ギンッーー!ガンッーー!

先日のあの戦と同じように、リンドとガランダは剣と剣をぶつけ合う。

「これ以上、貴様らエウルドスに世界を弄ばせるわけにはいかぬ‥‥!」

リンドのその叫びを、ガランダは大いに嘲笑った。

「我らが王の為にも、我らエウルドスは世界を破壊し、破壊し、破壊して、全てエウルドスが手に入れるのだ!」
「そんなことのためにっ!」

そんなことのために、数々の国や村は犠牲となった。エモイト王も‥‥
そして各大陸の勢力を減らした時には、エウルドスだけが世界に残り、君臨しているのであろう。
そんなことを望む理由がリンドには到底理解できない。力を持った者の身勝手な傲慢なのであろうか‥‥
ただ、同じ大陸に在る国として、騎士の誇りとして‥‥リンドはエウルドスの無差別な戦乱の撒き散らし方が赦せなかった。

「子供達さえ幼き日から剣を握り、世界を、国を滅ぼす駒として動く人形に育て‥‥心が痛まないのか?子の笑顔が無い貴様らの国に‥‥」

そう、昔からエウルドスには謳い文句があった。


ーーエウルドス王国。
世界の南方に位置した緑豊かな大陸である。

この王国は大規模な繁栄を長きに渡り築いてきた。
大陸自体も豊かである為、作物は育ちやすく、国の者達も生活に困ることなく裕福に暮らしている。

だが、決して平和なわけではない。

裕福な大陸、裕福な国の為、度々他国に狙われ、日々、戦は絶えないのだ。

その為、エウルドス王国には優秀な騎士が多数育っていた。

この国では幼い頃から男性は剣の技を身に付け、年齢関係なく、十代と言う若い歳のものもいれば、五十代と言う幅広い層で騎士達を育てている。


‥‥そんな、嘘にまみれた謳い文句。
確かにこの大陸は緑豊かだ。
昔は確かに裕福な大陸のため、度々他国に狙われていたこともあると書に記されている。だが、それは同じ大陸であるエモイトも同様に。

だが、今はそんなことはない。そんなことで戦など起きてはいない。戦が絶えない理由‥‥

それはエウルドスが無差別な戦乱を撒き散らすせいなのだから。
それさえなければ、本当は子供達が剣を握る必要は無いのだ。それなのに‥‥

「我らの在り方はエウルドス王の願い。ならば王のために戦うこと‥‥それが全ての国民ーー貴公が言う、子供らの幸せでもあるのだからな」

ガランダの言葉が理解できなかった。
むしろ今の言葉には恐怖を感じる。
まるで、血も涙もない、化け物のようだ。

「‥‥私がまだ幼かった頃、隣国のエウルドスの‥‥貴公の噂をよく耳にしていた。とても、立派な騎士であると。だが、いつからだろう、エウルドスは戦乱を撒き散らす国となった‥‥」

リンドは呟くように言い、

「私は‥‥貴公に憧れて騎士を目指したのだ。数々の輝かしい栄光に満ちた、貴公のようになりたくて‥‥だから先日の戦で貴公と初めて対峙し、剣を交えることが出来たこと‥‥私はそれを誇りに感じるはずだった‥‥なのに」

ギンッーー!

大きく剣を前に振り、ガランダの方へ向ける。

『貴公らエモイトの部隊が我がエウルドスに攻め込む準備をしていることは調査済みだ!そちらがこちらに攻め入る前に先手を取りに来ただけのこと!』

あの日、ガランダは戦地でそう叫んだーーだが‥‥

「貴様は我らが王を卑怯な手で亡き者にし、そしてあの日の戦‥‥我らエモイトの部隊がエウルドスに攻め入る準備をしているなどと言ったな。あの時は何も言わなかったが‥‥あれは貴様らエウルドスが仕掛けた戦だ!そう、真逆であろう!貴様らが戦を仕掛けに来ること‥‥それを我らは耳に入れた!」

