穏便なやり方
その日の晩、チョコは自室のベッドに座り、ぼんやりと転校生ーーフユミの話を思い浮かべていた。
フユミが住んでいた大陸では、snow・e・o・wは数年前に廃止されたらしい。
理由は、snow・e・o・wを妨害する組織が現れたらしく。
その組織は毎年、少しずつ各地でsnow・e・o・wの日が来る前に暴動を起こしているそうで…
ーーsnow・end of warーー
ーー雪終戦ーー
冬の歴25日。その日を悪魔クリスタルを勇者達が倒した記念日とするように、その反対の組織も存在していたらしい。
それはすなわち、悪魔派だ。
世界を自分たち悪魔だけのものにしようとした悪魔クリスタルの意思に共感し、勇者を讃えるsnow・e・o・wという祝いの日を破壊しようとしているらしい。
(組織だなんて、なんだか壮大な話だけど‥‥)
にわかには信じられない話ではあるが、チョコには心当たりがあった。
それは、黒服の男達の会話。
『この街は簡単そうですね。毎年順調にsnow・e・o・wを迎えている為か、我々の存在なんて頭にないでしょうし』
『snow・e・o・wを廃止させるこっちの身にもなれっての』
‥‥偶然にも、フユミの話と重なるような会話。
(ま、まさか、あの人達が、その組織?じゃあ、この街からもフユミ君の居た大陸のようにsnow・e・o・wがなくなる?)
ただの臆測だし、チョコがsnow・e・o・wでプレゼントを渡す相手は雑貨屋の店主ぐらいだ。
だが、チョコにとってsnow・e・o・wの伝承は昔から大好きな話であり、特別なもの。
不安を抱えながらもチョコは電気を消し、布団に潜り込んだ。
◆◆◆◆◆
「もーう!チョコりんったら!乙女は朝の支度が命だけど、遅すぎー!」
「‥‥え?」
朝の支度を終え、チョコが学園へ向かおうとマンションの階段を降り切った所でそんな声が掛けられた。
そこには、仁王立ちしたフユミが立っていて。
「ふ、フユミ君?な、なんで私の住んでる所‥‥」
「ちょっと!乙女に‘君’なんてやめてよん!フユミんでいいわよ!」
「そ‥‥それはちょっと。じゃあ、フユミさん。なんで私の‥‥」
昨日、フユミとは自宅の方向が違った為、街中で別れた。なのになぜ、フユミがここで待っていたのか‥‥
「チョコりん、まーだ寝惚けてるわね?連絡先を記載した学園名簿があるじゃない」
「あ‥‥そ、そっか」
フユミに言われた通り、チョコはまだ眠気でぼんやりしていた。
「それより、一緒に登校しましょ!これからあたし、まーいにち迎えに来るからん!」
「え‥‥」
フユミの言葉にチョコは朝から頭痛がした。
一緒に登校している所を見られて、他の生徒達に変な目で見られないだろうかと。
‥‥レトは朝早くから開いている通りの喫茶店でモーニングを食べていた。
窓際に座っていた為、学園へ行く様子のチョコとフユミの姿を見つける。
(あの子、友達がいないと言っていたが‥‥頼もしそうな友人が居るじゃないか)
昨日のフユミの様子を思い浮かべ、そう思った。
「レトさん、やけにあの娘を気に掛けますね」
レトにだけ聞こえるような声で、ソファーに置かれた剣ーーライトはそう言う。
「別に。私にもあの様な頃があったと思っただけさ」
アイスコーヒーが入ったストローを口に運び、レトは微笑した。
ゆっくりとそれを飲み終え、そろそろ店を出るか、と腰を浮かせた所で、
「キャアッ!?」
と、若いアルバイトの女性が悲鳴を上げ、
「ももっ‥‥申し訳ありません!?」
怯えるように誰かに謝っている。
「あ?申し訳ありませんで済むかこれが?」
次に男の声。
レトとライトには聞き覚えのある声だった。
それは昨日チョコをナイフで襲おうとした、黒服に身を包み、顔に幾つか傷のあるスキンヘッドの男だった。
どうやらホットコーヒーを運んでいたアルバイトの女性が誤ってコーヒーを溢してしまったようで、スキンヘッドの男の座るテーブル一面にコーヒーが広がっている。
昨日の様子からしてキレやすいであろうスキンヘッドの男は、今にも何かしそうな勢いだ。
(‥‥もし彼が例の組織とやらの一員だとして‥‥なんというか、昨日からあまりに目立ち過ぎだな。いや、しかし、ふむ‥‥)
レトは遠目からスキンヘッドの男の顔を見て、
(この男が馬鹿なだけか?)
