夜明けの始まり


エタニティ学園から出たレトは、静けさを纏う星空を、夜風に吹かれながら見つめる。

(先生とライトさんに宣言してしまったんだ。地道に自分で情報を集めよう。まだ日はあるしね)

そう思いながら一人、夜道を歩き、

(一人になるのっていつ振りだろう。いつだってライトさんが居たからなぁ。感情を抑える必要もないし‥‥なんか、自由って感じだ)

妙にワクワクしてきたーーが、

「せ、先輩!ヘラ男が!」

聞き覚えのある声がした。
スキンヘッドの男、リドの声である。

「マジか、何で居やがる、めんどくせぇな‥‥」

そして、先輩と呼ばれた男、センドが学園から出た先にある広場に立っていた。

「あれ?君達、こんな真夜中に散歩?危ないよ?」

レトが言えば、センドは言葉通り面倒くさそうな顔をしながら頭を掻き、レトの前まで歩いて来る。

「坊主、テメェの名前、レトルトだかなんだかじゃねーよな?」
「レトルト?なんだいそれ、私の名前はレトだが」

レトが答えると、

「先輩!ビンゴですよ!早くそいつ捕まえてお偉いさんに引き渡しましょう!」

後ろでリドが嬉しそうに言うので、

「お偉いさんに私を引き渡す?」

レトは首を傾げた。しかしセンドは、

「知り合いがテメェのこと捜しててな、なんか知んねーが、さっきメチャクチャ怒り狂いながら人の縄張りに来やがって、真夜中だってのにテメェを捜して来いとかクソ面倒なこと言いやがる」
「‥‥それって、まさか」

レトがある人物を思い浮かべると、

「とりあえず着いて来い。テメェにゃ聞きてぇことがあったからな。しばらく匿ってやるよ」
「?」

そのセンドの言葉に、レトだけでなく、リドもクエスチョンマークを浮かべる。

「匿う、とは?なんだかよくわからないが、私を引き渡さなきゃ駄目なんだろう?」
「そ、そうですよ先輩!ま、まさか‥‥」

次にリドは『珈琲の淹れ方を聞く』だなんだセンドが言っていたことを思い出し‥‥

「嘘でしょう先輩!?」

そう叫んだ。状況についていけず、レトは不思議そうに二人のやり取りを見ていた。


◆◆◆◆◆

街の外れにある、幾つかの階段を降りた先。細く薄暗い路地の奥にある、比較的綺麗な建物。
その建物には看板が掛かっているが、しかし、地下にも似たこの場所に、人通りは全くなさそうだ。

センドとリドに連れられて、レトはその場所を訪れていた。

「ここは確か、だいぶ昔にレストランか何かだったよね。場所が悪くて儲からなくて閉めて、そのままま残ってるって言うのは知ってたけど‥‥その割に外観が綺麗だね。で?こんな所に連れて来てなんなんだい?」

レトが聞けば、

「匿ってやるって言ったろ、いいから入れ」

センドは振り向かずに言いながらその建物に入る。

「先輩!マズイですってばぁあ!」

半ば半泣きになりながらリドが言い、彼もセンドの後に続いた。
レトは肩を竦めながらも二人の後に続く。

建物の中はレストランそのままだった。
厨房、テーブル席、カウンター席。
レトはこの店に訪れたのは初めてではあるが、今からでもすぐに店を開けそうな状態だなと感じる。
ただ、やはり場所が悪すぎる為、買い手はないだろう。しかし‥‥

「君達、ここを寝城にでもしてるのかい?」

と、レトは聞く。
そう聞いた理由は、中に生活感があったからだ。
しかしセンドは何も言わず、何故かお茶の準備をしている。
リドはカウンター側の席にドカッと座り、頬杖をついていた。

返答はないが、どうでもいい質問だったから別に構わないとレトは思い、視線だけを動かし室内の様子を見る。
特に変わったものはないし、この二人以外の気配はなかった。

(先程の彼らの話からするに、彼らの言う‘お偉いさん’って言うのはウィズ君だと思ったんだが)

