「ここは‥‥」

ロファースは眉を潜めた。
慎重に‥‥警戒しながら辺りを見回す。そこは見慣れた外装ではあるが、初めて踏み入れた場所であった。

「玉座‥‥」

そう、王の間だ。
エウルドス王の姿を一切見たことすらないため、この部屋に入るのは初めてである。

「‥‥うっ‥‥」
「!?」

部屋のどこからか、小さな呻き声が聞こえてキョロキョロと周囲を見回す。
視線は玉座で止まった。ゆっくりと、ロファースは玉座に近付き、玉座の背後を恐る恐る覗いてみる。すると‥‥

それまで慎重な行動をしていたロファースであったが、いきなり駆け出すように動く。
玉座の背後に、見慣れた人物が倒れていたのだ。

「神父様!」

ロファースはそう叫び、倒れている青年の体を必死で揺さぶる。

(まさか、無理やり城に連れて来られたのか!?じゃあ、あの子たちも!?)

ロファースは神父と同様に、教会の子供たちもこの城に連れて来られ、酷い仕打ちを受けているのではないかと不安になった。

「神父様!神父様‥‥!」

神父を必死で揺さぶり、訴え続ける。
すると、彼の目がうっすらと開かれ、

「‥‥う‥‥ロファ、ス?」

神父は彼の姿を確認し、目を細めたまま力なくそう言う。

「神父様!良かった‥‥」

ロファースは安堵の息を吐き、

「なぜ、神父様がここに‥‥?」
「‥‥あなたがエウルドスを出てすぐに‥‥エウルドスの騎士団が教会に来て‥‥私と子供たちを城に無理やり連れて行き、ロファースが何処へ行ったのかなど‥‥あなたのことを根掘り葉掘り聞かれました‥‥」

ゆっくりと体を起こしながら神父は話す。

「また、俺のせいで‥‥!子供たちは!?」

早く助けなければと言ったが、神父はなぜか無言で俯いてしまう。

「神父様?子供たちは‥‥?」

もう一度、ロファースは尋ねる。神父は唇を震わせ、

「子供達は‥‥私の目の前で、化け物になってしまいました‥‥」
「え?」

ロファースは口をぽかんと開けていたが、徐々に大きく目を開かせていく。

「あまりに一瞬のことで‥‥私が、悪いのです。私が口を割らなかったから、騎士達は子供たちに妙な薬を飲ませた‥‥そうしたら、子供たちはみるみるうちに‥‥獣のような、化け物に‥‥」

そこまで言って、神父はガタガタと身を震わせた。

「‥‥私は守れなかった、あの子たちを‥‥私が‥‥」

目に涙を浮かべ、自分を責め立てる神父にロファースは何も言えはしない。いや、頭の中が埋め尽くされていたのだ。

今さっき、誰なんだ‥‥そう思いながら斬った獣たち‥‥
城へ入る前のクレスルドの言葉の数々‥‥

(そう、か‥‥やっぱり、そういうことだったのか‥‥)

ロファースの瞳が揺れる。
クレスルドの言う通りだ。もし彼が先に真実を話していたら‥‥ロファースは獣を斬れなかった、斬ることなど、できなかった。
まだ、あの獣が子供たちなのかどうかはわからない。だが、神父の言葉が正しければ‥‥
やはり、あの獣たちは人間なのだ。

「‥‥行かないと」

拳をきつく握り締めてロファースは言う。神父は顔を上げ、不思議そうに彼を見た。

「神父様、ここにいて下さい。俺にはやらなければならないことがあります」

クレスルドの元に戻り、そして、エウルドス王の元にーー‥‥

「貴方は‥‥答えを見つけたのですね」

ロファースを見て神父が言うので、あの日、エウルドスを旅立った日の神父の言葉を思い出す。

『貴方が見つけた答えを、いつか聞ける日を私は楽しみにしています』

しかし、ロファースは首を横に振り、

「いいえ、神父様。答えは見つかりませんでした。まだ、俺は何も見つけてはいないんです。でも、今やるべきことがある、やらなきゃいけないことがある。だから、今すべきことが片付いたら、俺は自分の生きる道を、世界の在り方の答えを‥‥また探したい」