そう思う。昨日、路地からの去り際に聞こえた悲鳴ーーそれを物語るかのようにスキンヘッドの男の顔は所々腫れていたり青くなっていた。
恐らく、ライトが言っていたもう一人の男がスキンヘッドの男の軽率さにキレたのだろうと推測する。
(店から出たいが‥‥さて、あの男。私のことを覚えているかもしれないな。まあ、暴力沙汰になれば勝つのは私だが‥‥目立つのは避けたいものだ)
レトはそう思い、もう少しソファーに腰掛けて様子を見ることにした。
ーー‥‥スキンヘッドの男がアルバイトの女性を睨み付け「どう責任とるんだ」的な内容をねちねち言って数分。
アルバイトの女性は半泣き状態、他の店員もスキンヘッドの男の厳つさに出て来れなかった。
(放っておいたらそろそろ調子に乗りそうだな)
レトはそう思ってようやくソファーから立ち上がり、
「その辺にしたらどうだい」
と、静かな声で言う。
「‥‥あー?なんだおま‥‥ああっ!?」
スキンヘッドの男は最初は睨んで来たが、やはりレトを覚えていたのか、驚きの表情に変わった。
しかしレトはそれを無視し、
「店員さん、とりあえずまず、テーブルに溢したコーヒーを拭き取って」
半泣き状態の彼女にそう言えば、彼女は「は、はいっ」と、我に帰ったように慌てて動き出す。
「お前、昨日の‥‥」
「ここに居る間はこの喫茶店に通いたいから、滅茶苦茶にしないでほしいな」
「あ?」
「君だって、旨いコーヒーを朝から飲みに来たんだろう?今の状況は可愛いアルバイターさんが誤ってコーヒーをぶちまけちゃっただけだが‥‥まさか、可愛いアルバイターさん一人がコーヒーを溢したから、なんて理由で怒っているのかい?そんな器が小さい訳じゃないだろう?」
すらすらとレトは言葉を発し、スキンヘッドの男は段々怒りが溜まってきたのか、顔が真っ赤になってきて‥‥
彼が何か吐き出そうとする前にずいっとレトが人差し指を前に出し、
「ここは穏便に事を済ませよう。私はコーヒーが好きでね。私が君に旨いコーヒーを淹れよう。旨かったらそれでチャラにしてくれ」
レトが何を言っているのかイマイチわからず、スキンヘッドの男は唖然とした。
「と言うわけで、厨房をお借りするよ。なんなら、私の腕前次第で今日だけアルバイトで雇ってくれても構わないよ」
なんて、ヘラりと笑いながらレトは困惑する店員達を他所に、コーヒーを淹れる準備に取り掛かる。
「‥‥な、は?ちょっと待て!俺は人を待ってるだけでコーヒーを飲みに来た訳じゃないぞ!聞いてんのか!ヘラヘラしやがって!このヘラ男!」
しばらく言葉を失っていたスキンヘッドの男がようやく状況に言葉を発した時にはすでに遅し。
「‥‥テメェ、リド。何べん忠告すりゃわかるんだ、あ?」
「!?」
スキンヘッドの男ーーリドの背後から苛立つような低い声がして‥‥
「せ、せ、センド先輩!?」
と、派手なオレンジ色の長い髪を一つに束ねた長身の黒服の男ーーセンドが居た。
「い、いや、しかし、あの」
リドは慌てふためいて状況を説明しようとしたが、
「とりあえずテメェ、ここではオレに近付くな。こっちは眠気覚ましに飲みに来たんだからよ」
「え!?で、ですが」
センドはリドの言葉を無視してそのまま別の席に行ってしまった。
◆◆◆◆◆
学園に着き、教室に入った二人をクラスメートはやはり蔑むように見て笑っている。
「!」
自席に着いてチョコは驚いた。机にいつも通りまた新しい落書きをされている‥‥のには慣れていた。
