クレスルドはフードを深く被り直し、もう動かない‥‥眠ってしまったロファースを見つめ、意識を失ったままのレムズに目を遣り、

「‥‥レムズ君、せめて君だけは」

そこまで言ってクレスルドは言葉を止める。
レムズが小さく呻いて、うっすらと赤い瞳が開かれたのだ。

「‥‥ロファ、ス‥‥は」

レムズがそう言えば、クレスルドは首を静かに横に振る。
体を起こし、レムズはゆっくりと立ち上がった。地面に横たわり、まるで眠るように死んでいるロファースを見つめる。

「さっき、視えたんだ。俺が死ぬ光景が視えた」
「!?」
「ロファースやお前に出会わなくても‥‥エウルドスはエルフの里を襲っていた。そして、その中で俺も死んでいたんだ」

レムズは悲しげに笑い、

「ロファースとお前に出会わなければ‥‥俺は死んでたみたいだ‥‥はは、俺はお前達に、命を救われたんだな‥‥」

未来を見通す力は、起こり得なかったものも視えるのかとクレスルドは驚いた。

だが、そんなレムズの言葉を聞き、ずっとずっと、思い悩んでいたこと。
ロファースとレムズと出会ったことは、決して、間違いじゃなかったんだと、クレスルドは気づけた。

「‥‥僕はね、ロファース君の言っていた夢の話を信じてみようと思います」
「え?」
「神様の女の子がいつか、ロファース君を救ってくれると言う話」

クレスルドの言葉にレムズは目を細めた後で、柔らかく微笑みを返す。

「そう、だな。俺も信じてみる。俺たち三人は、親友だもんな!」
「はは‥‥親友、ね。友達と親友って、何が違うかよくわかりませんけどねぇ」

くすくすとクレスルドが笑い、

「俺もよくわかんないけど、満更でもないだろ?」

レムズも悪戯げに笑った。

そして、

「え‥‥」

と、クレスルドは呟く。

急に景色が変わったのだ。
光が満ち溢れた空間に‥‥ロファースもレムズも居ない‥‥

「信じてくれて、ありがとう」

背後からそんな声がして、クレスルドは振り返らずに、

「やはり、君か」

と、言った。

「久しぶりだな、紅の魔術師」
「‥‥君の娘、か。本当に、君の娘はロファース君を助けてくれるのか?救えるのか?」

その問いに微かに笑って、

「必ず。この子がいつか、この空間の渦からいつかの時代に流れ着いて、大きくなったらきっと君と巡り会う。全てが始まったフォード国に、きっと、この子も惹かれるだろう。紅の魔術師‥‥クナイの遺志を引き受けて、フォード国を見守ってくれて、ありがとう」

それにクレスルドは、

「君達を欺き苦しめた僕にまた礼を言うのか。君達はどこまで馬鹿なんだ?」
「オレも、ケルトもラリアも、レナもクナイもレーナも皆も‥‥もう、お前を憎んでなんかないよ。だって君は、フォード国を見守ってくれている。たとえお前のフォードを美しいと思うその心がクナイの感情だとしても‥‥それは紛れもない、お前さ」

穏やかな声だった。きっと声の主は微笑んでいるのだろう。

「フォード国でロファース君に出会った。あの国はどこまでも、始まりを生み出す場所だな」

クレスルドは呟く。

「‥‥紅の魔術師。お前に忠告だ。もうすぐ、狂った彼女が行動を起こすーーいや、もう起こしている。そして近い未来、神々とザメシア様が‥‥動く」
「‥‥ザメシアが?彼はやはり、どこかに身を潜めているのか?ならなぜ‥‥今まで動かなかった‥‥?」

クレスルドが疑問げに聞けば、

「ザメシア様は優しい王だ‥‥今も悩んで、苦しんでいると思う。でも、もし時期が合ってしまい、この子とザメシア様が同じ時代で出会ってしまったら‥‥神々は動き、ザメシア様も行動を起こすはずだ‥‥それぞれが、過去の因縁を抱えて争うはずだ」