ロファースはそう言って、部屋から出ようとした。
すると、

「‥‥良かった」

安心するかのように神父に言われ、答えをまだ見つけていないのに何が良かったのだろうとロファースは首を傾げる。そして、

「ロファース。エウルドスは逃げ出す者を容赦なく追うでしょう」
「え?」

神父の言葉の意味がわからず、ロファースは眉を潜めた。

「けれど、貴方は逃げ出さず、こうしてまた戻ってきた。とても馬鹿な行動です」
「!?」

神父のそんな言葉に、当然ロファースは驚くしかない。

「さてーー。貴方の魂は失敗だったようですね‥‥貴方は狂わなかった。あの戦地で共に出陣したセルダーは狂いましたが、貴方に感化されていたのでしょう‥‥心までは狂いきれず、貴方との友情で正常な気を僅かに保っていた」

言いながら神父はギリッと歯を軋ませ、

「あの日、薬が良い反応を見せたから目をつけてやったと言うのに‥‥貴方はただの出来損ないでしたね」

わけが、わからない。神父が何を言っているのか‥‥
同じ、穏やかな表情と声をしているというのに、全くの別人に見える。

「貴方にたくさんの困難を差し向けた。友であるセルダー‥‥先輩であるイルダン。それでも貴方は狂わなかった。おかしい‥‥その魂は誰のものなのか‥‥だから、貴方を生かしてエウルドスに呼び戻すことにしたんです。失敗作を、この手で壊すためにね」

するっ‥‥と、神父は服の袖から小さな、それでいて鋭いナイフを取り出してロファースに向ける。

「神父様!?意味がわかりません‥‥!これは‥‥これは一体なんの冗談なんですか!?」

ナイフの切っ先を向けられ、そして数々の言動にロファースは困惑を隠せない。

「冗談ではありませんよ。貴方は失敗作ですが、薬は良く適応している。だから、エウルドスから目の届かない場所に行かれては危険だと思いましたが‥‥敢えて、貴方を世界に放ってみた。しかし、やはり狂わない。ですが、やはり後々厄介なことになると思い、セルダーやイルダン、騎士達に貴方を殺す命を下した」
「まっ‥‥まさ、か‥‥」

その言葉に、ロファースは嫌な予感がしてしまう。

「そして案の定、貴方は厄介な男と接触してしまった。狂えばいいものを、狂わずに厄介なことばかり。だから、先ほど言いましたが、私の手で出来損ないの人形を壊すことにしたんです。その方がスッキリしますから」

ニコッと、穏やかな笑みをしてナイフを握る手に力をこめた。

わからない、わからない‥‥
ロファースはもう、何も考えたくはなかった。だが、考えなくてはならない。頭を巡らせて‥‥
重く閉じた口をゆっくりと開き、目の前の男を見る。
彼は、教会の神父だ。
だが‥‥名前を、知らない。教会の神父だということ以外、何も‥‥

「そう‥‥か‥‥あなたが‥‥エウルドス王だったのか」

ーーエウルドス王。
神父の話から察するに、そうとしか思えなかった。
目の前の彼こそが、エウルドス王なのだと。

神父は笑みを浮かべている。
それを見て、ロファースは口にしたものの、信じられないと言う面持ちであった。

「ロファース」

と、名を呼ばれた。
何を言われるのか、神父が今からどんな行動を取るのか‥‥
ロファースは剣を構えて彼を見据える。だが、神父の口からは予想しなかった言葉が放たれた。

「すみません‥‥」

ーーと。謝ってきたのだ。
ますますロファースは困惑する。疑問げに彼を見れば、

「優しい貴方が何を決意しているのかは大体わかります。エウルドス王を、討つのでしょう?だから、本当に戦えるのかと思い‥‥試させてもらいました」
「え‥‥?どういうこと‥‥ですか!?」
「‥‥貴方のことを聞かれて、私や子供達が城に連れて来られたのも、子供達が妙な薬を飲まされて獣になったことも真実です。ですが、先ほどの他の話は、貴方を試す嘘なんです」
「‥‥は?」

そんな神父の言葉にロファースは拍子抜けするような思いだった。しばらく呆然とした後で、

「えっ‥‥じゃあ、神父様は‥‥エウルドス王じゃない?」

そう尋ねてみせれば、神父は申し訳ないと言う表情をして、苦笑混じりに頷いた。
しばらく沈黙が続いて‥‥

「よっ‥‥良かったぁ」

と、力の抜けた声でロファースは言った。
本当に、本当に神父がエウルドス王なのだと思ってしまった。でも、違った。そのことにとても安心したのだ。
安心はしたものの、ロファースは俯いて、