レトがそう考えていると、

「なに突っ立ってる、どっか座れ」

と、センドに言われ、レトは近くにあったテーブル席に座る。
コトッーーと、テーブルに白いコーヒーカップが一つと、砂糖とミルクが置かれ、

「へえ、珈琲かい?」

鼻を掠めた香りにレトは表情を明るくした。

「ん?待てよ、テメェあん時アイス飲んでたな。ホットよかアイスのがいーか?」
「いや、構わないよ。アイスのが好きだけど、珈琲ならなんでも大歓迎さ」

そう言いながら、ミルクをどぼどぼ、砂糖を四、五回振り掛けるレトに、

「もはやコーヒーってか、カフェオレって感じだな」

と言うセンドの言葉を気にもせず、レトはコーヒーを啜る。啜るがーー‥‥視線が痛い。
レトはカチャリとカップをテーブルに置き、

「で、何かな?淹れてくれたのはありがたいけど、そんなに見られたら飲みにくいんだけど」

言葉通り、センドの視線はコーヒーを飲むレトにあった。

「それ、オレが淹れたんだが、味はどんなもんだ?」

そう真剣な声音で聞かれ、

「んー‥‥」

と、レトは眉間に人差し指を押し当て、

「もしかして君もコーヒー好き?」

そう聞けば、センドは頷く。

「それなら先に言ってくれたら良かったのに。ミルクと砂糖でもはや私好みの味にしちゃったから元がわからない」
「よし、じゃあ淹れ直すからブラックのまま飲んでくれ」

そう言い、すぐさまセンドは動いた。

「先輩‥‥俺もう寝ますよ、寝ますからね!!お偉いさん来ても知りませんからね!!」

カウンター席に座ったままのリドはそう叫び、ベッドにもソファーにも行くわけでもなく、そのままテーブルに突っ伏した。


◆◆◆◆◆

「いやはや、こんなに珈琲について語れたのは久し振りだよ」

レトは掛け時計に目を遣りながら言う。
レトとセンドはお互いの珈琲の淹れ方やら、色々な地域のどこの店の珈琲がおいしいだとか‥‥
かれこれ夜が明けるまで語り合っていた。

「こっちもだ。周りにマジもんの珈琲好きがいねーからよ」
「ああ、わかるわかる。私も付き合いの長い腐れ縁みたいなのが居るんだけど、せっかく淹れたコーヒーをマズイマズイ連呼して吐き出すような人だからさ」

そんな二人のやり取りを、

(ま‥‥まだやってたのか‥‥)

カウンター席のテーブルに突っ伏し、今しがた目覚めたリドはそう思った。
二人はしばらく談笑を続けた後、

「でも、君はお偉いさんとやらに私を連れて来いと言われたんだろう?いいのかい?こんなところで悠々と」

レトが聞けば、

「構わねぇ‥‥ってこたぁないが、オレらの目的とは実際関係ないことだ。理由は知らねぇが、上の私情なんざ知ったこっちゃねぇ」

センドの言葉に、

「で、そのお偉いさんとやらは、いったい誰なんだい?」

大体の予想はついているが、敢えてレトは聞く。だが、

「そこまでは言えねぇな。実質、オレらはお互いが何者なのかを知らねぇし、ただ、珈琲好きってだけだ」

レトはしばらくセンドを見つめ、

「ふふ、そうだね」

と、微笑する。

「さて、夜も明けて来た。私はそろそろ行こうかな」

暗い地下のような場所、微かに窓から射し込む光を確認し、レトは椅子から立ち上がった。

「世話になったね、ええっと‥‥」
「センドだ」
「ああ。センド君に、スキンヘッド君」

レトがにこりと笑って言えば、

「誰がスキンヘッドだ!リドって名前があるんだよ!」
「はは。じゃあ、失礼するよ」

そう言って、レトは出て行った。

「先輩ぃーーッ!!」

痺れを切らしたリドは叫び、

「いいんですか!?あいつを帰しても!!」

センドは小さく息を吐き、

「オレらは雇われだ。与えられた仕事をこなすのは当然だが、上があのウィズってガキになってからどうも妙な仕事が多い」
「そ、それは‥‥」
「殺しから足を洗うーーそんな集まりから成り立った組織だが、近年それが崩れつつある」
「‥‥」
「ウィズも、今のレトってのも、そっちの臭いがプンプンしやがるしな」


◆◆◆◆◆

「待って!待つんだ、落ち着いておくれチョコさん!」
「い、いやぁぁぁ!」

それはエタニティ学園の校長室にて。
泣き喚くように叫ぶチョコと、今にも逃げ出しそうなそんな彼女の腕を掴む先生の姿だった。

「チョコさんっ」
「だ、誰なんですかっ!?ど、どうして私の名前を‥‥どうして二人がそこに!?」

ソファーで気を失っているワイトとシェラの姿にチョコはますます錯乱する。

「そ、それはーー‥‥」

説明しきれない先生は言葉を詰まらせた。

(どうする!?気を失わせた方が早いか!?だがそれじゃあ何も解決‥‥)

