それは再びの孤独の始まりだった。
ロファースやレムズに出会うまで、クレスルドはずっと独りだったのだ。

(帰りましょうか‥‥)

クレスルドはレムズを抱き抱え、転移魔術を唱える。

ーー着いた場所はボロボロになったエルフの里。
亡骸がそのままだったことを思い出し、クレスルドはレムズを抱えたまま、里に足を進めた。

‥‥だが、途中で立ち止まる。
里の中に、エルフ達の亡骸がなかったのだ。

「‥‥ふん。チェアルか。相変わらず、行動が早いな」

察して、クレスルドは苦笑する。

「だが‥‥チェアルはどこに?」

くるりと振り返り、クレスルドは尋ねた。
振り返ればあの城でレムズと共に居たエモイト兵ーーリンドが立っていたのだ。

「貴方が必ずレムズを連れてここに来る‥‥そう言われて待っていた」
「‥‥チェアルに?」

それにリンドは頷いて、

「チェアル殿は今しがた、亡くなった‥‥」
「‥‥まさか」

クレスルドは何かを察する。リンドが纏っている雰囲気をだ。

「私はガランダと相討ちになった。死の間際で‥‥チェアル殿が現れた」


◆◆◆◆◆

「皆、己が戦いを終えて行くのじゃな」
「‥‥あな、たは‥‥」

それは、先刻のエウルドス王国での出来事。

「のう、リンドよ。お主はまだ、死にたくはないじゃろう?」

チェアルの問いに、

「‥‥わから、ない。だが、もう、楽に‥‥なりたいのかも、しれない‥‥」

リンドは体を巡る痛みに目を閉じようとした。

「お主はまだ若い。わしはお主に頼みがあってここに来たのじゃ」
「頼、み?」
「わしは昔からエモイトを信じておるーーそう言ったじゃろう?レムズを見て偏見を示さなかったお主に‥‥託したいのじゃ。わしの力を」

チェアルの言葉の意味がわからずに、リンドは目を細める。

「わしは疲れてしまった‥‥エルフの長の長きに渡る命に。ましてや、皆‥‥エウルドスに奪われてしまった。わしにはもう、なんの力も残されてはいない。だが‥‥」

チェアルは言葉に力を込め、

「レムズがまだ生きておるのだ。まだ年若いレムズが。今後、わしは奴を守ってやれる自信がない。ましてや、紅もずっとレムズの傍には居られない‥‥じゃから、お主に託せないであろうか?里と、レムズを‥‥」
「‥‥」

リンドはいきなりの壮大な話にただ、耳を疑っていた。

「それは‥‥私がエルフの長‥‥あなたの代わりになれと言うこと、ですか?」
「そうじゃ」
「何を、馬鹿な‥‥」

本当に、馬鹿げた話にしか聞こえない。

「お主は正しい人間じゃ。真っ直ぐな、人間じゃ。無人となった里じゃが、わしには大切すぎる場所なのじゃ。同族達が眠る‥‥そしてもうじき、わしも眠る場所となる」
「まさか‥‥」

リンドは何かを察し、

「寿命‥‥なのですか?」

それにチェアルは微笑んで頷いた。

「エルフの寿命は三百年程。じゃがわしは、本当はもっと昔の存在なのじゃ。世界が一度壊れた時に、わしらエルフは時の流れに呑み込まれた。流れ着いた先が、二百年程前のこの世界だったのじゃ」