青年は悲しそうな声でそう話した。クレスルドは俯き、それからやっと、青年の方に振り返った。振り返って、微笑む水色の目を見た。

「その子の名前は?」

眠る少女を見つめて聞けば、

「この子はーーリオ。彼女はこの子を忘れてしまったけれど‥‥そしてもう一人、護れなかった息子‥‥名前すらあげられなかった子。その子も、リオと同じ時代に流れ着いてくれたら‥‥どんなにいいか‥‥」

青年は遠くを見て言う。

「君は本当に馬鹿だな、神なんか愛さなければ良かったのに」
「そんなことないさ。オレは皆が大好きだった。だから、彼女を愛せて本当に良かった。それならお前だって馬鹿だろ?妖精王‥‥ザメシア様を愛しちゃったなんてさ‥‥くくっ、あーあ‥‥もっと早くわかってたらなぁ」

迷いのない笑顔と言葉を見せる青年に、クレスルドはもう、何も言うことはなかった。

神を愛した彼と、神を憎んだ自分。
真逆の、存在だ。ただ、

「‥‥リオ、約束だ。いつか救ってくれ。僕の罪で苦しめてしまった彼を。僕の記憶を‥‥命を喰ってくれてもいい‥‥」

クレスルドは眠る少女の小さな手を握り、祈るように囁いた。

「リオは絶対に、約束をちゃんと守る子に育つから。だからリオ、初めての約束だ。紅の魔術師と、お前の」

クレスルドにはその光景が馬鹿みたいに思えた。
たとえ神の子だろうと、相手はただの子供だ。
そんな子に、何をすがろうと言うのか‥‥何を望もうと言うのか‥‥
ただ、そうなったらどんなに面白いだろう、どんなに‥‥素晴らしいのだろうか。

「君はこれからも、この空間に縛り付けられるのか?」
「そうだな‥‥」

目を伏せる青年に、クレスルドはシャラッ‥‥と、何かを取り出して青年の前に見せた。
赤い石に、白い羽がついたペンダントを。

「それ、イラホーの‥‥」
「あの日、偶然僕が拾ってね。チェアルに預けていた‥‥これで、奴を誘き出す」

言われて青年は、

「‥‥来るだろうか?」

と、少しだけ不安そうに言う。

「狂ってしまった以上、賭けになるが‥‥君のさっき言った愛が本物ならば、きっと」

クレスルドが言って、青年は表情を暗くしたまま何も言わない。
だから、クレスルドも背を向けた。背を向けて、

「ありがとう、英雄」

そう言った。

「‥‥うん。じゃあ‥‥オレが責任をもって、お前の友達を、見守るよ」


ーー‥‥意識はその場に戻される。
目の前にはレムズが居て、動かなくなったロファースがいて‥‥
すると、ロファースの体が淡い光を放ち、光が激しくなったと同時に、ロファースの姿は跡形もなくなってしまった。

「えっ!?なっ、なんで‥‥!?ロファース!?」

驚きのあまりレムズが叫ぶと、

「わからないけど、たぶん‥‥神様の女の子のところに行ったんだと思う」

クレスルドにも確かなことはわからないが‥‥

(いつかリオが来るその日まで、僕らには何も出来ないのだろう‥‥)

そう、思った。

「さてと。じゃあ、レムズ君。君ともお別れしようか。チェアルの所まで送るよ」
「へ?」

クレスルドの言葉にレムズは疑問の言葉を返す。

「僕らの物語は、これで一旦おしまいだ。僕にはまだやることがある」
「物語?なんか大袈裟だなぁ」
「ふふ。僕の用事が済んだら、必ず会いに‥‥」

クレスルドはそこまで言って言葉を止め、ばっ!と、後ろに振り返る。

「おやおや‥‥やはり、エウルドスに潜んでいましたか」

そう、嘲笑を込めながら言って、

「道を開く者」

姿を確認し、そう呼んだ。
レムズはその光景に目を疑っていた。
目の前には、幻想的とも言えよう、長い銀髪‥‥赤い瞳‥‥
天女のようなふわふわと風になびいている衣を身に纏った、美しい女性が居たのだ。