そうこう考えている内に、

「いやっ‥‥いやーー!!」

パシッーーと、先生が掴んでいた手をチョコは振り払い、扉めがけて走る。

「ーーっ!!待っ‥‥くそっ」

先生は彼女を追おうとしたが、急に力が抜けたようにガクリとその場に膝を着き、その姿はコウモリに戻っていた。


◆◆◆◆◆

「はぁ、はあっ‥‥はあっ‥‥!!」

チョコは学園内の廊下を走り、階段を駆け降りる。
早朝であり、今日は休日の為、学園内はしんと静まり、チョコの靴音だけが響いた。

(なんで!?どうして私は学園に居るの!?だって私、フユミさんと、レトさんと、お婆ちゃんの‥‥)

そこまで思い、チョコは目を見開かせた。

(お婆ちゃん‥‥そうだ、お婆ちゃんが、お婆ちゃんが‥‥お婆ちゃんがお婆ちゃんがお婆ちゃんがーー!)

全身に寒気が走る。
雪みたいに、澄んだ声。雪みたいに、とても冷たい手。
それが酷く、恐怖としてチョコの中を駆け巡る。

振り切るように走った。ただ、走った。
見たもの全てが、嘘でありますようにと。

そして、自分が大好きな場所ーー小さくて、まるで小屋みたいで可愛いと称した雑貨屋の前にチョコは立ち、

「あ‥‥ぁあ‥‥嘘。嘘、だよ、ね?」

ペタリと、チョコは力なくその場に崩れ落ちる。そして‥‥


「ライトさん?」

まるで地下にも似た薄暗い路地の奥から街中の通りに戻って来たレトは、そこでコンクリートの壁に凭れ掛かっているライトの姿を見つけた。
彼はどこか一点を見つめていて、その視線の先は、

「チョコ君?目が覚めたのか!?ライトさん、あなたまさか、また彼女に何か‥‥」
「彼女は自分自身で此処に来て、自分自身で現実を見たまでですよ」

ライトはそう言う。

ーー小さなボロ小屋の前で、チョコは泣き崩れていた。
レトは思わず彼女の側に駆け寄りそうになったが、

「レトさん」

と、ライトに肩を掴まれ、

「収穫はあったんですか?」

聞かれて、

「そ、そんなのまだ‥‥」

成り行きとはいえ、ただセンドと珈琲について語って来ただけ、なんてことは言えやしない。
しかし、ライトは呆れるように息を吐き、

「全く。何処で何をしていたのかは別にいいですが、プンプンにおいますよ」

と言われ、珈琲の香りが残っていることにレトは気づき、気まずそうに視線を逸らす。

「やはり私が居ないとレトさんは駄目ですねぇ、無駄な行動ーーまるでただの人間ですよ、それでは」
「はぁ!?ただの人間って、私はただの人間なんだけ‥‥」

言い終わる前に、ライトはレトが背負う剣の中に戻っていた。
まっさらな剣に、いくつかの赤い紋様が刻まれていく。体に重みが走る。

これで、またお互いの自由な時間は終わりだ。レトはライトを剣の中に留めておく為に感情を抑えなければならないーーそう、思い込んでいる。
だが、実際これはライトからしたら茶番なのだ。ライトは一切、封印されていなかった。
封印されて‘あげている’だけだった。
レトはその真実を知らず、道化を演じさせられている。
それを知っているからこそ、ライトは人間を更に嫌悪し、レトに付き合ってあげていた。

「レトさん、一つだけ助言をあげましょう」
「なんだい?」
「チョコさんは何一つ救われていませんよ」
「はあ?」

それだけ言って、ライトはもう、剣の中で何も言わなかった。
レトは疑問の表情を浮かべるが、すぐに泣き続けているチョコに視線を移す。

「チョコ君」

と、彼女の背後に立ち、声を掛けた。チョコはびくりと肩を揺らし、

「レト、さん」

と、恐る恐る後ろを振り向き、チョコは目に一杯の涙を溜め、頬を濡らし続けている。

「チョコ君、どうし」
「レトさんーーっ、私、私‥‥」

レトが心配そうに聞こうとすれば、チョコは立ち上がり、勢い良くレトの胸に飛び込んだ。

「チョコく‥‥え」

泣いたままの彼女の顔を心配そうに覗きこもうとした時、レトは腹部の辺りに痛みがあることに気付く。

「‥‥レトさん、本当に、相変わらず甘いよねー」

と、チョコはレトの胸に顔を埋めたままケタケタと笑い、その手にはナイフが握られていて、それがレトの腹部に突き刺されていた。

「やっと、やっと、レトレトを殺せるねー」

声こそはチョコのままだが、その呼び方に、レトは悔しそうに目を細め、そしてーー‥‥




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