自分の机だけではなく、隣のフユミの机にも落書きがされていて‥‥
『カマ野郎』『隣同士変人』『初日早々ボイコット』‥‥などと書かれている。
クラスメートはフユミがどんな反応をするのかニヤニヤ待っていて‥‥
チョコは昨日、フユミが前の学校で生徒達を締め上げた話を思い出しヒヤヒヤする。
しかしフユミは鼻を鳴らして笑い、何事もなく椅子に座って、
「全く。幼稚ねえ。さっ、チョコりんも早く座らなきゃ!せんせが来ちゃうわよん」
フユミは明るい笑顔でウインクしてチョコにそう促した。
「え‥‥う、うん」
チョコは呆気に取られながらも席に着く。
そのフユミの反応に、他の生徒達はつまらなさそうにしていた。
数分して、担任のアネスが教室に入って来る。
「おはようございます」
と、アネスはいつもの挨拶をし、一日を始めようとしたが、
「先生ー」
と、生徒の一人である淡い赤髪の少女ーーシェラが手を上げた。
彼女は一昨日、ワイトと共に喫茶店でチョコに嫌味を言った少女である。
「なんですか、シェラさん」
「昨日、チョコさんと転校生であるフユミさんは勝手に帰ったじゃないですか。それ、怒らなくていいんですかー?」
なんてことを言って、
「そりゃそうだ」
「正論だよなー」
「罰ゲームー?」
教室内は一気に愉しいざわめきを増していく。
「ええ‥‥それは、まあ。授業が終わってから‥‥」
気の弱いアネスがそう言えば、
「先生、そんな不真面目な二人と授業受ける気しないんですけど。対応するなら今すぐしてほしいです」
次に、濃い茶髪で眼鏡を掛けた少年ーーワイトが畳み掛けるように言う。
それを聞きながらチョコは俯き、肩を縮め、目の前が真っ暗になりそうだった。
自分が悪いとはいえ、危惧していたことが当たったのだから。
「チョコりん」
すると、冷静なフユミの声がチョコの名前を呼んで、
「あんたね、自分が悪いとか思っちゃダメよ」
「‥‥?」
フユミはチョコにだけ聞こえるよう、小声で言う。
「あんた、いっつも自分が悪いって俯いて抱え込んでるんでしょ。それじゃダメよ。勘違いしちゃダメ。苛めてる方が悪いんだから。でも、あんたがそんな態度なのも悪いわ」
そう言いながらフユミは席から立ち上がり、
「うっふふ、そこのメガネん」
ワイトを見てそう野太い声で言うので、ワイトは眉間に皺を寄せた。
「不真面目な人と授業受けたくないって言ったわね?」
「あ、ああ。お前らみたいな不真面目と一緒の教室に居るのも嫌だね」
「で、このクラスで一番頭がいいのはだーれ?」
フユミがクラスメートを見回すと、皆は一斉にワイトを指す。
「なるほどん。メガネんの眼鏡は伊達じゃないってこと」
「はあ?お前、何が言いたいんだよ?」
「うっふふん」
ワイトの質問に、しかしフユミは笑うだけで、
「せんせっ!今日の授業、ぜえぇえぇーんぶ!あたしを指名してよん!」
次にアネスにそう言い、
「え?えっと、それは、問題をフユミさんに当てればいいの?」
よく理解できずにアネスが聞き返せば、フユミはコクコクと頷く。
「は?だから、お前、どういうつもりだよ」
苛立つように聞くワイトに、
「あんたに、いいえ、このクラス中に格の違いを見せてあげるのよ」
ニヤリと笑ってフユミは言った。
ワイトは苛立ったが、しかし他のクラスメート達は妙に盛り上がる。
ただ『なんか面白そう』だとか、『やった!今日は当てられない!』だとか。
‥‥別々の場所で、レトとフユミ。
武器を使わない戦いが始まろうとしていた。