「ふふ。久しいですね、紅の魔術師。とてもとても、懐かしい」

女性は綺麗な声で言う。

「ええ‥‥僕もとても懐かしい。何百年振りですかねぇ」
「なっ、何百!?」

クレスルドの言葉を聞いて、レムズは驚いた。

「紅の魔術師よ。貴方の力が借りたくて、私は貴方を引き寄せる為に事を起こしたのです」
「‥‥なぜ、エウルドスだった?」

クレスルドはそう聞く。

『私は子供の頃、神に古びた文献を与えられました。それは人を強き存在ーー魔物に造り変えるという、子供の私にはとても興味深い文献でした。そして神がその秘薬を与えてくれたのです!』

先程のエウルドス王の言葉。
与えた神とは、今、目の前にいる女性なのだ。
エウルドス王国を魔物の巣窟に仕立て上げる発端となった、黒幕と言える。
なぜ、エウルドス王国を選んだのか‥‥

「別に‥‥どこの国でも良かったのです。ですが、貴方も知っているでしょう?エウルドスは何時の時代も力を求めていた。だから利用しやすい‥‥」

女性はそう言い、静かに笑って、

「簡単に、エウルドスはかつてのアシェリアの悲劇を作り出してくれました」

それにクレスルドは、

「目的はなんだ」

酷く、冷たい声で尋ねた。

「【見届ける者】を目覚めさせたいのです」
「【見届ける者】を?」

クレスルドはそれを知っていた。
遥かな昔、【道を開く者】である女性は【見届ける者】をその身に宿し、産み落とす運命にあると言われていた。

「ああ‥‥さっきの‥‥眠る、お前の娘か」

クレスルドが女性を睨みながら言えば、

「娘?なんのことです?私には子などいはしませんよ」

などと女性は言って‥‥それにクレスルドはため息を吐く。

(狂ったままなのか)

‥‥と。

「では、創造神とザメシアはどうなった?」
「ザメシアはわかりません。最早、ザメシアとしての気配は誰にも掴めない。どこに潜んでいるかさえも‥‥賢い王ですからね‥‥創造神のことは、追々話しましょう」

そこまで聞き、

「さてと。残念だが、誘き出されたのは貴女ですよ、【道を開く者】‥‥サジャエル」

いつものように笑った。
それに対し、道を開く者ーーサジャエルと呼ばれた女性は目を細めてクレスルドを見る。

「僕はわざと封じていた自身の力を周囲に放った。そしてこれだ」

赤い石に、白い羽がついたペンダントを取り出し、それをサジャエルに見せつけた。

「‥‥っ!それ、は‥‥うっ」

サジャエルは急に苦痛めいた表情をし、頭を抱える。

「忘れたとは言わせない。これはイラホーが彼に手渡したもの。そう、彼がずっと肌身離さず身に付けていたもの。お前は僕の力以上に、これに惹かれて僕を見つけたんだ」
「彼‥‥?なんだ、なんのことだ‥‥」

サジャエルはぶつぶつと呟いている。

「愛まで忘れてしまったのか、お前は」

クレスルドは冷めた声で言った。

「ふ、ふふ‥‥意味のわからないことはどうでも良い。そう、愚かな創造神‥‥厄介な封印されし神をあの日消滅させようとしたのに、彼女は別の時代に逃げた。結局見つからない。だから私はリオラを使って世界を滅ぼすのです、いつかの時代に生まれるリオラの器を待って‥‥」

そのサジャエルの言葉に、

(逃げた創造神?リオラ?器?)

クレスルドにはわからないことばかりであった。

(確か、彼はあの子をリオだと言っていた。リオラ‥‥?)