チェアルは懐かしむように、遠くを見て言う。

「紅だけが‥‥全うな刻をたった独り‥‥あの時代を背負って生きていた。じゃから友に、伝えてはくれぬか?わしの意志を。そして受け継いでくれぬか?世界を愛する人間よ」

リンドは答えが出なかった。世界が壊れただの、紅だの‥‥
わけのわからないことばかり。
ただわかることは、チェアルが本気だということ。

「私は、何をすれば、いい?」

それを聞いて、チェアルは小さく礼を言う。

「目を閉じるだけで良い。わしの力を、お主に全て移す。エルフの魔術と、命と‥‥僅かな記憶を」

頭の中にチェアルの声がこだました。

そして‥‥

アシェリア帝国、神々の存在、世界の終わり‥‥
チェアルが目にして来たことが、リンドの脳裏を駆け巡る。


ーー紅よ、友よ。

ザメシアがいつか、全ての憎しみや恨みを背負い、世界を滅ぼすかもしれない。
神々がいつか、世界を滅ぼすかもしれない。
それは、恐らく遠くない未来じゃ。

わしの寿命が来た。
エルフは途絶えてしまうであろう。
残されたのは、ハーフであるレムズ。
そしてわしの意志を与えたと言えど、人間である新たなエルフの長‥‥

これから彼らがどんな未来を創るのかはわからない。里がどうなって行くのかはわからない。

だが、わしは信じた。
信じて託した。

僅かしか話したことの無い人間を信じるなんて馬鹿馬鹿しいのかもしれない。じゃが、時間が無かった。
賭けるしか、なかった。
そして受け継いでくれたこの人間の若者に、わしは祝福を贈ろう。

‥‥紅よ。
どうかレムズを見守ってやってくれ。
そして紅。
お前もいつか幸せになるのだ。

わしはこの里に、大地に還ろう。
きっとそこで、彼等に出会える。
懐かしい、英雄達や、友たちにーー‥‥


◆◆◆◆◆

リンドはチェアルから託された言伝てをクレスルドに伝え終えた。

(馬鹿め‥‥どうして早くに寿命のことを言わなかったんだ‥‥)

クレスルドはギリッ‥‥と、歯を軋ませて、

(知っていれば、僕はお前やレムズ君を巻き込まなかったのに。最期の刻を、邪魔しなかったのに‥‥)

だが、レムズは視ていた。
巻き込まれなくても、エウルドスはエルフの里に攻めこんでいたと‥‥
そうだとしても、別の平穏を、与えてやれたかもしれなかった‥‥

「‥‥不思議な光景だった」

不意に、リンドが言う。

「チェアル殿の転移魔術により、私とチェアル殿はこの里に来た。私に力を委ねて‥‥立つことがやっとのチェアル殿は何か呪文を唱えていた。すると、無惨なエルフ達の亡骸が淡く光って‥‥そう、チェアル殿と共に、空に浮かんで消えたのだ」
「チェアルは最後の力で、仲間と共に還った‥‥と言うわけか」

クレスルドは息を吐き、

「それで?君はこれからどうするんです?」
「本当に、まだ訳がわからない。自分がチェアル殿の力を受け継いでいるのか‥‥人間で、なくなってしまったのか」

リンドは呟き、

「でも、紅の魔術師。チェアル殿や貴方が生きた時代を‥‥私は目にした」
「‥‥レムズ君を頼みましたよ」

クレスルドはリンドの言葉に首を振って、抱えていたレムズを地面に寝かせる。

「貴方が居てやるべきではないか?」
「彼は、もう僕を忘れてしまいました。それに、僕は行かなければ‥‥」

クレスルドは言って、

「レムズ君の記憶を少々いじりました。目覚めたら、いろいろと彼の記憶は曖昧になっているかもしれないが、どうか話を合わせてやって下さい。レムズ君の幸せの為にも」

そう言った後でクレスルドが転移魔術を唱えようとしたので、

「貴方達はエウルドスに最後まで居たのであろう?そこに‥‥他に誰か居なかったか?」

リンドの言葉にクレスルドは振り返り、

「レムズ君が言っていた‥‥ディンオ、という方ですか?それともイルダン?」

「‥‥その二人だ。ディンオは、私の弟なんだ」

クレスルドは深く深く息を吐いて、

「二人の姿は確認していません。それに、エウルドスはね、エモイト国も‥‥消し飛びましたよ。跡形もなく、とある女神によってね。説明は要らないでしょう、君の中にチェアルの記憶があるならば」
「‥‥っ」

リンドは言葉を詰まらせた。もう、二人が生きている望みは‥‥ないのだと。

「人は、たくさん喪うものです。それを乗り越えて、君はきっといつか、手に入れるでしょうね、自分の人生の意味を」
「それはーー」

どういう意味だ?
聞こうとした時にはもう、クレスルドの姿は消えていた。どこへ行ってしまったのかもわからない。
目の前には気を失ったレムズ‥‥そして、静かな里に立つ自分だけだった。


〜 七日目〈終〉〜



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