「でも、子供達はもう‥‥」

そう、呟く。
子供達の話は真実だったのだから。それに神父も目を伏せて、

「子供達よりも私が一番、貴方を知っていて、話を聞くには私が良いと判断したのでしょう‥‥口を割るまで私はここに閉じ込められていました。それから、いろいろ話を聞かされたんです」
「話?」

ロファースは首を傾げる。

「はい‥‥先ほど話した一連の‥‥エウルドスの騎士達が貴方を殺そうとしていること、戦は、狂うための儀式だということ‥‥」
「狂うための、儀式‥‥」
「ロファース、貴方は行かなければならないのですよね。仲間が出来たのでしょう?ならば行ってあげて下さい。きっと、貴方を待っているでしょう」
「でも、神父様は‥‥」
「私は大丈夫です。ここで息を潜めていますから。この数日で、貴方が見違えるほど強い子になっていて‥‥父として、私は本当に誇らしいです」

柔らかい微笑みを見せる。それにロファースも微笑み返し、

「すぐに、すぐに終わらせて来ます」

そう言って、玉座の間から出ようとした。すると、

「待って下さい、ロファース」

神父が呼び止めてきたので振り返る。

「貴方に渡すものがありました」
「渡すものですか?」


◆◆◆◆◆

静まり返った城下町であったが、今は激しい剣声が鳴り響いていた。

「俺はお前を許さない‥‥イルダン‥‥ッ!俺達エモイト国を裏切り、エウルドスなんかに身を置き‥‥俺を裏切り続けたお前をーーっ!!」

ガンッーー!!

剣と剣をぶつけ合いながらディンオは叫ぶ。だが、イルダンは冷静さを保っており、

「貴様が何を言っているのか、俺には全くわからんな。俺はお前など知らないのだから」

それにディンオはギリッ‥‥と歯を鳴らし、

(本当に、コイツは忘れてやがるのか?別人ではない、確実にコイツはイルダンなんだ。いったい‥‥何が‥‥)

剣を重ねながら思考を巡らせていると、

「何を考えている」

イルダンのその言葉に意識をその場に戻す。そして、その一瞬の隙を突かれた。
イルダンが右手を掲げる。だが、剣を持った手ではなかった。

ドシュッーー!

ディンオはとっさに後退体勢に入った為、腕に何かが掠れる程度で済む。だが‥‥

「‥‥は!?なん‥‥だよ、それ、は」

ディンオの声は震えた。視線の先は当然イルダンだが‥‥
彼の右腕は明らかに人間の肌色とは違う紫色に変色しており、腕の先に手はなく、無数の触手と成り果てているではないか‥‥

「どうした、ああ、恐れているのか?」

そんなディンオの様子を見てイルダンは笑った。

「どうせ貴様は死ぬ。教えてやろう。このエウルドス王国に人間など居はしないのだ」
「何、言ってやがるんだよ、お前‥‥」
「今、言った通りだ」

コツ‥‥コツ‥‥

イルダンが徐々に間合いを詰めてくるが、ディンオは動けなかった。
イルダンが何を言っているのかわからない。目の前の彼の姿が‥‥理解出来ない。

「なんだ、もう宴は終わりか‥‥つまらないな」

吐き捨てるようにイルダンは言って、その触手となった右手をすうっとディンオの方に向ける。

ビュッーー!

風を切るかのように高速でそれはディンオ目掛けて伸びた。

「イルダン‥‥」

俯いたままのディンオは小さく彼の名を呼び、

「いや‥‥もう、違う‥‥お前はただの‥‥バケモンだーー!」

ザシュッーー!!

そう叫んで、ディンオは自分目掛けて伸びて来た触手を剣で斬りつけた。

「ぐっ!」

それに痛みを感じてか、イルダンは呻く。だが、

「くっ‥‥クククッ‥‥そうだ、そうでなくてはな!これでこそ、血の宴‥‥最高の殺し合いだ!」

イルダンは異常なまでに戦いを楽しんでいた。ディンオにはそれが疑問に思えて仕方がない。

(エウルドス王は世界を壊し、手に入れることを望んでいる‥‥だからエウルドスの人間は子供だろうがなんだろうが剣を持たされ、世界を、国を滅ぼす駒として、知らず知らずに動かされる操り人形のようになる‥‥エウルドスから逃げ出した奴は一生追われ続け、自由にはなれない‥‥)

ディンオは自分が知っているエウルドスのことを頭に浮かべる。

(だが、この化け物はなんなんだ?いったい、エウルドスは何をしているんだ?そして、コイツは一体、何を考えているんだ?)