リンドがそう声を荒げると、ガランダはまた笑い出す。

「あの戦には新たな騎士も参戦していたのだ。ならば、そう言った方が彼らもなんの疑問も迷いもなく、エモイトを敵と見なして戦えるであろう?まあ、どちらも失敗作であったが」

新たな騎士ーー。リンドはあの赤髪の若き騎士を思い浮かべた。

「‥‥私は剣を持って貴様を、エウルドスを打ち砕く!これ以上‥‥戦乱を巻き起こさない為にも!」
「ククッ‥‥よかろう。ならば‥‥」

ガランダの不敵な笑みに、一瞬背筋が凍る。
まるで、目の前の空間が歪んだのか‥‥そう思う程にガランダの周りを霧のようなものが包み込み‥‥見る見る内に、彼の体は変形していく。
口は裂け、牙のようなものがむき出しになり、体中に毛が逆立つ‥‥
それは、獣だ。
狼の姿にとてもよく似た‥‥
だが、足が六本伸び出して、尻尾のようなものが二本‥‥真っ赤な目‥‥銀色の毛に覆われた、獣だ。

それを見たリンドは言葉を失う。

「どうした?ああ、この姿か?」

獣が笑いながら話す。その声はガランダそのものであった。

「これは我らが王から与えられた力だ。そう、この姿は神の兵。いずれ世界に君臨する者の姿だ」

リンドは目を見開かせたまましばらく硬直していた。
神の兵ーーなどと言うが、それはもうただの化け物でしかなくて‥‥
それはまるで、古の書にある魔物のような姿だった。


◆◆◆◆◆

クレスルドとレムズは玉座の間を探していた。
ロファースを王に会わせることが目的なのだ。ならば、恐らくそこしかない。

「この長い階段の先がっ‥‥本当に?」

先の見えない階段を駆け上がりながらレムズが言えば、

「わかりませんが‥‥僕が昔いくつか訪れた城もこんな造りでしたから‥‥勘ですよ」
「かっ‥‥勘‥‥」

クレスルドの言葉に少し呆れを感じるも、今は頼るしかないとレムズは息を切らしながら走る。
知らない場所では転移魔術はどこに飛ぶかわからないから、足を使う方が確実だとクレスルドが言ったのだ。
確かに今、全く別の場所に飛んでは大変だ。

「ほら、何か扉が見えました」

言われて見上げれば、豪華そうな金で固められ、小さな宝石の装飾がいくつか埋め込まれた‥‥そんな扉だ。

ようやく二人は階段を上りきり、扉の前に立つ。
クレスルドが扉に手をあてて、ゆっくりと押した。

予測が当たったようだ、扉を開けた先には玉座が見えた。だが‥‥二人は驚くように絶句し、慌てて部屋の中に入る。そして、

「ロファース君ーー!」

と、その名を呼ぶ。

部屋の中央には紅が広がっていた。
それは、彼の赤い髪と少しだけ似ていて‥‥
ロファースは床に倒れていたのだ。胸元から溢れ出る血と共に‥‥

クレスルドは血の海など気にせずに倒れた彼に近付き、その体を抱き上げる。
だが、反応も返事もなかった。身体は‥‥冷たい。

「ぁ‥‥ぁ、あ」

レムズは扉の前でガタガタと体を震わせている。
何かが、視えたのであろうか‥‥

「レムズ君‥‥?」

クレスルドが呼べば、

「視えない‥‥視えなく、なった‥‥真っ暗だ、真っ暗‥‥」

そのレムズの言葉にクレスルドは全てを察した。
間に合わなかったのか‥‥と。

「そんな‥‥結局、僕はまた‥‥何も救えないままなのか?また‥‥繰り返すのか‥‥?いや‥‥違う、まだだ‥‥居るのでしょう、黒幕ーーいや、傀儡の、エウルドス王」

それに、コツ‥‥と、足音が返事した。
ゆっくりと、ゆっくりと近づいて来て‥‥
その姿を見て、クレスルドは、

「‥‥そういうことか」

そう、呟いた。
その瞬間、部屋の‥‥この地の空間が歪む。


〜 六日目〈終〉〜



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