェイアードさんのことが好きだった。でも、カシルはずっと私を守ってくれていた。誰よりも待っていてくれた。私の大切な親友を大切にしてくれた。本の世界や神の塔、いろんなところで背中を押してくれた。幼いあなたは勇敢にサジャエルに立ち向かおうとした。約束をしてくれた‥‥私はそんなあなたの行動から目を背けていたのかもしれない。レイラが‥‥あなたのことを本当に愛しているのを知っているから」

かつて、レイラは自分よりもカシルを選んだ。
死に際も、リオの姿を目に映しながら、カシルの名を呼んだ。
レイラのカシルへの愛を、あの苦しかった日々の中、近くで見てしまったのだから。

「だから、カシルはレイラと結ばれるべきなんだと私はずっと思っていた。レイラが‥‥初めての親友が幸せになる姿を見たいって思った‥‥はは、勝手だろ?」

クリュミケールは苦笑する。

「でも、違ったんだな。レイラは‥‥自分の道を進むことにしたんだな。女王としての道を」

不思議そうにこちらを見ているカシルに困ったような笑みを返した。

自分は逃げていただけなのだろう。
シュイアが、リオラが、レイラが、シェイアードが、ハトネが‥‥
他の誰かのことばかりを考えて、カシルの気持ちも自分の気持ちも心の片隅に追いやっていた。
『ニキータ村では皆、家族』‥‥その言葉に、甘えていた。

「これからは私も未来を見るよ。シュイアさんやレイラや皆の幸せを願い、アドルとキャンドルとあなたと一緒に生き、そして、家族が‥‥カルーがいつでもここに帰って来れるように、生きる」

それを聞いたカシルは黙ってクリュミケールを見つめ、それから安心するような笑みを浮かべた。それから、クリュミケールは俯き、

「でも‥‥もしリオラが私より先にいなくなってしまったら‥‥その時、私はまた、未来から、幸せから逃げてしまうかもしれない。だから、もしそうなることがあれば‥‥」
「わかっている。俺が傍にいる。背中を押してやる。君が今まで誰かの背中を押してやったように、今度は俺が、そうする」
「‥‥」

クリュミケールは握ったままのカシルの両手を離し、彼の前から一歩下がる。
それから、思い出した。初めてちゃんと恋をした日を。あの日の気持ちを。短かった、シェイアードと過ごした、幸せな時間を。

そして、その気持ちが今、ここに在ることを感じる。

いつからーーかはわからない。
嫌いな時、憎い時だってあった。
初めての友達を奪っていったこの男を恨んだ日もあった。
敵か味方かわからない動きばかりをする。
だが、レイラのことを利用しながらも、彼女の願いを本当に叶えようとしていたことがわかった。
対峙した自分のこともハトネのこともフィレアのこともラズのことも傷つけはしなかった。

幼い彼がサジャエルに叫び、シュイアに叫んでいた姿が勇敢で、カッコいい男の子だと思った。

だから、いつからなのか、本当にわからない。
いつの間にか‥‥なんて、曖昧なものなのかもしれない。
今思えば、シェイアードの時もそうだった。
いつの間にか‥‥だった。

クリュミケールは顔を上げ、

「あの日の約束はとっくに果たされている。カシルは私の隣に立てるような人だよ。今思えば、初めて出会ったあの日から、ずっと。むしろ、本当にレイラじゃなくていいのか‥‥私なんかでいいのかわからないけど‥‥今は、シェイアードさんよりも、シュイアさんよりも、そしてきっとレイラの想いよりも、私はカシルのこと‥‥大好き!」

そう、笑顔で言って、クリュミケールは扉を開け、先に家に入ってしまった。
言葉の意味を理解するのに時間が掛かったカシルはその場に呆然と固まってしまい、数秒してから顔を赤くした。


「はぁ‥‥結局こうなんのかよ。なーに見せられてんのやら」

二階の窓から二人の様子を見ていたロナスが呆れるように言い、

「いっ、今のって、クリュミケールさんもカシル兄さんが好きってこと!?男の人として好きってこと!?ねえねえ!」

アドルがロナスの羽をぐいぐい引っ張りながら聞いて、

「痛えよ羽を引っ張るな!ガキかよ!!あっ、ガキだったな!」
「ねっ!リウスも聞いたよね!クリュミケールさん、カシル兄さんが好きだって!」

窓際に置かれた少女の人形に嬉しそうに話すアドルの姿を見て、

(‥‥ったく。こりゃあ、こっちの方が前に進めてねーんじゃねーか?まあ、リオちゃんのことだ。気づいてんだろーなぁ)

ロナスはそう感じる。
今度はロナスがアドルの短いしっぽ髪をぐいぐいと引っ張り、

「おいアドル坊や、とりあえず下に行って茶化しに行こうぜー」
「痛ぁっ!?髪を引っ張らないでよ悪魔!」

騒がしいそんな声を聞きながら、キャンドルは昼食の準備をしていたが、

(こりゃ、もっとご馳走作るべきだったか?‥‥ハトネ。お前の大事な王子様は、ちゃんと前に進めそうだぜ)

と、思わず含み笑いを浮かべてしまう。外で話すクリュミケールとカシルの声は家の中まで丸聞こえだった。

「ただいまー。キャンドル、買い出し終わったよ」

何事もなかったようにクリュミケールが家の中に入って来て、少ししてから居心地が悪そうな顔をしたカシルが入って来る。

キャンドルはニヤニヤしていて、なぜかロナスに引っ張られながらアドルが来て‥‥

「まっ、待ってくれクリュミケール!」

すると、後ろからカシルに呼ばれ、クリュミケールやその場にいた三人が彼を見ると、

「俺はまだ君に好きだと言ったことがない。それこそ、今更なのかもしれない‥‥シェイアードやシュイアには、敵わないと思っていたから。だから‥‥ちゃんと言いたい」

言われて、確かに面と向かって言われたことはなかった。そういう言葉を口にはせず、違う言葉で想いを伝えられたのだから。
クリュミケールは困ったように笑い、カシルの言葉を待った。
アドルとキャンドルが見守り、ロナスは呆れるような顔で見ていた。

「俺はーー‥‥」


大切な人が隣に居て、大切な人達が傍らに居る。
それはとても贅沢で、かけがえのないもので、素晴らしいことだった。

(カルー‥‥私の、弟。君といつか暮らせる日を私は待ってるよ。それから、クレスルドもレムズもロファースも‥‥何処に向かったのかは知らないけど、幸せにな。また、何処かで会えたらいいな)

彼らをまだ深くは知らないけれど、彼らがようやく幸せを手に入れた‥‥と言うことだけはわかるから。
だから、いつか、また。
そしてーー‥‥

『オレの役割はもうお仕舞いだ。また‥‥この空間の渦を漂うだけの亡霊だから』

そう言っていた父。意味はわからないが、ロナスは彼を【空間の渦の守人】と称した。
空間の渦は【世界の心臓】の核が在った場所。
未だ、謎に包まれた場所だ。
いや、ザメシアに紅の魔術師、ロナスは知っているはずだ。

(父さん‥‥あなたはずっと、そこにいなければいけないのか?サジャエルの元に‥‥いくことはできないのか?)

欠けたものが埋まるのは、まだ先だ。
一抹の不安を抱き、クリュミケールはニキータ村で生きる。

いつかアイムが言ってくれたように、ここがクリュミケールが安心してゆっくりと眠れるような、綺麗な、美しい場所なのだから。



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