静かに、切っ先を向けたままディンオはイルダンを見つめて、

「お前はいつからエウルドスにいるんだ?」

そう問い掛ける。いきなりの問いにイルダンは眉を潜めた。

「お前はどこで産まれた?いつ、エウルドスの騎士になった?」
「何を言っている」

ディンオの問いにイルダンは意味がわからない、というような態度を見せる。

「いいからどれか答えてみろよ!」
「‥‥」

だが、イルダンは何も答えはしない。いや、

「答えられないんだな?」

ディンオは確信するように言って、

「じゃあ俺が言ってやるよ。お前はエモイト国で産まれた。俺達は近所同士だった。俺達は共にエモイト騎士になると誓った‥‥でもある日、騎士であるお前の父がエウルドスとの戦争で命を落とした。絶望したお前の母は自ら命を絶った。そして、お前もエモイトからいなくなった‥‥それはもう、十年も前の話だ」

不思議と、イルダンは黙って話を聞いてくれている。ディンオは一度言葉を区切り、息を大きく吸って、

「俺は恐らく、お前はお前の父を殺したエウルドスに復讐しに行ったんだと思った。それから俺は何度か敵国であるエウルドスに忍び込んだ。さすがに城までは行けないから、城下町だけだが‥‥お前を見つけることは出来なかった‥‥」

ディンオは向けていた切っ先をおろし、

「俺は、待ってたんだ。お前の帰りを‥‥約束を、したから‥‥」


◆◆◆◆◆

「俺、お前の父ちゃんみたいな騎士になりたい!」
「騎士に?危ないじゃないか騎士なんて」

ディンオの言葉にイルダンは首を横に振って、

「お前は将来、お前の父さんの商売を継げばいいじゃないか」
「でも、騎士ってカッコいい!俺の兄ちゃんも騎士になるって言ってるし」
「んー‥‥」

ディンオの好奇心溢れる言葉にイルダンは頭を悩ませた。

「なら、あなたも騎士になったらいいのよ、イルダン」

カチャリ‥‥と、テーブルに紅茶の入ったティーカップを二人分置きながら、イルダンの母が微笑んで言う。

「あなたがディンオ君と一緒に騎士になれば、安心でしょう?」
「そうだ、それがいい!イルダンも騎士になろうよ!一緒に!」
「うーん‥‥俺は別に、騎士になりくないんだけどなぁ」

大きくため息を吐いて、イルダンはティーカップに手を伸ばした。

「まあ、ディンオが本当にやる気があるんだったら、一緒に目指してもいいけどな。ディンオは飽きっぽいからなー」

イルダンに笑われ、

「飽きっぽくないやい!よーし!約束だからなイルダン!イルダンの母ちゃんも証人だかんな!」
「ふふ、これじゃあ逃げられないわね、イルダン」

クスクスと笑う母を横目に、やれやれとイルダンは思った。

それから毎朝、ディンオとイルダンは木で出来たオモチャの剣で稽古の真似事をした。
最初は乗り気でなかったイルダンも、次第に本気でディンオと騎士を目指したいと言うようになってくれた。


ーー‥‥過去を思い返していたディンオは思考を戻す。
きっと今、目の前に居るこの男は本当に何もかも忘れてしまったのであろう‥‥そう思いながら、不思議そうにこちらを見るイルダンを見た。
それからイルダンはこう言う。

「俺はエウルドスの騎士。ただそれだけだ。貴様の話など全くわからん」

それを聞き、ディンオは一度おろした剣をまた構え直す。

(俺は、どうしたらいいんだ‥‥)

倒してやるつもりだった。
かつて、約束をした、帰って来なかった友をずっとずっと待ち続けていた。
だが、友は敵国の兵‥‥いや、化け物に成り果てていた。

もうきっと、どんな言葉も行動もイルダンには届かない。彼がこうなった理由、そして本当に記憶を失ってしまったのか‥‥それすらわかりはしないが、

(エウルドスは‥‥敵だ。敵なんだ、だから‥‥!)

まるで自らに暗示をかけるように、ディンオは決意を固めた。



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