疑問を感じていると、

「うっ‥‥器‥‥世界の、終わ‥‥り?」
「ーー!」

隣に居たレムズが何かを呟くので、クレスルドは慌てて視線を移す。

「レムズ君?また何か‥‥?」
「わからない‥‥わからないけど‥‥この人を見てると、いろんなことが頭の中に‥‥世界が、滅ぶような、そんな、光景が‥‥」

それを聞いたクレスルドは、

「‥‥邪魔するものを排除しろ。リオラの器を見つけろ。かつて世界を滅ぼそうとした、云わば今は同志である僕にだからこそ、そんなことを頼みたいんですね?」

クレスルドの言葉に、取り乱した素振りであったサジャエルははっと目を見開き、それからやんわりと微笑んで頷く。

「わかりました。手伝いしましょう、面白そうですしね」
「え?」

当然、レムズはクレスルドを見て驚くように目を見張った。

「‥‥ふふ、ふふ、さすがです、紅の魔術師。貴方ならそう言ってくれると信じて‥‥いいえ、解っていました」

サジャエルは満足そうに笑う。

「サジャエル。少し席を外して下さい。この子と話がしたい」

クレスルドはそう言ってレムズを見た。

「いつか滅ぼすと言うのに?まあ良いでしょう、貴方の力を借りれるのならば‥‥」

それだけ言って、サジャエルは姿を消した。

「どういうことだよ、何、言ってんだよ、お前っ!?今の女はなんだ!?」

レムズは疑問の表情を浮かべ、クレスルドの腕に掴みかかりながら叫ぶ。

「レムズ君」
「なんなんだよ、お前、良い奴なんだろ!?」
「レムズ君」
「嘘だったのか!?ロファースのことも騙してたのか!?世界を滅ぼすって、なんだ!?」
「レムズ君‥‥」
「わかんねぇよ!!なんでこんなことに巻き込まれたんだ!?俺はなんで、村を、ロファースを、失わなきゃいけなかったんだ!?なんで、なんで‥‥なんで夢じゃないんだ‥‥?なんで、現実なんだ‥‥?」

それからレムズはその場に膝を落とし、泣きじゃくった。

「‥‥ね?それが、君の本音です。そう、君は巻き込まれた‥‥だから、夢にしてあげましょう。僕のことも含めて‥‥」
「は‥‥?」

そう言ったクレスルドの手が淡く光ったのを見て、レムズは首を傾げる。

「レムズ君‥‥君は、こんな世界が好きですか?」

聞かれて、レムズは目を丸くした。
世界が好きかどうかなんて、考えたことなどないのだから。

「知るかよ、そんなの。嫌なことが多くて‥‥でも、最近は良いこともあった。だから、これからも、何か良いことがあればいい‥‥なんて、さっきまでは思ってたよ!でも、ロファースはいなくなっちまうし、お前は‥‥っ。こんな世界‥‥こんな世界‥‥」

レムズの言葉を聞きながら、クレスルドは静かに目を閉じる。

ーーレムズは考えた。
ロファースと出会ったことを。
目の前の男と出会ったことを。
チェアルの本心を、もしかしたら、自分の両親は自分を愛してくれていたかもしれないと言う話を‥‥
それは希望だった。
何もかもから拒絶されていたレムズにとって、初めての希望‥‥未来だった。だから‥‥

「こんな世界‥‥俺は、大好きだよーー!」
「ーー!」

その言葉を聞いたクレスルドの手がピタリと止まる。

「そうか‥‥レムズ君。君は間違えなかった」
「何を‥‥」
「君が好きだと言った世界‥‥だから、護りましょう」

ぽんっ‥‥と、レムズの頭に軽く手を置き、

「君に、幸せな夢を。僕は欠けるけれど‥‥それでも」
「ーー!?やめろ、何する気だ!」

わからないが、レムズは嫌な予感がして、淡く光るクレスルドの手を払い除けようとしたが、

「本当に、さようなら。次にもし‥‥もし出会えば、敵かもしれない。でも、形はどうあれ、僕は君の味方だ、親友だ。世界を護るために、僕は‥‥行くよ」
「やめろーー!俺は‥‥!」

その叫びを最後に、辺りはしんと静まった。



*prev戻るnext#

しおり


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -