白と黒の始まり
暗い暗い空間。
音も風も香りも何も無く、ただ、誰かが居るだけ、ただ、痛みがあるだけの空間。
ーー大昔、悪魔クリスタルは世界を自分たち悪魔だけのものにしようとした。
何人かの‥‥今では勇者と呼ばれ、歴史に名は残らなかったが、その勇者達が悪魔クリスタルを倒し、世界に平和をもたらした。
戦いの終わりは、雪が降り積もった寒い冬の日。
それを記念日として、
【snow・end of war】
ーー雪終戦ーー
などと、その戦いから何百年も後の世にそう呼ぶようになった。
それが、snow・e・o・w。
ーー少女の声が、淡々と語り継がれる伝承を口にする。
「snow・e・o・w。冬の歴25日が記念日だって?笑わせるよねー。何がプレゼントだよ、クソクラエだよねー」
「‥‥」
「悪魔を倒した勇者の内の一人がその戦いで命を落としたーー仲間達はそれを嘆き、その中にはその命を落とした勇者の恋人も居た。その時に、その命を落とした勇者の荷物から一通の手紙と指輪が出てきたーーかー。まあ、あながち間違ってないけどー」
少女の声ーーそれはチョコの体から発せられるウィズのものだった。
「命を落としたのは勇者じゃない、仲間じゃない。だって、勇者は今も生きている。それにその子は戦いで命を落としたんじゃない。殺されたんだよ、殺されたんだよーー!!そう、お前らになぁ!!」
ダンッーー!!
と、チョコの身体を乗っ取っているウィズが地面を激しく踏みつけ、目の前でうつ伏せに倒れているレトと、背負われた剣ーーライトを見て言い放つ。
「胸糞悪い綺麗事ばっか並べやがって!?妹を、妹を殺し、見殺しにした奴等がなんで生きてるんだ!?妹は死んだのに、殺されたのに!」
「‥‥」
狂ったように喚き続ける少年の声。
うつ伏せに倒れたレトは、それを黙って聞いているしか出来なかった。
なぜならレトは身体中、ウィズの愛用するナイフで滅多刺しにされ、自らの血だまりの中に居たからだ。
「はは、あはははは!バカだねぇ、レトレト!!これがチョコの身体だからって、僕に攻撃することも出来ないなんて!!」
言葉通り、レトにはチョコの体を傷付けることが出来なかった。
チョコが優しい少女だから?
モカの血筋だから?
チョコが何を抱えているのかは知らない。
ただ、明らかにチョコは不安定だ。
ウィズだけではない何かに囚われているように思える。
何か、深い深い、闇。
理由のわからないそれが、レトには妙に引っ掛かっていた。
だが、それだけではない。
ウィズはかつての仲間だ。仲間を、傷付けることは自分には出来ない。
自分は別に、ウィズのことが嫌いではないのだ。
ウィズはチョコの身体で喚き散らしたまま。レトはぼんやりとそれを聞き、目を閉じた。
ウィズはそれに気づき、
「くそっ‥‥くそ!!やっぱり、死なない!こんなに血を流してるのに!滅多刺ししたのに、死なない!これが‥‥悪魔なんかの加護だって言うのか?くそっ!!!」
それでもウィズはナイフを投げる。
パリッ‥‥パリパリッ‥‥
血だまりは氷に変わっていく。
レトの裂けた皮膚が凍っていく。
「‥‥ほんとに、本当に‥‥バケモノだ‥‥でも、殺す。絶対、殺す。レトレトも、クリスタルも、あいつも‥‥!モカを殺したようにな!」
ウィズはそう叫んだ。その叫びを、悪魔が聞いているだけだった。
(やれやれ。死ねない体とはいえ、相変わらずレトさんは助けを求めませんねぇ‥‥しかし、なるほど。あの少年‥‥モカを殺したのはこの子でしたか。全く、レトさんはいつも肝心なところを聞き逃してしまいますねぇ)
呆れ混じりにライトは思い、無駄な体力を使い続けるウィズを剣の中から見続けていた。
◆◆◆◆◆
「‥‥今日は休みなのに、何で俺たち学園に居たんだっけ」
「しかも、誰もいない休日の校長室に‥‥私達、不法侵入したの?」
校長室でライトに気を失わされていたワイトとシェラは、先刻ようやく目を覚ましたが、先生やライトに関わった一連の記憶がキレイサッパリ消えていた。
二人はなんとも言えない気味の悪さを感じながら、慌てて学園を出る。
「って!うわ!?」
外に出たワイトは何かに驚いた。
「どうしたの?ワイ‥‥ト」
シェラは不思議そうにしたが、彼女自身も学園の外の光景に言葉を失う。
「え‥‥ええっと、何処だっけ、ここ」
ワイトは間の抜けたような声で言った。
ーー学園の外に道という道はなく、家や街という形すら無く、ただそこは黒と白が入り交じっただけの、奇妙な空間だった。