大好きと伝えたかった


「ナエラさん、お元気でしたか?」
「あっ」

掛けられた声に、真っ白なワンピースを着た魔族の少女、ナエラは振り向きながらにっこりと笑った。
以前なら、声を掛けてきたこの少女に笑い掛けることも、まともに話すこともしなかったが‥‥

「久し振りだね、ハルミナ!そっちも元気そうだね!」

笑顔を向けたまま、天使の少女、ハルミナにそう言った。

銅鉱山付近にある小さな村。
ジロウとユウタが暮らした村であり、始まりの場所。
今はもう、知っている人達は先を逝き、ナエラと彼、エメラとラダン、人間達が暮らしている。
ハルミナやネヴェル、もちろん関わりのあった人達は時折この村を訪れた。

ナエラは自分と彼が暮らす、元々ジロウの家だった場所にハルミナを招く。
一室の棚の上には、カトウやユウタが生きていた頃の写真が立て掛けられていた。

「彼は?また、鉱山ですか?」
「うんっ、朝から出掛けたっきり。夜までには帰ると思うけど‥‥待つ?」
「いえ、私はナエラさんの様子を見に来ただけですから」
「‥‥またお父さまから頼まれたの?」
「ええ。ネヴェルさん、忙しいですからね。ナエラさんになかなか会えないから心配してるんですよ?」
「‥‥なーんか、ハルミナとお父さまってほんと仲良いよね、怪しいー」
「ふふ。ネヴェルさんと私‥‥それにジロウさんは永遠の‘友達’ですから」

遠い昔の、ジロウとの叶わなかった約束を思い出してハルミナは微笑む。

「‥‥それで、今、彼はいくつになりましたっけ」
「今年で三十になるのかな?人間の年の取り方は早いから」

十九歳だった彼は、二十歳になって帰ってきた。そしてもう、それから十年経ったのだ。
ハルミナが暗い表情をしていると、その意図を読み取り、

「私はユウタの最期を見送ったんだ。カトウも、ラダンの彼女の最期も。だから、隣にいることはこわくない。彼から聞いたから‥‥ジロウは私の笑顔が続くことを願っていたって。だから、ジロウの代わりに私は彼の隣で最期まで笑うんだ。もう二度と、彼を孤独にはしないよ。ハルミナ、お前にも約束する」

力強く、笑顔のままそう言った。

ジロウとテンマ。
カトウが大好きだった二人、ハルミナの初恋。
そんな彼の傍には、健気な‥‥ジロウの帰りを待ち続けた魔族の少女の姿が在る。

ハルミナがジロウを好きだったこと、一時ではあるが、ジロウがハルミナを好きだったこと、ナエラはそれを知っている。だから今、ハルミナにも約束をしてくれたのだろう。
ハルミナは微笑み、

「本当に、ナエラさんは強いですね」
「強くないよ。だって‥‥」

美しく輝く、大嫌いだった天使の金の目を見つめ、

「たまに後悔するもん。ジロウに‥‥大好きだって、一度も言えなかったこと」

日が暮れる頃まで、二人は小さな家で話をした。
昔のこと、あの日々のこと、最近のこと。

時々、ナエラはちらちらと、何か言いたそうにハルミナを見た。そして、

「お前とさ、こんな風に話すなんて思わなかった‥‥」
「そうですね。でも、私達、歳は近いですし」
「‥‥でもさ。お前は‥‥私より先に死ぬんでしょ?」

もごもごと、口ごもるようなナエラの言葉にハルミナは頷く。

かつて、フェルサはカーラに魔力を分け与えた。
次にカーラは二度、ハルミナに魔力を分け与えた。

そしてハルミナも、カーラを救う為に魔力を彼に分け与え‥‥命を削った。

「恐らく、私は遥かに年上なネヴェルさんより先に死ぬと思います。‥‥フェルサさん‥‥母は、数年前に逝ってしまったけれど、私はミルダさん‥‥父より先に死ぬでしょうね。ふふ、父は自分をろくでもない親と言っていましたが、父親より先に死ぬ私は、親不孝者ですかね」

そう、ハルミナは苦笑する。

「‥‥ねえ、ハルミナ。私はお前‥‥ううん、あなたとまた、こんな風に話したい。こうやって話をするのも、友達っていうんでしょ?また、聞かせてよ。ほらっ、旦那さんの話とか!」

ナエラからの言葉に、ハルミナは小さく頷いた。

ーー暗くなる前に、ハルミナは村を後にする。
ネヴェルも、何も心配することはないだろう。悲しく、寂しい結末を選んだナエラだが、そのことに対しては後悔していないのだから。


帰り道、彼によく似た少し破れたジャケットを羽織り、銀の髪と青と金の目を持つ青年とすれ違う。
懐かしいバンダナを、額に巻いて。

自分とそれほど変わらなかった背は遥かに高くなり、少年だった顔は大人に変わっていた。

彼もハルミナに気づき、柔らかく微笑む。少しだけ彼に見惚れていたハルミナも慌てるように微笑みを返した。

そして、帰り際に聞いた、ナエラの言葉を思い出す。

『もちろん、ジロウとの約束や、ユウタやカトウの願いもある。でも今は、私の心がちゃんと、彼を見守りたいって、傍にいたいって思っているよ』

彼女はちゃんと、この青年を愛しているのだ。そしてきっと、この青年も。

言葉を交わすことなく、二人は会釈だけをしてそれぞれの道を行く。

今からナエラは彼を温かく迎え入れるのだろう‥‥そんなことを考えながら、ハルミナは翼を広げ、夜空の下を飛んだ。


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